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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第二章:替え玉令嬢
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地下にて*2

 ネールが縋りついてくるのを見ながら、ランヴァルドは深く安堵した。

 ……先程まで鞭打ちの拷問を受けていたのだが、流石にそろそろ堪えていたところだ。『みっともなく命乞いしてみせてやるのと、嘘の情報をべらべら喋ってやるのと、どっちがいいかね』と考えていたわけだが……痛みは思考を鈍らせる。ネールが来てくれて、助かった。

「あー……助かった。ありがとうな、ネール」

 膝立ちになったランヴァルドの胸に、ぎゅ、と抱き着いてきたネールの頭を見下ろしつつ……頭くらい撫でてやりたいものだ、とも思ったのだが、生憎、手に枷が嵌められて天井から吊るされているところである。

「ネール。そこの金髪の奴が鍵を持ってるはずだ。探してみてくれないか」

 いよいよネールが来てくれて助かったな、と思いつつ死体の懐を漁るネールを見守っていると、やがてネールは鍵を見つけ出してくれた。そして早速、ランヴァルドの枷が外されていく。

 ランヴァルドはひとまず、石の床の上に倒れ込んだ。鞭打たれた背が熱を持って酷く痛む。だが癒しの魔法を使っていけば、まあ、なんとか痛みはマシになっていく。

 ……そしてネールは、そんなランヴァルドを見て心配そうにしている。ランヴァルドが暴行を受けていたことは分かるのだろう。ランヴァルドは、『ネールにはあまり見られたくない姿だったな』と、ようやく思う。

「ああ、大丈夫だ。治せる程度だから。ったく、こいつら鞭の打ち方も知らなかったらしくてな……」

 結局、魔法をのんびりと使いつつ、そんなことを話して聞かせて、自分の惨めな姿を誤魔化す。……鞭とは、相手に外傷を与えずに痛みを与えるための器具である。それを、皮膚が裂けて血が出るような使い方をされたのだから災難だった。もう少し腕のいい拷問吏が居てくれたらよかったものを。

「それに、お前が助けに来てくれたからな。ありがとう、ネール。やっぱりお前は頼りになるな」

 改めてネールを褒め称えれば、ネールは幾分落ち着いた様子で笑みを浮かべてくれた。

 ……そして、ランヴァルドは枷の外れた手で、ようやくネールを抱きしめてやることができたのだった。


「ところでここまではどうやって……あ、いや、いい。大体分かった。分かったが……そいつ、あんまりにも食べすぎじゃあないか……?」

 同時に、子ドラゴンに対して畏怖とも呆れともつかないものを抱いたが、当の子ドラゴンは『もっと食わせろ』とばかり、前足でネールの腕をぽてぽてやっているばかりである。

 ……ランヴァルドはもう、何も考えないことにした。子ドラゴンの生体についても、この屋敷の修繕費についても……。




 ランヴァルドは乱れた着衣を直しつつ、それでも裂かれたシャツや血の染みが付いたズボンはどうしようも無いので、ある程度のところで諦めることにした。『何かあった』ということが分かる格好であるのは最早、仕方がない。

 ため息を吐きつつ立ち上がり、『さて、ひとまず地下から出て助けでも求めてみるか。で、被害者面してマティアスの糾弾を……』と考えていたところ。


「……やっぱりこの下、何かあるよな」

 ふと、冷たい気配を感じてランヴァルドは身震いする。ネールもまた、何かを感じ取ったらしく険しい表情で警戒するように周囲を見回していた。

「エヴェリーナお嬢様が言うには、『ステンティールの血が封印している何か』が山にあるんだったな……?」

 ランヴァルドは只々、『嫌な予感がする』という思いでいっぱいになりつつ、まずはひとまずこの場を脱出することにした。




 そうして、岩石竜の子を抱きかかえたネールとボロボロになったランヴァルドとが牢屋を出て通路を進んでいくと……当然のように居るものと思われていた見張りの類が誰も居なかった。

