64.輝かしい未来へ(2)
その日、サライト王国の船たちは撤収した。デーセオとレーニスが向こうの代表と交渉をしたからだ。黙って退けばそちらの要求に応えられるように努力する。だが、クレイデル王国に侵入を試みるようであれば、聖なる力で鉄槌を食らわせる、と。
そんなことを言うのはデーセオの役目かと思いきや、レーニスが向こうの代表にそう突き付けた時には、隣にいたデーセオも驚いた。悪役が似合わない妻だと思っていたのに、そのときの彼女を思い出すと背筋がゾクゾクするらしい。どういう意味のゾクゾクかは聞かない方が無難というもの。
今、クレイデル王国とサライト王国の間に条約が結ばれる。その行方を見守っている人々の中に、デーセオとレーニスの姿もあった。
神殿の代表としてこの場にいるのは、ティメルだった。今までの神殿の組織は解体された。特に、大臣と繋がっていた神官たちはもちろん辞めさせられた。その辞めさせられた神官の一人が神殿の代表であるならば、新しい代表を立てなければならない。
『知っているか、ティメル。世の中には言い出しっぺの法則というものがあるらしい』
そんなことを言い出したのは、もちろんティメルの元上司であるデーセオだ。そして彼はティメルに一冊の古そうな本を差し出した。それにこの本、クレイデル王国の本ではないように見える。
『この本に言い出しっぺの法則について書いてある。優秀なお前なら読んで理解できるよな』
つまり、神殿の悪事を暴いた張本人なのだから、責任を持って代表を務めろということを言いたいらしい。
『レーニス様』
ティメルは助けを呼んだ。しかし、助けは来なかった。
何しろレーニスこそが、ティメルを神殿の代表にと、推薦した一人であったからだ。
『ティメル。あなたになら安心して神殿を任せることができます。どうか聖女様たちのために、そして民たちのために、神殿の代表を務めてくださいませんか?』
『しかし。私がここを離れたら誰が飛竜の世話を』
『レーニスがいるから問題ない。レーニスも飛竜と会話をすることができるし、飛竜の病気だって診ることができる。何より飛竜がお前よりレーニスがいいと言っている。つまり、だ。もう、お前はもう用済みというわけだ』
『用済みって。ひっど……』
『ティメル。もしお前がどうしても神殿の代表は嫌だというのであれば、もう一つ選択肢はある』
そもそもデーセオが楽しそうに言っている時点で、もう一つの選択肢というものも怪しい予感しかしない。
『もう期待はしていないのですが。その、もう一つの選択肢というものを聞かせていただいてもよろしいでしょうか』
そうかそうか、そんなに聞きたいのかと笑っているデーセオを目にしたら、嫌な予感しかしない。
『今回、ティメルは大活躍だからな。やはり、竜騎士部隊の魔術師小隊長という立場ではもったいないという話になってだな。お前には魔術師団長を、という話もきている。どうだ、いい話だろ?』
『ええ。最悪な話ですね』
『お前の親父さんも年なんだから、そろそろ引退させてやれ』
『嫌ですよ。あの父のことですから、私をこき使って自分は悠々自適な引退生活を送るのが目に見えている。年と言ってもまだ四十代。デーセオ様とそんなに変わりませんよね?』
『おい。俺はまだ三十代だ』
そんな彼の妻はまだ辛うじて十代。国王に言わせれば犯罪じゃないのかという年の差らしいのだが、二人が好き合っていて法律的に問題が無ければ、周りがとやかく言う問題でもない。
『当分、あの父を引退させる気はありませんよ。仕方ないですね。そういうことなら神殿の方の代表を選びます。それに、神殿の方がレーニス様との関わりはありそうですからね。魔術師団よりもこちらの方が楽しそうだ』
そう、ティメルは楽しいことが大好きだ。神殿の代表ということであるならば、デーセオの大事な妻を利用して、デーセオを困らせることができる、かもしれない。
だが、いがみ合うよりは助け合った方がいい。それは些細なことであっても。だからティメルはレーニスに助けを求めるつもりだ。特に、隣国との関係については。
そして、クレイデル王国とサライト王国に新しい歴史が刻まれた。




