49.不器用な夫婦(1)
呪いを解かなければ霊廟へ彼女を案内することはできない。そしてその呪いを解くことができるのはレーニス。残っている呪いはあと一つだけ。顔の上半分を覆っていた複雑な模様の刺青のような呪いは、今はうっすらと痣のように残っているだけ。だから今日、子供たちも怯えることはなく、ああやって花束を手渡してくれたのだ。
レーニスに霊廟を案内するのは、まだまだ先のことになるだろう。となれば、王城へ行き結婚の報告をする方が先か。
「その。王城へは私も?」
国王陛下からの呼び出し状が届き、それの理由が結婚したことを報告しろという内容であれば、妻となったレーニスも一緒に、と考えるのが妥当だろう。
「いや。お前を連れていくつもりはない。むしろ、連れて行きたくない。お前を陛下に紹介するのは、気が引ける」
という言葉をレーニスが耳にしたとき、やはり自分はこのデーセオの妻としても不適格な人間なのではないかと思えてきた。そもそも、金で買われた女なのだから。
あのとき、聖女様から突き付けられた言葉が思い出される。
――あなたにはもう、聖なる力はありません。聖女候補として、不適格です。
「そう、ですよね。旦那様は私によくしてくださっていますが、所詮、金で買われた女ですから……」
普段ならもう少し言葉を選ぶところであったにも関わらず、その本音がボロっと零れてしまったのは、デーセオから言われた言葉が悲しかったから。
もちろんレーニスからその言葉が出た時にあたふたし始めたのはデーセオである。
「すまん、その、そういう意味ではないんだ。その……、あ、あれなんだ。お前を他の男に見せたくない、というか。その、王都は華やかだから。お前に興味を持つ男がいるかもしれないし、その、あ、あれだ……」
それだけでレーニスは夫の言いたいことをなんとなく察した。恐らくこの夫は、見知らぬ他の男性に嫉妬をしているのでは、ということを。
「そんなことをおっしゃるのであれば。私だって、その、旦那様が王都に行かれるのであれば、その、もしかしたらそちらがよくなって、こちらに戻ってこないのではないかって、不安になる、かもしれません……」
「それはない。俺が、他の女に現を抜かすようなことはない」
「旦那様はそうかもしれませんが、他の女性が旦那様を見て、その、誘惑なさるかもしれませんし」
「俺は、そんな誘惑にはのらない」
「ですが。それでも、不安なのです。その、私は、だって。お金で嫁いできたわけですから」
「それは……」
金のことを出されてしまうと、事実であるためデーセオも反論できない。だが、出会い方はどうであれ、今は隣にいる妻を愛しているのは事実。
「それは。俺の今までの態度も悪かった。その、まあ、あれ、あれなんだ。お前が可愛すぎてどうしたらいいかがわからなかった。お前に嫌われるのが怖くて、ずっとあっちに逃げていた。お前を金で買った、というのは事実だが、その、まあ、出会い方はなんであれ、今は、お前と一緒になれたことを、その、後悔はしていないし、これからもずっと、その、一緒にいて欲しいと、思っている」
それはレーニスの心を温かくするには充分すぎる言葉だった。
「ありがとうございます、旦那様。私も、見知らぬ女性に嫉妬してしまい、申し訳ありませんでした。王都には華やかな女性がたくさんいらっしゃいますから」
「嫉妬。嫉妬をしてくれるのか? この俺のことを心配して」
レーニスは両目に涙を溜めたまま、力強く頷く。
「私だって、不安です。その、旦那様と離れてしまうことは。ずっと不安でした。北の砦にいらっしゃるとはお聞きしていましたけれど、それでも、もう二度と会えないような、そんな気がしていたから。大事なことを伝える前に、会えなくなるのではないかって」
「大事なこと、とは? お前から感謝の言葉はたくさんもらっているぞ」
違います、とレーニスは首を横に振った。
「旦那様。その、愛しています。これからも私だけを愛してくださいますか?」




