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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第一章:とんだ拾い物
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林檎の庭*4

「……実は、我々はハイゼオーサへ到着する前、鉱山からの道すがら、野盗と出くわしております」

 領主バルトサールとの交渉も、いよいよ山場だ。

 ランヴァルドはここでようやく、本来ここへ来た目的であった報告を行う。途端、領主バルトサールは顔を顰めた。

 ……自分の治める領内、それも、町の比較的近くで野盗が出たとなったら、いよいよ、ハイゼル領の治安悪化が心配である。

「彼らには悪いが、こちらも命がかかっている。退治させて頂きました」

「構わん。むしろ、礼を言う。人の道を外れた者は最早人間ではない」

「私もそのように思います。……まあ、彼らとて、人の道を外れたくてそうしたわけでは無いでしょう。そうならざるを得なかったからこそ、あのように人を襲い、奪って、生きようとしている」

 ランヴァルドは如何にも思慮深いような、上辺だけの言葉を並べていった。だが、それでいい。こうした言葉こそが、この誠実な領主に安心を齎すのだ。

「今、北部は酷いことになっているようですね。旅商人の身空なものですから、情報はある程度、入ってきています」

「……そうだな。寒冷化による不作。それによって起こる略奪……更には、魔物の活性化がいくらか、報告されている。中には、魔物に滅ぼされた村すら報告されるようになってきた」

 ……予想していた以上の答えが返ってきてしまい、ランヴァルドは少しばかり、驚く。

 寒冷化と不作のことは、耳にしていた。それによって山賊の類に落ちぶれる者が溢れ、北部の治安は悪化の一途。食料も武器も足りていない……と。

 だがまさか、魔物の活性化までもが同時に起きているとは。

 これはいよいよ、北部は動乱の時世を迎えている、ということだろう。中には、この動乱を乗り越えきれない領地も出てくるかもしれない。特に、無能が治めるような領は心配だ。

 が、今はそれさえも好都合。ランヴァルドは『痛ましいことだ』と眉を顰めて見せると、すぐさま、領主を安心させるような笑みを浮かべてやった。

「まあ……そんな情勢ですから。誰もが苦しんでいると分かっている時に、がめつくはなれない。『名誉で腹は膨れない』とも申しますが、その『名誉』さえ手に入れば、私はそれで構いません」


「ほう。名誉、か。……この時世で名誉を求めるとは、中々の変わり者だな」

「ははは。私は商人ですから。安い時に仕入れて高い時に売るんですよ」

 感心したような表情を浮かべる領主バルトサールに、ランヴァルドは少々冗談めかして言ってみる。こうしてやれば、領主バルトサールはいよいよ、ランヴァルドのことを勘違いしたらしい。

 つまり……『ただ善良で、お人よしで、損を取ってでもこの地を救おうとしている者』とでもいうように。


「そうか。そういうことなら遠慮は要らないな」

 領主バルトサールはランヴァルドに合わせて冗談のようにそう言って笑い……それから、真剣な表情でランヴァルドを見つめた。

「この時、この場にて、バルトサール・エリアス・ハイゼルラントより直々に依頼しよう。どうか、氷晶の洞窟の魔物を退治してほしい。……調査の為送り込んだ兵は誰一人帰ってこなかった。実態は何も分からないが、まあ、危険な相手であることは間違いない。危険な任務になる。だがそれでもやってくれるというのならば、貴殿には金貨と白刃勲章を与えよう」

 その言葉に、ランヴァルドはにやりと笑いそうになる口元を律し、深々と、優雅に一礼して見せた。

「ええ。勿論。このランヴァルド・マグナスにお任せください。必ずや領主様のご期待に沿える結果を出してみせましょう」




 そうして領主の館を出てきたランヴァルドは、非常に上機嫌であった。

「くく……白刃勲章か。まあ悪くないな」

 くつくつと笑うランヴァルドを見て、ネールは只々、きょとん、としている。

「ん?ああ、お前は勲章の種別なんて知らないか。まあ……そうだな、『騎士(ナイト)』の地位は知っているだろう?名誉でしかない、貴族扱いされない地位だけどな」

 ランヴァルドがそう話しかければ、ネールは難しい顔で、少し首を傾げながらも、こく、と頷いた。

 ……一応、『貴族』というものがこの世界に存在していることは知っているのだろう。公爵とナイトの区別もつかず、当然のように爵位の順列なども知らないだろうが、まあ、存在くらいは分かるようだ。