 これは、と思いつつ、更にもう少々進んでいけば……。

「……ああ!マグナスさん!それに、お嬢様も!」

「ウルリカさん。どうも。ご心配をおかけしましたね」

 ウルリカが数名の兵士を引き連れてやってきていた。どうも、ここの見張りを突破して地下牢へ向かうところだったらしい。

 ランヴァルドを見たウルリカは素早く駆け寄ってきて、ランヴァルドの様子を確認していく。ランヴァルドとしては、みすぼらしい恰好になっている以上、あまり見られたくないのだが。

「……これは」

「まあ多少の拷問のせいでこうなりましたが、命に別状はありませんよ」

 せめて強がらせてくれ、と思って笑ってみせるが、ウルリカは鉄面皮をより一層冷たくして、『卑劣な真似を……』と、既にこの世に居ない連中への怨嗟の呟きを漏らしていた。

「命に別状が無いということでしたら何よりです。何か、欲しいものなどがあればお申し付けください」

「いや、特に……ああ、着替えを一式お願いしたい。流石にこの格好のままで居るわけにはいきませんのでね。それから、傷薬の類があれば分けて頂きたい」

「かしこまりました。傷薬はこちらをどうぞ。着替えは後でお部屋へお持ちします」

 流石のウルリカも、怪我人相手には至極親切である。ランヴァルドは苦笑しつつ、早速部屋で休ませてもらうことにして……。

「……ところで、お嬢様。地下牢へは、どのように……?この通路以外に、地下牢への道は無いはずですが……?」

 ……ウルリカの当然の疑問に、ネールは困ったように笑いつつ、きゅ、と岩石竜の子を抱きしめた。

 岩石竜の子は、床だの壁だのを食べた挙句、ランヴァルドが持っていた宝石類もいくらか食べて、すっかり満腹になったらしい。けふ、と息を吐き出しつつ、満足気にゆったりゆらゆら、柔らかな尻尾を振っているのであった。




 それから、『一応、現場の確認を』ということで、ウルリカ達が兵士の死体を検分し始める。その隅の方で、ランヴァルドは貰ったばかりの傷薬を塗っていたのだが……手が届かない。

 殴られた顔にはまあ、手が届く。腹や尻はそもそも魔法で粗方治した。だが……鞭打たれた背には手が届かない!

「ネール。悪いがちょっと薬を塗ってもらえるか」

 ということで、仕方がない。ランヴァルド同様に手持無沙汰となっているネールに声を掛けて、薬を塗ってもらうしかないのである。

「……見苦しいもんを見せるが」

 多少は魔法で治してあるとはいえ、幼気な少女にこんなものを見せるのは気が引ける。だがそれでも治療できる時に治療しておかねばなるまい、と意を決してシャツを脱いで背を見せれば、ネールは案の定、酷く狼狽した様子を見せた。まあ、鞭打ちの痕など、ランヴァルドとて見たいものではない。ネールの気持ちは分かる。

 なんとも気まずい気分になりつつ、『これで契約解消とか言い出さないだろうな……』と心配になりつつ、ランヴァルドはネールに軟膏の瓶を渡した。するとネールは恐る恐るそれを受け取って、そっと、ランヴァルドの傷に塗り始める。

 薬が塗られていくと、幾分、痛みが癒えていく。多少、魔力を回復させる薬草の類が入っているのか、消耗した精神もまた、癒えていくような心地であった。

「ありがとう、ネール。大分よくなった」

 心配そうな顔をしているネールにそう笑いかけてやれば、ネールは幾分安心した様子で頷いた。そして、軟膏を掬い取った細い指で、ランヴァルドの顔に、むに、と触れてきた。……どうやら顔の傷にも薬を塗ってくれるらしい。

 が。

「おい、ネール……あんまり使いすぎるな。勿体ないだろう。塗れば塗るほど効果があるようなものじゃないぞ、これは」

 ネールは薬を、大分厚く塗ってくれるものだからランヴァルドは頭を抱えたくなってきている!ネールは一生懸命なのだろうが、これでは薬が勿体ない。ついでに、べたべたする。大変にべたべたする!

