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白色毛玉とおいしいもの食べ隊!  作者: はにか えむ


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2.はじめてのお外です!

 今日は待ちに待った使い魔召喚の日だ。昨日から緊張して眠れなくて、窓から差し込む朝日に顔をしかめてしまった。カーテンを勢いよく開けて遠くにそびえる神殿を見ると、初めて家の敷地の外に出られる喜びと不安がないまぜになってベッドに戻りたくなる。

 

 今日の使い魔召喚が行われるのはあの大きな神殿だ。学校の入学者だけがする使い魔召喚なのに、場所が学校でないのにはわけがある。それはソレイル神の影響力が強い神殿でないと使い魔召喚ができないからである。

 

 神殿が説く聖典にはこの世界の成り立ちが書いてある。この世界の創造主であるソレイル神はある時ひとりぼっちの寂しさから禁忌を犯した。自分に似せてつくった生き物に、ソレイル神の力の一部である魔力を分け与えたのだ。

 ソレイル神は自分に似せてつくった人間という種族をことのほか愛したが、やがて予想外のことが起こる。人間をつくるときに強引に魔力を分け与えたせいで、世界中に魔力が流れ込んでしまったのである。

 魔力は万物の法則を無視した神の力だ。流れ込んだ魔力は世界中の生き物に影響を与えた。そうして魔力に侵された生物、魔物が誕生し人々を害するようになった。

 どうにか魔物を世界から消そうとしたが、世界にはすでに常時魔力が循環するようになってしまっていた。ソレイル神は魔物から人間を守るために、さらなる加護を与えざるを得なくなった。その加護こそが使い魔である。

 

「使い魔、召喚できるかな……」

 

 使い魔は召喚できない場合もある。原因の多くが、魔力不足だ。私は魔力がとても少ないから召喚できなかったらどうしようと不安だった。ジュリー先生の手前表には出さないが、どんな子でもいいから召喚したいと思っている。

 

「……考えても仕方ないよね!」

 

 私は気を取り直して自分の頬を思いっきり叩くと、ジュリー先生に呼ばれる前に、着替えをして台所に向かった。ジュリー先生はもう起きていて、スープを作っている。

 

「おはようございます。先生。パンを焼きますね」

 

「おはようございます。クリスタお嬢様。今朝は白パンを買ってきました。まだ温かいので大丈夫ですよ。座っていてください」

 

 テーブルの上には、珍しく小麦色のパンが置かれていた。いつもはライ麦を使った硬いパンなのに、きっと使い魔召喚のお祝いだ。

 私は公爵令嬢だけど、父はけちんぼで予算はあまりくれないらしい。先生はその少ないお金の大部分を私の教育用の本を買うために使っている。だから食事が平民と同じレベルになってしまっているのだけど、先生がそれが一番いいと判断したなら私は豪華な食事を食べたいなんて思わない。

 

 野菜がたっぷり入った出来立てのスープが器に注がれて、先生と一緒に食べる。久しぶりの小麦のパンを手でちぎると、黒パンよりも柔らかくて胸が高鳴る。塩味のスープに浸して口に入れると、優しい小麦の風味が口いっぱいに広がって嬉しくなる。

 

「緊張していませんか? 今日は私もご一緒できますから、落ち着いて召喚にのぞんでくださいね」

 

 今年王立魔法学校に入学する生徒は二百人以上だ。国中の貴族の子供と王都近郊で一定以上の魔力を持つものでこの人数なのだ。他にも一定以上の魔力を持つ平民の子供用の学校があちこちにある。

 そんな人数が一気に神殿に押し掛けるわけにはいかないので、身分の順番で集合時間が違っている。一応公爵令嬢な私は朝一だ。

 

 貴族にとって子供の使い魔召喚は社交の場でもあるので普通親が来るのだが、父は来る気がない。いや顔も覚えてない父に来られても困るんだけど、今年入学する貴族の子息子女たちからの私の扱いが悪くなるのは必至だ。父の庇護が無いのが目に見えてわかるのだから。

