氷晶の洞窟*2
……そうして、ネールが満足したところで採取はそこまでとする。
本当なら、もっと大量にゴーレムの体を持ち帰りたい。が、これ以上やっても荷物が重くなるだけだ。荷物を重くするのは帰路についてから……この洞窟を全て探索してからの方がいい。
そう。『この洞窟を全て探索してから』だ。
「……ここで兵士がやられたにしては、遺品の類が見当たらないな。ゴーレムが人を食うとも思えないが……」
ランヴァルドはふと気づいて、辺りを見回してみる。だがやはり、無い。剣やナイフの一本、鎧や盾の一欠片も、見つからない。
……兵士が全員死んだ、と聞いている。そして、それらの遺体を全て回収する余裕があったとは思えない。全く手つかず、と考えた方がいいだろう。
ならば遺品はおろか遺体や血痕の一つすら見当たらないのは、どうも、おかしい。
ついでに、ゴーレムがここに居たのも、少々不自然だ。ランヴァルドの肌感覚では、この辺りはまだ、魔獣の森の深部に至らない程度の魔力の濃さでしかない。
そんな場所に、こんな上物のゴーレムが居たのだから、やはりおかしい。
それらについて考え始めたランヴァルドは、やがて、すぐに結論を出す。
「……まだ奥がある、ってことか」
ランヴァルドの目は、ゴーレムが居た場所の更に奥……ゴーレムによって先程まで隠されていたそこを見据えた。
……奥へと続く通路が、見える。
「兵士達が死んだのは、多分、もっと奥だ」
奥へと進みながら、ランヴァルドはそう、言葉にする。
「水晶ゴーレム……さっきのデカブツと兵士達が、そこで戦ったんだろう。で、兵士を皆殺しにしたゴーレムは、洞窟のもうちょっと浅い所……さっきの場所に陣取ることにした、ってわけだ」
ネールは、こくこく、と頷きながらランヴァルドの話を聞いている。
……実際のところ、ランヴァルドはネールに聞かせるために話しているのではなく、自分の考えを纏めるために口に出しているだけなのだが、ネールはそれでも一生懸命だ。健気なことである。
「……何のために、こんなことしてたんだろうな」
そうしてランヴァルドは、そう呟いて眉根を寄せた。
ゴーレムほどの魔物になれば、それなりに知能もあったはず。意味もなく、人間の住処へと近い上層へ進むことは無いだろう。だとしたら、何故、あそこに居たのか。まるで、深部への入口を塞ぐように……。
……そう考えたランヴァルドの口から、ふと、言葉が漏れる。
「門番……いや、まさかな」
門番。
……そう、思い付きで言ってしまってから、本当にそうなのでは、という気がしてくる。
ゴーレムは、この先にある何かを人間から守るために、あそこに陣取っていた。そう考えると、辻褄が合うように思えるのだ。ゴーレムの胸に刻まれた紋章も、『古代文明にはかつてゴーレムを人工的に生み出す技術があった』ということについても。
「……何を守ってるんだかな。財宝なら万々歳だが」
ランヴァルドはそう嘯きつつ、どうにも嫌な予感を拭い切れない。……ついでに、ランヴァルドの『嫌な予感』は、よく当たる方である。
「うわ」
しばらく進んでいったところで、ランヴァルドとネールは凄惨な光景を目の当たりにする。
「……こいつはひでえな」
ランタンを掲げてみるまでもない。
それは、死体の山であった。
……恐らく、ハイゼルの兵士達だろう。ゴーレムに潰されたと見えて、とにかく酷い状態だ。遺体の形がまともに残っていないものもある。洞窟の床は、固まった血で赤黒くなっていた。
ただ、まだ死体がそこまで傷んでいないのが救いだろうか。ここは外より気温が低い。だから死体が傷むのが遅いのだ。
また、床の上には水晶の破片や塊が落ちていた。どうも、ゴーレムは先程の一体だけではなかったらしい。まあそうだろうな、とランヴァルドは納得する。流石に、ハイゼルの兵士達がゴーレム一体で全員死ぬということは考えにくかった。つまり……先程のゴーレムと同じようなものが、あと二体か三体か……まあ、これらの兵士を皆殺しにするのに十分な数が、居たのだろう、と思われる。
ランヴァルドがそんなことを考えていたところ、ネールが、くしゅ、とくしゃみをした。……少し肌寒いのだろう。
「ああ、寒いか。ええと……あ」
何か無いか、と周りを見てみたところ、ハイゼルの兵士達が使っていたと思しき外套が一枚見つかった。戦う前に脱ぎ捨てたものなのか、幸い、ほとんど汚れていない。これならばまだ使えそうだ。
「これ、着てろ」
ほら、とネールに外套を着せてやると、ネールは少し体が温まったのか、ほう、と息を吐いて嬉しそうにした。……だが、はっ、と何かに気づいたようになると、折角着た外套を脱いで、ランヴァルドに渡そうとしてくるのだ。ランヴァルドは『流石に気に入らなかったか』とも思ったが……心配そうなネールの顔を見て、ネールの意図するところに気づく。
「ああ、俺のことなら心配するな。俺は寒さに強いんだ。北部の出なんでね。この程度なら涼しくて丁度いいくらいだ」