「ナイトの地位を示すものが、白刃勲章、六花勲章、白雲勲章だ。受章の理由に応じて三種類あるが、まあ、戦いと守護に関する勲章が白刃勲章。それが貰えりゃ、俺は晴れて『ナイト』だ」

 ランヴァルドが歩きながら説明してやると、ネールは、ふんふん、と頷いた。一応、興味はあるようだ。

「ナイトになっちまえば、後は簡単だ。金を稼いで適当な土地を買って、更に金を稼ぐ。……後は多少、国王陛下のお目に留まるような行動をしておけば、下級も下級の貴族位だろうが、それでも正式な貴族位が手に入り、土地が所領と認められる。そうすれば……」

 ランヴァルドは半ば、ネールへの説明というよりは自身のための確認のような気持ちでそう続け……その途中で、理解が追い付かなくなっているらしいネールを見つけて、苦笑した。

「……お前には難しかったか」

 ネールは申し訳なさそうな顔で、こく、と頷いた。まあ、つい数日前まで野生の暮らしをしていた生き物に、貴族だの所領だの勲章だのの話をしても難しかっただろう。そんなことは分かっていたのに説明してしまったのは、単にランヴァルドが浮かれているからだ。

「ま、俺は上機嫌だ、ってことだけ分かっていりゃあそれで十分だ。この仕事が無事に終われば、俺は俺の目標にまた一歩近づく。あいつらに裏切られて後退した分を、別の方から取り返せる」

 浮かれたついでにそう言って笑ってやれば、ネールも何故か、ぱっ、と表情を明るくして、にこにこと頷いた。どうしてか、この妙な生き物はランヴァルドが嬉しいと嬉しいようである。

「そういうわけで……ま、なんだ」

 ネールの様子に少々戸惑いつつも、ランヴァルドは少し考え……。

「お前のナイフ、買いに行くぞ。ちゃんとした奴があった方がいいだろうからな」

 戦いに行くのであれば、まずは準備から。そう結論づけるのであった。




「おお!あんた達は、昨日の!よく来てくれたな!」

 ネールのナイフを買いに鍛冶屋へ向かったところ、昨日の御者がそこに居た。

 ……そういえば、ランヴァルドが『護衛』してきた例の馬車は鉱山からの荷馬車であり、この鍛冶屋に鉄を運ぶためのものだったのだ、ということを思い出す。

「そうか。ここが例の鍛冶屋だったんだな」

「ああそうだ。ありがとう。あんたのおかげで、ここも無事に動いてる。鉄はいくらあっても足りないくらいらしくてな。俺達が到着できなかったら、今日の昼には炉の火が消えていたところだったんだとさ」

 打つ鉄が無ければ、鍛冶屋は当然、商売にならない。その鉄をここへ運んできたランヴァルド達は、まあ、ここの鍛冶屋からしてみれば覚えは悪くないだろう。

 そんな打算を脳裏で瞬時に弾き出したランヴァルドは、早速、御者に笑顔で話しかける。

「ならよかった。いや、無理を言って馬車を出してもらったからな、少し後ろめたく思っていたんだ。だが、それが役に立った人も居るっていうんなら、神もお許しになるだろう」

 思ってもいない言葉を舌先だけでぺらぺらと紡いで、ランヴァルドは笑う。

「そうだな……折角の縁だ。何か買っていくかな。丁度、こいつの護身用のナイフが欲しいと思っていたんだ。今も持たせてはいるが、在り合わせだったからな。ちゃんと合ったのを見立ててもらいたい」

「おお!そうか、そうか!なら入ってくれ!鍛冶師に紹介するよ。……おーい!」

 ランヴァルドの言葉に乗せられて、御者は店の奥へと声を掛けた。すると、鍛冶師と思しき男がのっそりと現れる。

 ランヴァルドはあくまでも笑顔で軽く会釈しておく。ネールもランヴァルドを真似してか、ぴょこ、と小さな頭を下げていた。


 それから御者が鍛冶師にランヴァルドを紹介した。概ねのところは昨夜の内に御者から聞いていたらしく、鍛冶師は『鉱山の連中を助けてくれたんだってな。ありがとう』と手を差し出してきた。ランヴァルドは、鍛冶師らしくごつごつしたその手を握り、そのまま笑顔で尋ねる。

「実は、ナイフが欲しいんだ。実は幼いながらにこいつもそれなりに戦えるんでね、ナイフを持たせているんだが……今のやつはあり合わせなんだ。刃毀れも酷い。だから、ちゃんとしたいいものを買い与えたいと思ってな」