 

「さて、行きましょうか。忘れ物はないですか」

 

 食事が終わるとすぐに出発だ。当然のように馬車を用意してくれてはいないから、徒歩で向かわなければならないのだ。私は先生の手を取って歩き出す。

 

「お嬢様は外に出るのは初めてですね……。ちゃんと手を握っていますから、まわりをよく見て街がどんなものか知ってくださいね」

 

 先生は、私の不安をわかってくれている。しっかりと握られた手は温かく、心に少し余裕ができた。

 一歩。家の敷地から足を踏み出す。得も言われぬような誇らしい気持ちになって、思わず先生を見る。先生はとても穏やかな目で私に微笑みかけてくれた。私はそのままきょろきょろと周囲を見回しながら、ゆっくり歩いた。

 

 途中朝市をやっている通りにさしかかって、人の多さに足がすくんだ。屋台で野菜を売る人たちの活気のある呼び声を耳に人混みの中に入ると、どう進んだらいいのか分からなくてパニックになる。怖くて先生の腕にしがみつくと、移動が楽になった。

 外ってすごい。こんなに人がたくさんいるなんて思わなかった。

 

「お嬢様、神殿が見えてきましたよ。馬車が多いのでお気をつけください」

 

 先生の言葉に前を見ると、遠くからしか見たことのない教会の全貌が明らかになる。部屋の窓からは鐘の取り付けられた高い塔しか見えないのだ。

 広大な敷地に建てられた白い石造りの建物は神秘的で、何者も寄せつけないような神聖さと親しみ深さが共存している。入り口前のロータリーにはたくさんの豪奢な馬車が並んでいて、徒歩の私たちはいっそ場違いなように感じた。

 

 並んだ馬車の隙間から教会に入ると、入り口のホールでは貴族と思わしき紳士淑女たちが談笑していた。しかし公爵家の使用人のお仕着せを着た先生が足を踏み入れると、静まり返って皆の視線が一斉にこちらに向けられた。

 怖い。私は思わず先生の後ろに隠れようとした。しかし繋がれた先生の手がそれを許さない。

 

「お嬢様。これが学校でお嬢様に向けられる視線です。慣れてください」

 

 小声で言った先生の言葉に、私は意を決して顔を上げる。大丈夫。先生が今までずっと教えてくれていた。私の立場は弱いのだと。絶対に負けない。私はただ踏みつけられるだけの野花じゃない。

 

 貴族たちは、あれがうわさのと小声でささやき始めた。小声なのにギリギリこちらに聞こえるように話せる技術は陰湿な貴族ならではなのだろう。でも私はまっすぐ前を向く。公爵令嬢なのに誰も挨拶に来ないということは、使用人と共にやってきたことで格下だとみなされたということだ。待ち受ける未来はきっと明るくない。親がそうなら、子供も真似するだろうから。

 

 私たちは、集合時間までそこで静かに待った。やがて正面の扉が開いて、神官が中に入るように促す。部屋の中は広く、奥に巨大な魔法陣が刻まれているのが見える。ここはソレイル神との交信ができ、あらゆる儀式を行うことのできる神聖な部屋だ。

 

「お嬢様、私はここまでです。後ろで見学していますから、頑張ってくださいね」

 

 私は名残惜しいが先生とつないだ手を離して、儀式の間に入る。魔法陣の近くに子供たちは集められ、保護者は扉近くで見学だ。

 一応公爵令嬢なので私の召喚順はよりにもよって一番最初。緊張するなんてもんじゃない。心臓が今にも口から飛び出しそうだ。

 

 子供たちもみんな緊張しているのだろう。誰も一言も発さなかった。部屋の端には複数の神官が並んでいて、その中でも一番偉そうな服装をした人が魔法陣の前に置かれた大きな宝玉の横に立つ。

 

「それでは、使い魔召喚の儀を執り行います。クリスタ・フィストリア。そちらの玉に手を触れ、祈りなさい」

 

 いよいよ運命の時だ。私は震える足で一歩踏み出した。

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