24.狩りですか?
食パンを作った数日後、お昼休みに集まっていつものように温室で昼食をとる。
その時レヴィーが差し出してきたいくつかの瓶に私たちは首を傾げた。
「これ、前に言ってた物々交換用の焼き魚の油漬け。干物にしようかとも思ったけど、こっちの方が珍しいからって母上が……。あと近いうちにみんなで遊びにおいでって母上が言ってたよ」
それを見たフワリンは「へぷー!」と叫んで大喜びだ。何か思いついたらしく口から次々に食材と調理器具を吐き出した。
「え、ここで料理するの? というかフワリンってば、いつの間にそんなに調理器具口に入れてたのよ……」
私はフワリンに見せられるがまま、フワリンが浄化魔法をかけた卵の黄身だけをボウルに入れて、酢と塩をくわえる。白身はフワリンが保管してくれるみたいだ。
それに少しずつ油を入れてとにかく混ぜてゆく。途中で手が疲れたのでモニークが代わってくれた。
「クリームみたいになってきたね。こんなに油入れて大丈夫なの?」
レヴィーが心配そうにモニークの手元を覗き込んでいるが、フワリンは手の空いた私にゆで卵を刻む映像を送ってきた。ゆで卵なんて作っただろうかと思っていたら、どうやらフワリンが口の中で火魔法と水魔法を使って作ったらしい。
それをキャンディに言ったら、フワリンは空間魔法の中でさらに魔法を使うことができるのかと興味津々だった。
フワリンはやたらと上機嫌に「へぷー! へぷー!」と飛び回っている。「マヨネーズ! マヨネーズ!」と歌っているからモニークが今混ぜているのはマヨネーズというのだろう。
マヨネーズがもったりとしたクリーム状になると、細かく切ったゆで卵と魚の油漬けをそれぞれ別のボウルに入れて、マヨネーズを混ぜる。ゆで卵の方には細かくした胡椒を入れて、レタスと一緒にサンドイッチ用のパンに挟んだ。
フワリンいわく「ツナマヨサンド」と「卵サンド」だ。
「いただきます!」
みんなでツナマヨサンドを口に入れると、全員が目を見開いた。
「え? これってほとんど油だよね、なんでこんなにおいしいの!?」
マヨネーズはほとんど卵黄と油だけなのに、とてもクリーミーで濃厚だ。少しの酸味があってそれが油をさわやかにしてくれているのだと思う。
それが魚の油漬けと混ざり合い、魚の臭みを消して食べやすくしてくれている。正直魚介類はあまり好きだとは思えなかったのだけど、これはとてもおいしい。
私はさらに卵サンドにも手を伸ばした。こちらはふんわりとしたパンの甘さが、これまたふんわりとした卵の食感とマヨネーズの酸味と絶妙に混ざり合っている。
「魚の油漬けってこんな食べ方があったんだね! 領地でよく食べてたけど、こんなおいしい食べ方初めてだよ!」
みんな夢中でサンドイッチを頬張ってゆく。サンドイッチは本当に幅広くなんにでも合う。この間フワリンがベーコンとレタスとトマトを挟んだ、BLTサンドというものを教えてくれたけど、あれもおいしかった。
みんなでわいわい言いながら食事をとるのは楽しい。なんだかんだ授業も順調で、喧嘩しているグループもある中、私たちは仲良しだ。
「そういえば今度の三連休に狩りに行こうと思うんだが、みんな一緒に行かないか? フワリンがいた方がたくさん肉を持って帰れるし、将来の練習になると思うんだ」
モニークが何気なくそう言った。王都では新鮮な肉は少々高い。この世界では魔物が普通の動物からも生まれてくるため、生まれたての魔物に対応できる強さが無いと、食肉を育てることができないからだ。
魔物は生まれてすぐに固有魔法を使うので、最低でも剣は使えなければ国から肥育の許可が降りない。
戦えない者は魔物には近づくながこの世界の大原則だ。
そのうえ王都には家畜を育てられるほど広い土地があまりないので、肉は少し離れた森で狩るしかないのである。
