13.もうやめてあげてください!
入学式が終わると、この間家に来てくれたアスター先生が、特別クラスの子たちを教室まで誘導してくれた。
「ボードに席が書いてあるだろう。その通りに座れ」
正面にある大きなボードには、席の並びと名前が書いてあった。私は一番前の左から二番目の席で、一番左が主席の子だったから、多分成績順だ。
席に座って左を見ると、主席の子が人懐っこい笑顔で軽く手を振ってくれる。私も手を振り返してちょっと安心した。彼女は私に悪感情をもっていないみたいだ。
全員が教室に入ってきたら、最後尾にあのサルを連れた青髪の男の子がいた。目は真っ赤に腫れている。あ、と思って慌てて正面を向く。だって顔を合わせたくないし。
右隣の席に座った男の子は私を見ているみたいだ。怖いから無視無視。
フワリンが男の子を見つめたまま小さく口を開ける。その中に広がる暗黒を見て、男の子は息をのんでいた。
たしなめるようにフワリンを撫でると「ふぇっぷっぷっぷっ」と小さく鳴く。絶対反省してない、面白がってる。
いくらなんでもこれ以上怖がらせるのはかわいそうだと思うから、やめてあげてほしい。
全員が席についたので、先生が話し始める。まずは成績順に自己紹介をすることになった。
まずは主席の女の子だ。
「入学式で挨拶したけど、もう一回。キャンディ・サードです。この子は使い魔のトット。特技は勉強。趣味は固有魔法の研究です。よろしくね」
新入生代表の挨拶の時とはうってかわってニコニコ笑顔でフレンドリーに挨拶した主席の子に、私はどうしようか迷う。
「クリスタ・フィストリアと申します。使い魔はフワリンです。よろしくお願いいたします」
結局あまり目立ちたくないなと思って丁寧に簡潔に自己紹介した。さっきの騒動のせいか、みんなフワリンを怖ろし気な目で見ている。……人一人飲み込んだんだもんな。そりゃあ怖いよね。
「ハリー・ウィズレッド。ウィズレッド侯爵家の長男だ。特技は魔法。魔法ならこのクラスの誰にも負けない」
ウィズレッドという名前を聞いて、私は微妙な気持ちになった。まず彼はこの国の現宰相の息子だ。そして現宰相には他所に嫁いだ妹がいる。それが私の義母だ。
つまり私の義母の生家がウィズレッド家だから、彼は義母の甥になる。私の姉のいとこと言ってもいい。
まあ父の庶子である私とは一滴も血がつながっていないから、どうでもいいといえばどうでもいいのだけれど、少々面倒な関係だ。
フワリンがさっき泣かせちゃったわけだけど、問題になったりしないかな。私だけが叱られるならいいけど、教育不足だってジュリー先生が叱られるのは避けたい。
自己紹介が終わると、明日から始まる授業について先生が説明してくれた。しばらくは座学が中心で、慣れてきたらグループでの魔法実習が始まるそうだ。
この特別クラスには平民は一人しかいない。なぜなら座学をすでに家で家庭教師に教わっている貴族しか、いきなりの実習にはついていけないからだ。
魔法陣が無いと人間は魔法が使えないし、魔法陣は勉強して覚えなければならない。つまり平民は魔法陣を勉強するところから授業が始まるのだ。
だから特別クラスとAクラスが貴族クラスで、BクラスとCクラスが平民クラスなんて呼ばれ方をされている。私が最初Bクラスだったのは魔力が無くて座学しか参加できないと思われていたからである。
説明が終わると、今日はもう帰っていいと言われる。先生もすぐに教室から出て行ってしまった。
「おい。出がらし」
先生が出ていくやいなや、ウィズレッドくんが声をかけてくる。しまった。絡まれる前に帰るべきだった。
「あー! あんた入学式の時号泣してた泣き虫くんだよね! もう怖くないんでちゅかー? 大丈夫ー? ママを呼んであげまちょうかー?」
私がなんと返そうか迷っていると、左側から強烈な煽り文句が聞こえてきた。「へーぷぷ! へーぷぷぷぷ!」なぜかフワリンまでも便乗してウィズレッドくんを煽り始める。口を開いたり閉じたりしているのは、また閉じ込めるぞという脅しだろうか。
教室にはまだ生徒がたくさんいる。ウィズレッドくんは大声で煽られて顔を真っ赤にしていた。……使い魔のおサルさんとおんなじ顔色になったな。
「あの人格者のウィズレッド宰相閣下の息子のくせに、女の子に暴言はいて髪を引っ張って、使い魔にやり返されたんだよねー! それで大泣きしちゃってかわいそー!……しかもあの優秀な宰相閣下の息子のくせに、入試成績三位だってー! それで嫉妬で二位の子に嫌がらせしちゃったんだー! ダサーい! 宰相閣下の息子なのにー!」
ちょっと言いすぎだと思う。ウィズレットくんはもう涙目だ。教室中に響くような大声でこんなこと言われたら、プライドが高そうなウィズレッドくんは怒り狂うんじゃないかな……
なんだか内容的に的確に彼の地雷を踏んでいる気がするし、止めた方がいいだろうか。
悩んでいるとウィズレッドくんは「うるさい!うるさい!黙れ!」とかんしゃくをおこしはじめた。そして地団太を踏むと歯を食いしばってこちらを睨みつけてくる。
そして「覚えてろよ!」と叫んで脱兎の勢いで教室を出て行った。
「もー忘れちゃった!」
そう言っておどけた主席の子は、私と目が合うとにこやかに手を差し出してきた。
「あたし、キャンディ! 変なのに絡まれてたけど気にしちゃ駄目だよ! クリスタって呼んでいい? あたしもキャンディでいいから」
直感だけどこの子、キャンディとは仲良くなれそうな気がした。私も手を差し出して握手する。
「ねえ、あたし、クリスタと仲良くなりたいの! 王様からお父様に依頼がきてね、クリスタの使い魔のこと聞いたんだ! あたし、固有魔法の研究が趣味だから、もう気になってしょうがなくって!」
王様から依頼とはなんだろう。首を傾げると、キャンディは「そうだ、詳しく説明しないとね」と事の顛末を話し始めた。