 むに、むに、と真剣に薬を塗ってくるネールの真剣な様子に苦笑しつつ、ランヴァルドはネールを止めた。これ以上軟膏まみれにされてはかなわないので。


 さて。そうしてランヴァルドは一通り、傷をどうにかすることができた。

 魔力の消費は未だ戻らないが、薬のおかげで大分マシになった部分が大きい。なんだかんだ、精神とは肉体に付随するものであるからして、傷の手当をちゃんとした方が、魔法も使いやすいのだ。この分なら少し休めばまた癒しの魔法の類を使えるようになるだろう。

 ……というところで、ウルリカ達の検分も終わったらしい。

「死体の懐から拷問の手順を記したメモが見つかりました。筆跡はマティアスのものと思われますね」

「まあ筆跡だけならいくらでも言い逃れするでしょうがね……」

 ウルリカが持ってきたものを見て、ランヴァルドは顔を引きつらせることになった。……鞭打ちで吐かなかった場合、焼き鏝を当てられる予定だったらしい。

「ここまでして連中は何を聞き出そうと?」

「俺に『エヴェリーナお嬢様』について聞きたかったらしいですよ。あわよくば証言まで、と思ったかな。後は、『抑えた証拠は何処にあるか吐け』だそうで。そちらが主目的でしょうが……」

「……吐きましたか?」

「いいえ?俺は何も知らないんでね。まあ、丁度良かった」

 ランヴァルドは散々痛めつけられたが、情報は特に吐いていない。……吐けないのだ。ネールのことならまだしも、領主毒殺未遂の証拠を今持っているのはウルリカだ。ランヴァルドは何も、確たる情報を持っていないのである。

 そこまで含めてウルリカの戦略だったのだろうと思われるが……ウルリカは『そうですか』と、少々痛ましげな顔をしていた。まあ、情報を吐いていたとしても相手が手加減してくれたとは思えない。ウルリカが気にすることではないだろう。まあ、ランヴァルドは肩を竦めて余裕の笑みを見せてやるだけに留めたが。


「それで、マティアスは?」

 死体の検分以上に気になるのは、主犯の動向である。

 ランヴァルドをエヴェリーナすり替えの主犯として告発したり、あわよくば領主毒殺の濡れ衣を着せたりしたかったのかもしれないが……今、ここでここまでのことになっているのだ。マティアスがこの状況を知らないとは思えないが……。

「ああ、それでしたら……」

 だがランヴァルドの心配を他所に、ウルリカは口角を僅かに上げた。

「エヴェリーナお嬢様のお部屋に数名で侵入したところを発見し、捕縛しました」

 ……地下通路の入り口に連れてこられたマティアスが、いつもの薄笑いに焦りと緊張を僅かに滲ませて、こちらを見ていた。




 目が合った。

 マティアスの、蛍石めいた緑の目がランヴァルドを捉えて、憎悪の色を過ぎらせる。

 ランヴァルドはそれを一瞥して、さっさとウルリカへ視線を移した。『お前は今、見る価値すら無い存在だ』と伝えてやるために。

「もう捕らえていたとは流石だ。もしや、こいつらを捕まえたことで、俺がここに居ると分かった、ということだったり?」

「ええ。そういうことになります」

 成程。ネールが到着したのはまあ岩石竜が屋敷の中を食い荒らしてきたからだったわけだが、その後にウルリカ達も駆けつけてくれたのはマティアスを捕まえて聞き出したから、ということだったのだろう。

「……俺のついでにお嬢様の方もどうこうしようとしてた、ってことか。やれやれ」

「そのようです。囮の馬車を出したり、奥様に偽の情報を流させたりしていたようですが、目的はあなたとお嬢様だった」

 どうやらマティアスは彼なりに色々と策を弄していたようなのだが……残念ながら、ネールが床に穴を開けて部屋を出る、というところまでは予想できなかったらしい。まあ、それはそうだろう。一体誰が、部屋に『卵から孵ったばかりで食べ盛りの子ドラゴンが居る』などと予想できる?