「そうか。……ふむ」

 ランヴァルドがネールを示すと、鍛冶師はネールに近づいて、ネールの体躯や手の大きさを見始めた。ネールはびっくりしてランヴァルドの後ろに隠れようとしていたが、ランヴァルドが『大丈夫だ』と言ってやれば少し安心したらしく、大人しく、鍛冶師に見られるがまま、じっとしていた。

 鍛冶師は更に、ネールが今持っているナイフ……魔獣の森で拾ったらしい一振りと、つい昨日、野盗の死体から奪った一振りとを見て、ふむ、と頷いた。

「……成程な。少し待っていてくれ」

 そのまま店の奥へ引っ込んでいくと、やがて、鍛冶師は何本もナイフを持って戻ってきた。

「このあたりはどうだ」

 カウンターに並べられていくナイフは、それぞれが中々の代物だ。

 鍛えられた鋼は薄青く光るようで、刃の鋭さは見るだけでもよく分かる。ランヴァルドの商人としての目が、即座に『これは高くつくだろうな』と判断した。

 だが、ネールの装備は即ち、稼ぐための最も大切な準備の内の一つだ。ここで金に糸目をつけるわけにはいかない。ランヴァルドは早速、ネールと一緒にナイフを吟味し始める。

「ネール。どれがいい?」

 まずはネールに聞いてみる。するとネールは戸惑いつつもナイフの一つを手に取り、ふり、と少し振ってみて、それから首を傾げてそっと戻した。更に次の一振りを手に取ると、今度は少しピンときたような顔で頷きつつ、また戻していく。

 ……そうしてネールは、順番に全てのナイフを手に取って、ふり、ふり、とやったり、時には投げ上げてくるりと回転させてから掴み直したりして、ナイフの具合を確かめていた。

 ランヴァルドはネールの様子を見ながら、しっかりとナイフも確認していく。ナイフはどれも中々の業物であったが、それでもやはり、優劣はある。

 一番大切なのはネールの手に合うかどうかだろうが、その次に重視すべきなのは、刃の品質であろう。




「ネール。迷うならそっちの端のにしておけ。ついでに右から三つ目の。それはどうだ?」

 ネールが最後、三本のナイフを前に悩んでいたのを見て、理由は特に言わず、それだけ伝えた。するとネールは首を傾げつつも、笑顔でこくんと頷き、ランヴァルドが指示したナイフを手に握って、ふり、ふり、とやって何かを確かめると、また笑顔で頷いて、選んだナイフをランヴァルドに手渡してきた。

「そうだな。よし、じゃあこれにしよう」

 ランヴァルドは笑ってナイフを受け取ると、それを手に、鍛冶師に『いくらだ?』と尋ねる。すると、鍛冶師は少々驚いたような顔をしていた。

「……よく分かったな。あんた、元々、冒険者か何かだったのか?」

 鍛冶師の反応を見て、ランヴァルドは自分が『正解』したことを悟る。

 ……これらのナイフの中で、どうも、選んだ二振りともうあと一本ほど、ただの鋼に見えないものがあったのだ。

 以前、商品として取り扱ったことがある『魔鋼』に近しいものに思えたので、ならばこれを選ぼう、と判断した。

「冒険者?まさか!俺は商人さ。だからまあ、魔鋼を扱ったこともあってね。これは魔鋼そのものじゃないにせよ、近いものに見えたんだが……」

「お察しの通り、これは鋼に魔石の粉を叩き込んだものだ。魔鋼ほどじゃないが、硬さが増す。それでいて、しなやかなんだ。試しに打ってみたものだったんだが、我ながら中々いい出来なんでね。だが、まさか見ただけで分かる奴が居るとは思わなかった」

 鍛冶師は嬉しそうにそう語る。まあ、品質が良いならそれに越したことは無い。ランヴァルドは上手くやれたことに少々の喜びを感じつつ、更にもう一振り、ネールの予備かつランヴァルドの旅道具として、小さめのナイフを選び取る。

 そうして鍛冶師が提示してきた金額……金貨二枚を支払って、満足の行く買い物を終えることができたのであった。




 店を出たところで、ネールはもう既に買ったばかりのナイフを二振り、腰のベルトに付けていた。そして、鞘から二振り同時に抜いて、軽く振ったり投げ上げたりしてからまた鞘に戻す、という一連の動作をして、満足げににっこり笑った。……どうやら、ナイフはネールのお気に召したらしい。

