66.新しい家族(2)
「デーセオ様。つまり、先代というのは」
「ああ、俺の祖父だ。父は商売の方に才があったようでな。ここを継がないと言ったそうなんだ。だから、祖父の跡を俺が継いだ」
だからか。レーニスが先代の話をと口にしたときに霊廟をと言われたのは。つまりデーセオにとって先代とは彼の祖父のことを指すのだ。
「もう。そんなことはどうでもいいから、さっさと彼女を紹介しなさい」
どうやら母親の方はそろそろ痺れを切らしそうだった。紹介されないことにはレーニスとの会話を楽しむことができないとでも思っているのか。
「こちらが、妻のレーニスだ」
「お初にお目にかかります。レーニスです。このような恰好で申し訳ありません」
「まあまあ、レーニス。そのようなことは気にしなくてもいいのよ」
母親は立ち上がると、レーニスの前に立つ。
「どうか、息子のことを頼みます」
がしっと両手を握られた。
「はい」
レーニスは義母の熱い気持ちにそう返事をすることしかできなかった。
「母上。離れてください。もう、彼女を紹介したからいいですね」
「いいってどういう意味かな? せっかく息子夫婦と会うことができたんだ。少しくらい、私たちに付き合ってくれでもいいのではないか?」
父がグラスを掲げている。つまり、付き合うというのは酒に、という意味か。
「俺たちは今、王都から戻ってきたばかりです」
「ああ。知っている。サライトとの条約の調印式に立ち会ってきたのだろ? これで私たちの商売もやりやすくなったということだ」
父親は楽しそうにグラスを傾けている。
「それに、私はあなたたちの馴れ初めを聞きたいわ」
母親はレーニスの顔を覗き込んでいる。
「母上。着替えてまいりますので、もう少しお待ちいただけないですかね」
母親から妻を守るかのように、デーセオはレーニスの肩を抱き寄せた。
「まあ、あのデーセオが。仲睦まじいようで嬉しいわ。もう、年のせいか、最近、涙脆くて」
なぜか母親が目頭を押さえていた。
ここに優秀な部下であったティメルがいたのであれば、恐らくこの母親の気持ちに寄り添ってくれていただろう。だが、残念なことに彼はもう、ここにはいない。
その日は、デーセオの両親とも交えての夕食となった。母親は二人の馴れ初めについて根掘り葉掘り聞こうとしていたようなのだが、そこはレーニスがうまく話をまとめてくれていた。
彼の両親は二十日程そこに滞在していた。その間、霊廟へと足を運ぶ。デーセオの祖父母が眠る場所。歴代の城主たちが静かに眠る場所。そこで静かに四人で祈りを捧げる。
☆☆☆
「もう、行ってしまわれるのですか?」
「次の商談があるからね」
レーニスが寂しそうに言えば、父からはそう戻ってきた。
「次はいつ頃こちらに来られますか?」
「なんだろう。こうやって次の予定を聞かれるというものは、嬉しいことだな。なあ?」
「ええ、そうね。デーセオは私たちがいようがいまいが、感情を口にするようなタイプの子ではなかったから」
この両親の会話をずっと聞いていれば、昔の夫がどのような人物だったのかということもわかるし、そしてこの両親が自分たちの息子に愛情を注いでいるということもわかるような気がしていた。離れていても心が繋がっているような、そんな感じがするのだ。
「そうだな。可愛い孫が生まれる頃には、またここにお邪魔させてもらおうかな。じゃ、またな」
去り行く馬車を見送る夫婦。
「行ってしまったな。嵐のような両親なんだ」
それでもどことなく夫の顔が寂しそうに見えた。いくつになっても親は親で、子は子なのだろう。
「ですが、旦那様。すぐにお義父様たちには会えるかと思いますよ」
「どういう意味だ?」
と考え込むデーセオ。だが、妻が先ほどからお腹に右手を当てていることに気付いた。
「ま、まさか……」
と顔を綻ばせる夫に、レーニスは優しく微笑むのだった。
【完】
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