23.最強のパンの誕生です!
次の日の放課後、私たちのグループは私の家で集まることになった。みんなを先生に紹介できることが嬉しい。家に帰ると、先生が玄関で迎えてくれる。その隣にはモニークのお父さんがいた。
「ただいま、ジュリー先生。モニークのお父さんも、フワリンのリクエストした調理器具を届けてくれたんですか?」
「ああ、邪魔してるよ。俺もあの箱が何に使われるのか知りたくてな。見学してもいいか?」
フワリンは「へぷー!」と鳴いて大歓迎している。
実は昨日家に帰ってから大変だったのだ。フワリンは前に作ったパンの生地を大量に作るよう要求してきた。今日学校でも瓶の中に小麦粉と水を足す作業をやらされたのだ。
おかげでクラスメイトからは奇異の目で見られてしまった。……まあ、それは元からだからいいんだけど。
「台所を片付けておきましたよ。私も一緒に見学してもよろしいでしょうか?」
私がみんなを先生に紹介して台所へ行くと、昨日作ってもらった金属の箱が大小込みで四十個机に並んでいた。フワリンは「へっぷー!」と大喜びだ。私とモニークのお父さんに「さすが親方! 最高だぜ!」とテレパシーが届く。……本当にモニークのお父さんには能力を大盤振る舞いだな。
「フワリン、何するの? あたしすっごく楽しみにしてたんだ。料理って思ってたより楽しいからさ」
キャンディは好奇心が旺盛だから、私が瓶に水と小麦粉を足している時も質問攻めにされた。フワリンの菌類生成に関して並々ならぬ興味があるようで、菌類がパンを膨らませるための何かなのだろうと分析していた。
「料理に使うとわかってたからな、一度空焼きして料理用の油を馴染ませといたぞ」
モニークのお父さんが言うには、鉄製の道具を料理に使う時にはそうするものなのだそうだ。しかしフワリンの命令で、もう一度金属の箱をパン焼き窯で空焼きする。何度も繰り返すことで鉄に油が馴染んで使いやすくなるのだそうだ。
この作業はレヴィーにお願いした。アレルギーがあるのに小麦が使われているパン生地をこねるのは危険かもしれないと、キャンディが言ったからだ。フワリンは完成した料理にしかアレルゲン除去を使えないようなので、仕方がない。
その間に大量のパン生地をこねてはフワリンの口の中の温度調整室に入れるを繰り返す。いつもと同じ作業だから、キャンディとモニークに教えながら楽しくこねた。
そうしてすべての生地をこね終わると、空焼きして冷めた金属の箱の中に丁寧にバターを塗ってゆく。フワリンが「薄く均等に!」とうるさいので、みんな真剣に取り組んだ。
次にフワリンの口の中から出てきたパン生地は、かなりの大きさになっていた。
「すごいね、膨らんでるよ! あの美味しいパンはこうやってできてるんだね!」
フワリンがアレルゲン除去を使って以来、パンの虜になっているレヴィーは、膨らんだパン生地を見て楽しそうだ。
フワリンの命令通りにパン生地を鉄の箱に入れると、またフワリンの口の中で一時間くらい寝かせた。
「……ねえ、フワリン。これって箱に入れて焼くだけで、いつものパンと変わらないよね」
膨らんで箱から少し顔をのぞかせているパン生地を前に、一応聞いてみる。フワリンは「へぷー」とため息のような鳴き方をした。「今にわかるから見とけ」らしい。
温めたパン焼き窯に数個ずつ放り込んで、三十分ぐらい焼く。熱いうちに箱から出すと、出来上がったのは上だけ丸く盛り上がった四角いパンだ。
「これ、ただのパンだよね? 形が違うだけだよね?」
フワリンに言うと、「へっぷー」と鳴く。「これだから素人は困る」と言っている。何も説明してくれないのでだんだん腹が立ってきた。
するとフワリンはパンを薄く切って、周りの茶色い部分と丸い部分を切り落とせと命令してきた。
フワリンが送ってきた映像の通りに卵と牛乳と水アメを混ぜると、切り落とした茶色い部分と丸い部分を入れて、しばらく置いておく。
白い部分にはバターを塗って、レタスとハム、チーズを挟む。
「なんかおいしそうだな……。パンで具材を挟むなんて初めて見たが」
モニークとキャンディに挟む作業を任せて、私はレヴィーと一緒にフライパンにたっぷりのバターを入れる。そこに卵と牛乳につけておいた茶色い部分を入れて焼くと、甘い香りが広がった。
フワリンの「へっぷーぷぷぷ!へーぷ!」という鳴き声でお皿に盛り付けた。「サンドイッチ」と「パン耳フレンチトースト」の完成だ。
みんなで出来上がった料理を前にごくりと唾を飲みこむ。フワリンがアレルゲン除去の魔法をかけると、いざ実食だ。
「いただきます!」
サンドイッチはパンの柔らかい部分だけで具材を挟み込んだからかすんなりと歯が通り、葉野菜のシャキシャキとした食感を邪魔せず色々な食感を楽しめる。
小麦の風味と挟んだハムとチーズの風味がみずみずしい葉野菜と混ざり合うことでしつこくなく、いくらでも食べられそうだ。
パン耳フレンチトーストは、口に入れた瞬間バターの香りとミルクと卵の風味が口いっぱいに広がって、ほのかな甘みがあってほっぺがとろけ落ちてしまいそうなほどおいしい。パンの固い部分もとても柔らかくなっていて、焼き目がついた部分は香ばしくて最高だ。
切り落とした丸い部分も一緒に料理したので、この平たく切ったパンの全てをフレンチトーストにしてもおいしいのだろうというのがわかる。
「おいしい!」
もうみんな夢中で食べている。食べている途中で、フワリンが私を呼んだ。
葉野菜が足りなかったのでパンにチーズとハムだけを挟んでいたサンドイッチを指すと、両面をバターでこんがり焼く映像が流れ込んでくる。「クロックムッシュ」と言うらしい。焼きサンドイッチじゃ駄目なのかな?
命令通りに両面をこんがりと焼くと温かいまま齧り付く。チーズがとろとろにとろけて最高においしかった。
「そっか、この形だからこそ色々挟めるし、全体をまんべんなく焼ける。固い部分と中の柔らかい部分を切り分けることができる……。間違いなくパンの最適解だよ!」
キャンディが焼きたてのクロックムッシュをハフハフ食べながら言いきった。よほど感銘を受けたらしい。でもそれだけこのパンがすごいのだと思う。フワリンがなんとしてでも作りたがったのも納得だ。
「……こんなうまいもん、俺が食べてもよかったんでしょうかねぇ」
モニークのお父さんが不安げに先生に問いかけている。どうしてだろうか。
先生は首を横に振って「ソレイル神のお導きですから」と言った。「へぷー」とフワリンもモニークのお父さんの所へ飛んで行く。早速次の調理器具をリクエストしていた。
次は円形のくぼみのある鉄板に、取っ手がついたものだ。いったい何に使うんだろうな。