「出資した分はきっちり働いて返してもらうぞ、ネール」

 ランヴァルドが声を掛けると、ネールは嬉しそうにこくこくと何度も頷いた。……今回、このナイフはランヴァルドが支払いを持っている。

 ネールに支払わせるための意思の疎通が面倒だったので、そのままランヴァルドが支払ってきたのだが……まあ、金貨二枚分はネールの働きで十分に戻ってくる予定である。ランヴァルドは出費を諦めた。


「さて、じゃあ後は……少し食料を買って、水を用意して……」

 他に何が必要だろうか、とランヴァルドは考えつつ、手帳にいくらか、買っておいた方がよいものを記録していく。

「後は、多少、情報収集しておくか。宿の食堂で話を聞いてみよう。『氷晶の洞窟』はある程度、ここらで知られた場所らしいからな」

 続いて、情報収集も視野に入れる。ランヴァルド自身は『氷晶の洞窟』について、商売で必要な知識……つまり、『湧き水が綺麗』『水晶や魔石が産出する』といった、商品に付加される類の話しか聞いたことが無いのである。

 今回、兵士が何人も死んでいるとなれば、もう少しその事件について知る者を探したいところであるし、『氷晶の洞窟』自体の情報も仕入れておきたい。

 情報は、武器だ。ランヴァルドは商売をやってきた経験から、特にそう思う。

「夕方になったら宿に戻ってヘルガに聞けばいいか。それまでは……そうだな」

 ランヴァルドは、少し考えた。

 情報収集をするなら、ネールは少々、邪魔になる。ランヴァルド一人で動いた方が身軽で何かと便利なのだ。

 ……というのも、ネールを連れて歩いていたら、目立ってしょうがない。子連れだと人の印象に残りやすいし、その上、その『子』が美少女ときたら、猶更そうだろう。

 そして情報収集をしていくにあたって……氷晶の洞窟のみならず、他の、例えば、いい儲け話や誰かの不幸の種、最近の情勢……そんな情報も手に入れようと思うなら、やはり、人の印象には残らず、さらりと情報を集めてしまった方がいい。

 なので。

「ネール。お前、『林檎の庭』で待っていられるか?」

 丁度、知り合いの居る宿もあることだ。ランヴァルドは、ネールを宿に置いて情報収集に勤しむことにした。


 +


 ネールはランヴァルドと一緒に『林檎の庭』へ戻り、お昼ご飯はそこの食堂で摂った。ネールの食事は、パンとチーズとスープ、それに蜂蜜入りのホットミルク。ランヴァルドはミルクの代わりに、水で薄めた蜂蜜酒を飲んでいた。

 そうして食後、ランヴァルドは一人で宿を出ていく。ネールはお留守番だ。……一人で居るのは慣れている。だが、一人で『町に』居るのは、慣れない。

 森の中なら、一人でも大丈夫だった。でも、人が居るところで一人で居ると、不安だった。ネールは人の世界のことが、まだよく分かっていない。

 結果、ネールは部屋の中、ベッドに潜りこんで、もそもそ、と丸くなる。こうして丸まっていると、少しだけ、安心できる気がするから。

 ……そうしてもそもそ丸まっていると、ふと、こんこん、とドアがノックされた。

 ネールは少し迷ったが、ナイフを後ろ手に、そっと、ドアを開けた。……相手がランヴァルドの命や彼の財産を狙ってやってきた悪い奴なら、すぐさま殺すつもりで。だが。

「ネールちゃん。今、暇?ならお喋りしない?」

 そこにやってきたのは、ヘルガであった。ついでに彼女の目的は、ネールであるらしい!


 +


「……ん?」

「おう、どうした兄ちゃん」

 ランヴァルドは情報収集のために訪れた酒場で顔を顰めた。

「……いや、誰かが俺の噂でもしてる気がしてね」

 ランヴァルドのカンは、ぼちぼち当たる。そして事実、ランヴァルドは今丁度、ネールとヘルガに噂されているところなのであった……。


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― 新着の感想 ―
ランヴァルド、危なっかしいけど優秀だよな 奪われた武器を購入するのに使った全財産の金貨500枚、今になって考えてみると相当な金額だぞ それだけ稼げるのは伊達ではないか
ダンジョン突入前の準備は大切ですよね!情報収集しておかないと痛い目を見るのは良くある事…
良いナイフが手に入ったようですね。 そしてランヴァルドも鍛冶屋さんに只者ではない印象を植え付けるのに成功かな? ヘルガとネールのガールズトークの内容も気になります。 それでは次回の更新も楽しみにお待ち…
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