25.ハンター協会です!
三連休初日。私たちは狩りと宿泊の準備をしてレヴィーが用意してくれた馬車に乗っていた。ハンター協会は王都の外れにあるので少し遠いのである。
「あたしの家にあったフィールドワーク用の大型テント。フワリン、口あけて?」
「寝袋はみんな持ってきた? フワリン。よろしくね」
話し合いの結果それぞれが持ってくるものが決まったのだが、フワリンは運搬係になったので私は寝袋しか持ってこなかった。みんなフワリンの口に入れたので、私たちはハンターにあるまじき軽装備だ。
荷物は少ない方が戦闘に集中できるから問題ないだろう。
ハンター協会の前に着くと、馬車を降りる。石造りの砦のような堅牢な建物は、いかにもハンター協会らしい。
最初から開け放たれていた大きな扉をくぐると、武装した男女が多くいた。
私たちは制服を着ていないが、使い魔を連れているのと上等な服装で魔法使いで貴族だとわかったのだろう。子供だが変に絡まれることはなかった。
「すみません。学校の許可証をもらってきたのでグループ登録したいのですが」
私たちは受付へ行くと受付のお姉さんに許可証を差し出す。許可証の備考欄にはそれぞれの身分と成績と能力、使い魔とその能力が簡単に記されている。
受付のお姉さんは色々と驚いたのだろう。笑顔が固まっていた。まずモニーク以外身分が高すぎるし、フワリンの能力にいたっては嘘にしか見えない。
「あ、はい。承りました。Dランクのグループ認識票を発行いたします。出来たらお呼びいたしますので、しばらくお待ちいただけますか」
お姉さんは追加で記入が必要なモニークの認識票を受け取ると、慌てて裏に走っていった。
「認識票に名前を彫るのに時間がかかるはずだから、少し中を見るか? 依頼書を見るのも面白いぞ」
「モニーク、何か依頼受ける?」
ハンターは狩りが目的か、依頼書通りの任務をこなすことで報酬を得ることが目的かで分かれる。モニークは両方こなしていたそうだから今回もそうするのだろうか。
「いや、今回は肉だけにするよ。元々クリスタとフワリンに昼食のお礼のつもりだしな」
冷かしに壁に張られた依頼書を眺めていると、注意喚起の紙が貼ってあるのを見つける。どうやらEランクの狩場で謎の怪我人が続出しているようだ。特殊な固有魔法を有する魔物がいるのだろう。
一緒に紙を覗き込んでいたモニークが補足してくれる。
「命にかかわるような怪我ではないみたいだな。Eランクの狩場は草原地帯だから、きっと透明化の固有魔法でも持って生まれた弱い魔物だろう。突然小さい何かがぶつかってきたというからウサギなんかじゃないか?」
透明化の能力を持った使い魔を持つものは、必ず軍に好待遇で迎えられる。しかしこれが野生の魔物なら厄介なことこの上ない。だって見えないから、足音などで存在を感知するしかないのだ。
「現在探知の使い魔を持つAランクハンターが対処中だって。弱くてもその魔物を食べた魔物が能力を取り込んでキメラ化したら大変だもんね。……でも探知の能力を持つ使い魔がいるのに、軍人じゃなくてハンターになるなんて変わった人だね。探知なんて役に立つ能力、軍の方が格段に給料がいいだろうに」
レヴィーの言う通り、探知の魔法は魔力量がかなり多くないと人間には使えないので、固有魔法で探知の能力を持つ使い魔がいれば軍に好待遇で迎えられる。
それでもハンターになったということは従軍を拒否したか、問題を起こして辞めさせられたかのどちらかだと思われる。
「たぶんこのハンター『爆発魔ルビー』のことだと思うよ。上層部が腐敗していた軍の正常化に最も貢献した人だね」
キャンディからその名前を聞いて、私はいたたまれない気持ちになった。ルビーさんは平民だけど魔力があったから王立魔法学校を卒業した優秀な人だ。そして泥沼の王位継承争いに終止符が打たれるきっかけになった人物である。
私が生まれる前の話なので、ジュリー先生に聞いただけだが、要約するとこうだ。
およそ十三年前の話。その頃この国では私の父と伯父が王位継承争いを繰り広げていた。神殿に大きな影響力を持った現王と、多くの貴族家--とりわけ軍部--に強い影響力を持った父は熾烈な争いを繰り広げていた。
ルビーさんは当時は従軍していたが、その頃の軍では貴族階級の平民--とりわけ女性--への不適切な要求が目立っていた。ルビーさんも部隊長に愛人になるよう迫られていたという。
ルビーさんはその要求を拒み続けた。焦れた部隊長はルビーさんに暴力をふるおうとして、反抗したルビーさんは高威力の魔法で軍の隊舎をぶっ壊したそうだ。
現王は好機とばかりに軍の正常化を図った。当時軍部を支配していた傲慢な高位貴族を次々に罰したことで、平民からも神殿からも支持され、王となったのだ。
この一件で協力者を次々と失った父は王位争いに負けた。私は一連の出来事は、父が間違ったことをした貴族たちを諫めなかったせいで起こったことだと思っている。
「爆発魔ってなんだ? ルビーさんはいい人だぞ。特別クラスの生徒として学校に通わなければならなくなった私を心配してくれて、何かあったら力になると言ってくれたんだ」
きっとルビーさんはモニークが貴族にいじめられるのではないかと思ったのだろう。
隊舎を破壊したことで、貴族から爆発魔なんて呼ばれるようになったのだ。ルビーさんは被害者なのにそんな風に呼ばれてしまうくらい、貴族社会は弱者に厳しい。
キャンディがモニークに一連の事件の話をすると、モニークはひどく驚いていた。
「そんなことがあったのか……だから私も同じ目にあわないように気を使ってくれたのかな」
そんな話をしていると、受付のお姉さんに呼ばれる。差し出された認識票は金属のプレートに名前が彫られたものだ。万が一狩り中に死亡した際の身元確認用らしいのだが、なんだか嬉しい。
認識票の完成までに二時間はかかったため、トットなんてフワリンの上に乗って眠ってしまっているし、ショコラに至っては木の板をガジガジ齧りながら床に寝そべってくつろいでいる。
「みんな、森に行こう。今日中にセーフゾーンまで行かなきゃいけないんだから」
そう言うと「へぷ―!」と叫び声をあげて、フワリンがトットを上に乗せたまま飛んでいく。今日はフワリンの口から「肉―!」という叫びしか聞いていない気がした。