「これからこの男の尋問を始めます。取り戻さなければならないものもありますし、これから起こす予定であった諸々も、手を組んだ下衆共の所在と範囲も、聞かなければなりませんし……」

 ウルリカは、ちら、とマティアスを見てから、地下通路の奥……先程までランヴァルドが捕らえられていた牢の方を涼しい顔で見つめた。

「それに折角、『尋問』の準備を彼自身で進めてくださったことですし」

 ……マティアスの顔色が若干悪くなったが、ランヴァルドは『ざまあみろ』としか思わない。

 ランヴァルドが鞭打たれた分くらいは苦しんでもらわないと割に合わない。まあ、そのあたりはウルリカと領主側の兵士達の腕次第、といったところだろうが……。

「さて。彼がどの程度吐いてくれるかにもよりますが……明日のパーティーが楽しみです」

 ……鉄面皮のメイドは、さぞかし無慈悲に『尋問』してくれることだろう。




 さて。こうなったら後は、ランヴァルドとネールにできることは何も無い。

 マティアスは己が上手くやれなかったことを悔やみつつ洗いざらい打ち明けるしかないだろうし、その先に待っているものは安らかな、或いは苦痛にまみれた死でしかないのだ。

 ランヴァルドが何かすべきことは無い。マティアスの視線が背に突き刺さるように感じられたが、ランヴァルドはそれを無視して、地下通路の出口へと足を向け……。


「おお……これは一体、何の騒ぎだね?」

 ……そこへやって来たのは、ステンティール領主その人であった。屋敷の騒がしさに気付いてこちらへ来たのだろう。

「これは……成程、そういうことか」

 マティアスに毒殺されそうになっていた彼は、マティアスが捕らえられている様子を見ると、悲しそうな顔で一つ頷いた。

「マティアス、といったか。……私はステンティールを脅かす者を許すわけにはいかないのだ。どうぞ、恨むなら恨んでくれ」

 ……領主の悲し気な言葉は、下手な誹謗より余程、マティアスにとって屈辱であったのだろう。

 マティアスはそういう奴だ。ランヴァルドは知っている。マティアスは優しげで穏やかに見えて……計算高く冷酷な男だ。そして、貴族を嫌っている。


「おやおや……随分と寛大なことですね、領主様。罪人相手に、謗り一つも零さないとは」

 マティアスが乾いた笑い声を上げるのを聞いても、領主は変わらず、悲し気な顔をしていた。

「君のような民も、救えるのなら救いたかったが……力及ばず、悔しく思っているよ」

 領主は善良だ。それなりに勘が良く、民のことを考え、ついでに度量も大きい。そういう人なのだろうと、ランヴァルドはなんとなく察していた。

 だが……だからこそ、彼にマティアスは救えない。

「救いたかった、と?この僕を?」

 マティアスが蛍石の如き目を見開いたのは、驚愕のためではないだろう。ただ、憎悪か何か……強い衝動が彼の目を見開かせ、そして、笑い声を上げさせている。地下に響く笑い声は随分と楽し気で、いっそ狂気じみて不気味であった。

 そして。


「やれやれ。平和ボケした貴族とは、なんとも愚かで醜いものだね。……そう思わないか?ランヴァルド」

 マティアスがそう言って、いつもの薄笑いをランヴァルドに向けたその瞬間……。

 ……マティアスが繰り出した右足、そのブーツに仕込まれていた刃が、すぱり、と領主の脛を斬りつけていた。


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不敬!
アサシン系お嬢様が反射的に首狩らないことを祈るわ ((( ;゜Д゜)))
なんつーか、マティアスもランヴァルドさんに負けず劣らず幸運値が低かったのかな。それかネールちゃんが幸運の女神様だったか。
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