第2話 小さな取引が生む仲間たち
「さて、明日からが本番ね」
綾乃は帳面を閉じながら呟いた。
カナが差し出した紅茶を手に、窓の外を見つめる。夜市での小さな成功は、ほんの序章に過ぎなかった。
翌朝、綾乃は屋敷の庭で軽く運動をする傍ら、今日の作戦を頭の中で整理する。
「まずは市場の供給網を把握……次に、信用を広げるための小口取引……」
ふと、庭の隅で不審な影が動いた。
「誰……?」
影の正体は、腕っぷしの強そうな少女だった。刃を背負ったまま、無言で綾乃を見つめる。
「……あなたは?」
少女は一言も発さず、ただ剣を振って小さく試し斬りを見せる。
「なるほど、戦闘系……でも私は戦えないわね」
綾乃はにやりと笑った。
「でもあなたとなら、商売で一緒に戦えるかもしれない」
少女──名をミサといった──は、元傭兵の見習いで、自由な仕事を求めて王都に流れてきたらしい。
「……仕事?」
綾乃は小さな計画図を帳面に描く。
「あなたの力を、交易の世界で活かしてほしいの」
ミサはじっと綾乃を見つめ、やがてうなずいた。
「よし、まずは夜市に行って信用を増やしましょう」
カナも巻き込んで三人で夜市に向かう。
道すがら、綾乃は小声で帳面をめくる。
「今日は市場の小麦と鉄鉱石を狙うわ……価格差を見て、交換を成功させる」
夜市。人々の喧騒に紛れて、綾乃はミサに簡単な指示を出す。
「鉄鉱石の運搬はあなた。私とカナは交渉担当」
ミサは無言で頷き、鋭い眼差しで荷車を押す。
「なるほど……動きが早い」
綾乃は帳面に取引記録をメモしながら、取引相手と会話を始める。
「お嬢様、何のご用でしょう?」
鉄鉱石商のルドルフは眉をひそめた。
「少し交換をしたいの。夜市の小麦と鉄鉱石をまとめて取引できないかしら?」
「まとめて?」
ルドルフは困惑する。
「ええ、今は小口取引で少しずつ……でも、計画すれば双方が利益を得られるの」
綾乃は図を広げ、数字と流通ルートを丁寧に説明する。
ミサが荷車を押しながらさりげなく手伝い、商人たちの注目を集める。
「……面白い、これは儲かりそうだ」
ルドルフは目を輝かせ、条件を了承した。
取引終了後、ルドルフは綾乃に小さな包みを手渡す。
「これは……?」
「お礼だ。君の知恵と若さに期待している」
中には追加の銀貨と、交易ルートの情報が入っていた。
「やった……小さな信用が、さらに信用を呼ぶ」
綾乃の目は輝く。
その後も、夜市では小さな商売の輪が広がっていった。
綾乃の計算、ミサの力、カナのサポート──三人のチームワークは少しずつ確実に形を作る。
「この調子で次は地方の農家と交渉ね」
帳面を手に綾乃は微笑む。
夜市の片隅で、一人の青年商人がその光景を見つめていた。
「……面白い子だな」
青年の名はレオン。後に商会の参謀として加わる人物で、彼もまた綾乃の計略に目をつけることになる。
帰宅後、綾乃は窓辺で星を見上げる。
「銀貨一枚から始まった小さな勝利……でも、この世界を動かすには、まだまだ小さな勝利が必要ね」
ミサが肩を叩く。
「……明日も市場に行くのか?」
「ええ。信用は一日で築けるものじゃない。小さな取引を重ねて、やがて大きな力にするの」
カナも頷く。
「お嬢様、私も頑張ります」
こうして、綾乃の商会作りは静かに、しかし着実に始まった。
銀貨一枚と古びた帳面が、小さな冒険の証人となる──。




