55.部下の悪巧み(1)
無事に国王との謁見を終え、宿に戻ってきたデーセオたちであるが、先ほど国王に報告した内容をデーセオなりに考えてはいた。
とりあえず今、このクレイデル王国が抱えている問題は二つ。神殿の存在、そして隣国サライトとの関係。このサライトについては、国境に常駐している竜騎士部隊の方で追ってはいるが、陸路ではなく海路で攻められたら、竜騎士部隊も役には立たない。このクレイデルの王都を戦火の炎で包み込んでしまうかもしれない。
「サライトの船が動いたという情報は、まだないんだよな?」
「はい、今のところは。ですが、サライトの港には続々と船が集まっているようでして。海路でこちらに攻め入るのも時間の問題かと思います」
「海路から来られたら、竜騎士部隊では取り押さえることができないからな。どちらかといえば、魔術師たちに食い止めてもらうしかないだろう。海の上で船をひっくり返してもらうとか、な」
お茶をすすりながら、デーセオは冗談交じりに言ってみた。だが、その冗談がティメルにとっては考えるところの一つのきっかけにもなったようだ。
「さすがデーセオ様ですね。それは思いつきませんでした。海を荒れさせ、あちらの船がこちらにつかないようにすればいいのです」
「できるのか?」
「魔術師の力だけではできません」
「できないのかよ」
なんと、あのデーセオがツッコミをいれてきた。これもティメルにとっては驚くべき進歩だと思っている。むしろ、進化かもしれない。
「天候を操るというのは、魔術の力ではなく、聖女様の聖なる力の領域です」
その違いがデーセオにはよくわからないが、ティメルがそう言うのであればそうなのだろう。
「ですから、聖女様の力をお借りすれば、その船をひっくり返すことは可能だということです」
「だがな、神殿はあの状況だ。協力するとは思えないだろう?」
「でしょうね。陛下がいくら命じても、どこかでそれが揉み消されそうな気がします。ですからまずは、神殿の協力を得たいと思うのであれば、腐りきった膿を出し切るしかありませんね。しかもあの状況が陛下の耳にも届いていなかった。となれば、大臣たちが絡んでいる可能性も高いわけです」
「神殿と大臣が繋がっていると?」
「そもそも、レーニス様の最初の嫁ぎ先候補となった禿エロ親父、ではなくパエーズ卿ですが、あれだって元は財務大臣を務めていた禿エロ親父です」
二回、言った。よっぽど大事なことだったのだろう。
「聖女になることのできなかった聖女候補たちですが。彼女たちの嫁ぎ先の多くは、そういった大臣や元大臣の伝手がありました。まあ、全部が全部ということではありませんが。そうですね。見目が良くて、経済的な支援のない家柄出身の聖女候補、と言えばわかりやすいかもしれませんね」
ティメルの言う聖女候補には心当たりがある。いや、むしろレーニスがそれに合致する。
「神殿の協力が得られない、というのであれば。神殿の息のかかっていない聖なる力を持つ方に協力を頼む、というのも一つの方法ですが」
だから、ティメルの言う神殿の息のかかっていない聖なる力を持つ者には心当たりがある。
「レーニスに協力を頼む、のか?」
「レーニス様でしたら、間違いなく引き受けてくださるでしょうね。ただ、レーニス様だけではレーニス様に負担がかかりすぎるような気もします。他にも協力してくれる方がいらっしゃるのであれば、レーニス様の負担も減るかと思いますが」
うぅむ、デーセオは唸るしかない。
ただのデーセオとしてはレーニスを危険な目に合わせたくないし、こういったごたごたしたことにも巻き込みたくない。だが、騎士団の竜騎士部隊をとりまとめるデーセオとしては、今のティメルの話を聞いてしまった以上、彼女の協力は必要不可欠なのではと思えてくる。
「俺たちだけで勝手に決められるような話しではないな。レーニスはきちんと伝えて、彼女の意思を確認したうえで、協力を頼もう」
間違いなくレーニスは引き受けてくれるだろう。
「でしたら私は、レーニス様以外にも協力してくださるような聖なる力を持っている方を探してみましょう」
「心当たりはあるのか?」
「あると言えばある、無いと言えば無いのですが」
「相変わらずはっきりしない男だな」
あなた様ほどではございませんよ、と心の中で悪態をついているティメルであるが、以前、むしろレーニスがデーセオと手紙のやり取りをしているようなときに聞いていた話を思い出していたのだ。




