26.お肉がいっぱいです!
ハンター協会を出て王都の関所をくぐると、すぐEランクの狩場になっている。とはいっても、Eランクの狩場は広大だ。木々のそびえる森までは多少歩くので、森に入る前の草原の大部分がEランクの狩場になっている。
草原では攻撃性の低いウサギなど草食の生き物がよく見られる。それを狙って肉食獣が姿を現すこともあるが、森から遠いところであるほど危険は減る。
だから薬草摘みなどの簡単な依頼を受ける人は、危険な目に合うことがほとんどないと言っていい。十歳でもハンター登録ができるのはそのためだ。
「DランクとEランクの狩場の境界の辺りまで行くか? 牛の群れがそこにいるはずだ」
フワリンから「牛肉ー!」と歓喜の叫びが聞こえてくる。トットを上に乗せたまま上下に弾んでいたので、トットにぺしっと叩かれていた。
案内すると言って歩いてゆくモニークにみんなでついてゆく。ショコラは広い草原を歩けるのが嬉しいのか、高速移動で遠くまで行ってはレヴィーの元へ戻ってを繰り返していた。
「牛の群れがよくいるところは水場なんだが、それを狙った肉食獣も多くあらわれる。だからギリギリDランクの狩場なんだよな。ただDとEの境界付近では肉食獣には本当に注意しないと、Eランクの実力では死者が出ることもある。私たちは足止めと威嚇に魔法が使えるから、万が一肉食獣に出くわしても逃げられるだろう。魔法の準備だけは忘れるな」
モニークの説明に私たちは頷く。草原は見晴らしがいいから肉食獣が近づいてきたらすぐに気がつける。だから大部分がEランクの狩場になっているのだ。ただ森の近くだと肉食獣が身を隠せる場所が多くなるので、Dランクの狩場になっているということだ。
「見えてきた! やっと狩りができるね」
一時間以上歩いただろうか。遠くの方に水場で休んでいる牛の群れが見えた。「肉ー!」とフワリンが普段からは考えられない早さで牛まで飛んでいった。振り落とされたトットが「にゃー!」と鳴いて怒っている。
「へっぷっぷー!」
牛の横っ腹にモフっとぶつかったフワリンは、そのまま口を開けて牛を吸い込んだ。
「……Dランクにしてもらって正解だったね」
振り落とされたトットを抱え上げたキャンディが呆れた顔でフワリンを見ている。
「あれ、生きたまま持って帰るつもりなのかな? 解体してくれるハンター協会の人が困りそう」
レヴィーもあきれ顔で次々と牛を吸い込むフワリンを見て言う。確かに、狩りとは本来生け捕りにすることではない。一、二匹なら生きたままでも対応してくれるかもしれないが、いかんせんフワリンが吸い込んでいる数が多すぎる。
「フワリン、そろそろやめて! 戻ってきて!」
私が叫ぶと、フワリンは不満そうに戻ってきた。突然仲間を大量に吸い込まれた牛たちは、混乱して遠くの方へ逃げていく。少しだけ牛に申し訳ない気持ちになった。
戻ってきたフワリンは、落とされて怒り狂ったトットに何度も猫パンチをされていた。悪いことをした自覚があるのか、フワリンは黙って叩かれていた。
大きな眼球をパンチされているのでフワリンも少し痛そうだ。……どうして本来急所であるはずの眼球を攻撃されて、ちょっと痛いで済むのかは謎である。
「フワリン、一匹ずつ口から牛を出してくれ。解体はハンター協会でやってもらうにしても、さすがに生きたまま持っていくのは迷惑だから、シメてしまおう」
モニークがそう言って腰に下げていたナイフを抜く。モニークの左腕にぶら下がっていたスイミーが目を開けた。フワリンが口から一匹牛を出すと、背筋が冷たくなるような覇気がスイミーから放たれる。スイミーの固有魔法は「威圧」なのである。
モニークが特例で七歳でハンターになれたのは、スイミーの威圧があってこそだ。スイミーが威圧で敵を縮み上がらせ、その隙に身体強化を使ったモニークが一瞬でとどめを刺す。これができるから認められたのだ。
しかしフワリンが口から出した牛は、すでに事切れていた。スイミーの威圧は空振りだった。
「冷たい……?」
「もしかして、いきなり温度が極端に低い空間に入れたのかな? 死んだばかりにしては体温が下がり切ってるし……」
モニークとキャンディが牛に近づいて確かめている。
フワリンが「へぷー」とモニークにテレパシーを飛ばした。「夕食に使うから一匹だけ解体してくれ」だそうだ。
相変わらずマイペースな毛玉である。
「おーい君たち! すぐにここを離れて! 異常事態だ!」
その時遠くから、焦ったような声が聞こえた。牛を解体しようとモニークが担いで持っていこうとしていたのだが、私たちはその言葉で杖を腰から引き抜いて戦闘態勢をとる。
「ルビーさん、トマスさん、マリアスさん! 何事ですか!?」
モニークが名前を呼んだことで、私たちも気がついた。彼女らは先ほどハンター協会で話していたルビーさんを含むAランクグループだろう。Aランクが警戒する何かが近くにあるなんて大変なことだ。私たちは警戒を強くする。
「モニーク⁉ 今、恐慌状態の牛の群れが大移動していたの。少なくともBランク以上で対応しなきゃいけない魔物がいる恐れがあるわ!」
ん? と私は首を傾げた。キャンディもレヴィーも呆れた顔で構えた杖を降ろす。モニークは頭を抱えていた。そしてみんな「へぷー?」と甲高い声でかわい子ぶっているフワリンを見る。……そっか、Bランク以上か。牛くらい吸い込むだけで狩れるものな。
「すみません。それはフワリン、私の使い魔のせいだと思います……」
縮こまって小さく片手をあげると、私は三人に謝罪した。ツバメのような鳥に先導されて走ってきた三人はフワリンを見ると目を見開く。
「特殊な使い魔……ルディアの探知にひっかかったのはあなたの使い魔だったのね」
ツバメを呼び寄せた茶髪の女性は、少し警戒したような様子だった。探知と言っていたからこの人がルビーさんだろう。
「いったいどんな技を使ったんだ? 牛は普通人間に仲間を一匹狩られたくらいじゃ、あそこまで恐慌状態に陥って逃げたりしないぞ」
ルビーさんによく似た茶髪の男の人は、フワリンを見て困惑した様子だった。モニークがトマスさんとマリアスさんと言っていたから、この人がトマスさんで、もう一人の灰色の髪の女性がマリアスさんなのだろう。
「あー……吸い込みました」
三人はよくわからなかったようで首を傾げた。他にどう説明しろというのか。
「……まあ、いいわ。使い魔がいるってことは、あなた達はモニークの学校のお友達?」
モニークが順番に私たちを紹介してくれた。最後に私の名前を呼んだ瞬間。ルビーさんが憤怒の表情で私を見る。
「フィストリアですって⁉」
……やはりルビーさんは、父のことをよく思っていないようだ。私は肩を縮めてルビーさんの殺意のこもった視線をやり過ごした。