ちなみに魔物肉も動物肉も食べられるけれど、魔物肉の方がおいしい。だけどすぐに腐るというデメリットもある。
フワリンは新鮮な肉が手に入ると知って「へっぷー!」と大喜びだ。
「いいね、新鮮な魔物肉が手に入ればトットたちもキメラ化できるかもしれないし!」
使い魔のキメラ化は魔法使いの夢だ。魔物肉を食べることで使える魔法が増えるかもしれないのだ、姿は変わってしまうかもしれないが、それが魔法使いにとって一種のステータスになる。
「じゃあハンター協会に登録しなきゃね。学校の許可がおりれば試験はいらないんだよね」
狩りをするにはハンター協会への登録が義務づけられている。学校が認めた魔法使いは試験なしで登録できるが、通常の場合は試験を突破しないと狩りにはいけない。最低限弱い魔物と戦えないと、森ではすぐ死ぬからという理由らしい。
「私は七つの時に特例で単身討伐の許可をもらえたから、私が一緒なら問題なくグループ討伐申請は通ると思うぞ」
さすがモニークだ。幼い頃からその体質のおかげで戦闘訓練を受けてきただけのことはある。実はこの魔法学校ではモニークの戦うところを見たことが無いのだけど、きっととても強いのだと思う。
「じゃあ、アスター先生に聞いてこよう!」
ごちそうさまをすると、料理に使った物をフワリンの口の中に入れた。帰ったら洗い物だなと思っていると、なぜかフワリンの口から綺麗になった調理器具が出てくる。どうやら口の中で魔法を掛け合わせて洗い物ができるようになったようだ。一日に二回も新技を披露するのは、キャンディの好奇心が止まらなくなるから困る。
フワリンを質問攻めにしようとするキャンディを引きずって職員室に向かうと、アスター先生はちょうど昼食を食べ終わったところだったようだ。使い魔のコウモリが昆虫を口に運んでいて少しぞわっとした。うちのグループに昆虫食の使い魔はいないからな。
「おう、どうした。お前ら」
「今週末狩りに行きたいので、グループでハンター協会に登録する許可が欲しくて」
「お前らなら問題ないだろう。ランクによる狩場の決まりごとは守れよ……ハンター経験は卒業して従軍するときに役に立つ。軍に入ったら、相手にするのは強力なキメラ化した魔物だからな。学校としても、従軍前に経験をつんでくれるのはありがたい。即戦力になるからな」
そう言うとさらさらと許可証にサインしてくれた。私たちはその紙を見て驚く。
「いきなりDランクの許可でいいんですか?」
ハンター教会の最低ランクはEランクだ。それなのにDランクの許可とはどういうことなのか。先生は遠い目でふよふよ浮かぶフワリンを見た。
「こいつがいるからな……Eランク用の狩場だけでは狭すぎるだろう。狩りつくされると生態系が乱れる」
そうか通常のハンターでは持ち帰れる量に限界があるからそんなに狩らないけど、フワリンがいたらいくらでも持ち運べてしまう。……そりゃあ心配もするだろう。
「……セーブしながら狩ります」
そう言うしかなかった。先生は「くれぐれも協会からクレームのくる事態にはならないように」と言うと次の授業の準備を始めた。
「Dランクだとセーフゾーンが使えるな。三連休無駄なく狩りができるぞ」
モニークが言うように森の中にはいくつかのセーフゾーンがある。それは弱い魔物が入り込めない結界魔法が張られた場所だ。魔物の中には入りこめるものもいるから見張りは必要だけど、そこで寝泊まりできる。
森の中は区画分けされていて、ランクごとに入場可能箇所が異なるので割と安全だ。とくに低ランクの狩場は上位ランク者によって厳密に決められている。迂闊に強い魔物に出会って死なないように考えられているのだ。
フワリンは「へぷー!へぷー!」と鳴いて嬉しそうだ。「肉ー!肉ー!」と頭に流れ込んでくるのできっとおいしい肉料理を教えてくれるだろう。
体調不良で更新が遅くなって申し訳ありませんでした。