ランヴァルドがそう説明してやると、ネールはまだ少し納得していない様子ではあったが、やがて、こく、と頷いて、再び外套を身に着け始めた。
……が、案の定、ネールには裾が長すぎた。
ずりずり、と裾を引きずる有様だったので、少しおかしい。ランヴァルドは苦笑しつつ、ネールのナイフを借りて、外套の裾を適当に切ってやった。裾がぼろぼろだが、ずりずりやっているよりはマシだろう。
「さて……こいつらをどうにかしてやるのは、全部終わった後になりそうだな」
ネールの防寒対策ができたところで、さて、とランヴァルドは周囲を見回す。
……兵士達の遺体は痛ましいが、だが、今はどうにもできない。
この奥の安全まで確認できたら、その後で領主への報告を行って、ハイゼルの兵を出してもらって、それでようやく、といったところだろう。それはもう、ランヴァルドの仕事ではない。
なので気休め程度、ランヴァルドは祈りを捧げた。
無論、ランヴァルド自身は、特に敬虔な信者というわけではない。むしろ、神に唾を吐きかけてやりたいことが今までに幾度となくあった。
だがそれはそれとして……ここで死んだ者達は信心深く神を信じていたのかもしれないのだ、とは思う。
だから、『祈っていたかもしれないこいつらに目をかけてやるぐらいはして頂きたいもんだ』という思いで祈る。
ランヴァルドは自分のためには祈らない。悪徳商人になる以前から、神に助けてもらえるとは思っていない。
だが……まあ、他者はその限りではないのかもしれない、とは思っている。祈って救われる人も居るのだろうし、それを否定する気は無い。その程度の良心は、残っている。
ランヴァルドが祈りを捧げていると、ネールはそんなランヴァルドを見上げて、それから、ランヴァルドを真似るように手を組んで、祈りの姿勢を取り始めた。
そのまま暫し、二人で祈りを捧げていた。この暗く深く冷え切った洞窟の奥からでは、神に祈りが届くとも思えなかったが。
そうして二人は、また洞窟の奥へと進んでいく。湧き水が湧き出る地点を越えていけば、空気こそ湿っているものの、足場はそれなりに乾いて歩きやすくなってきた。
一方、進めば進むほど、空気は冷えていった。ネールが少しばかり寒そうにしていたので、ランヴァルドは『こいつには防寒具を用意してやらなきゃダメか』と考え始めた。
……そんな道のりを行くと。
「これは……」
絶句する。ただ、洞窟の岩壁と天井、そして床が続いていくように思われたそこに、整えられた石の柱の残骸のようなものが落ちている。
ランヴァルドは思わずその柱の残骸に駆け寄って、観察する。
それは、上等な白大理石を削り出して造ったように見える代物であった。半ばから折れているが、そこに施された彫刻の美しさも、白大理石自体の上質さも、見てすぐに分かる。ついでに、折れた断面は埃が積もっているわけでもなく、ただ白く、新しいように見えた。
柱の残骸の更に先へと視線をやれば、床や壁は、天然の洞窟のそれではなく……途中から、人工的に作られたものへと変わっている。
どうやら、洞窟の奥がこの建造物と繋がっていたらしい。或いは、『繋がってしまった』のか。
「おいおいおい……これは一体、どういうことだ」
ランヴァルドは半ば混乱しながら、石畳の様子を確かめ、石材を積んで造られたらしい壁に触れて、状態を見る。それらは古びているものの、確かに、文明と技術を感じさせるものだった。ついでに、柱や壁に刻まれた飾り彫りには、先程のゴーレムに刻まれていたのと同じ紋章が含まれている。やはり、あのゴーレムはここの守護者であったのだろう。
そして、洞窟との境目は、確かに『壁をぶち破った』ような様子になっている。柱の折れ方から考えるに、この建造物と洞窟が繋がってしまったのは、比較的最近のことなのだろうが……。
ふと視線を落とすと、不思議そうにランヴァルドを見上げるネールの目があった。ランヴァルドは『ああ、こいつにこれの意味は分からないか』と理解して、説明してやる。
「床や壁を見ろ。どう見ても人工的なもんだろ?こんな風に、石材がきちんと積み上げられた洞窟があると思うか?こんな彫刻が、自然にできると思うか?」
ネールにそう問いかけてやれば、ネールは『たしかに』というように神妙な顔で壁や床を見つめて、ふんふん、と頷いた。
「恐らくは、元々あった遺跡の類と洞窟が繋がっちまったんだろうな。あの柱は最近折れたもののようだし……もしかすると、魔物が湧いたっていうのも、この奥に原因があるのかもしれない」
ランヴァルドはそう言って、それから自身の教養と知識との中から情報を掬い上げ……それをネールに伝える。
「そうだ。これは間違いなく、遺跡だ。ここは古代遺跡の類だろう。古代文明の……魔法をもっと当たり前に使っていた時代のもんだ」
……そう。どうやらランヴァルドは、とてつもない場所へ来てしまったようなのである。




