47.陛下からの手紙(1)
屋敷に戻ったデーセオはジョナサンから受け取った手紙を握りしめていた。
「旦那様?」
驚いたレーニスは声をかける。このように怒りを明らかに顔に出しているデーセオを、レーニスが目にするのは初めてだったからだ。
「ああ、すまない。驚かせてしまったか?」
レーニスの言葉で我に返るデーセオであるが、その手の中にはグシャグシャに潰された手紙があった。
「あの、そのお手紙は?」
レーニスだって気付く。デーセオの不機嫌の原因がその手の中にあるグシャグシャになった手紙であることに。
「ああ。陛下からの手紙、だな」
ははっとデーセオは笑っているが、どことなくそれが引きつっているようにも見えるし、そもそも陛下からの手紙をそのようにぐちゃっとしていいものかどうか、というところもレーニスにとっては首を傾げたくなる状況だった。
「何か、よくないお知らせだったのでしょうか」
デーセオの状況からレーニスが察することができるのは、そのくらいのこと。もしかして、戦争が始まるとか、最悪な想像というものがレーニスの頭を横切っていく。
「まあ、よくない知らせというか。面倒くさい知らせというか」
恐らく後者がデーセオの本音なのだろう。それを聞いて、ほっとレーニスは息を吐く。
「旦那様は、面倒くさいことがお嫌いですものね」
レーニスの言葉を耳にした執事のジョナサンもぷっと表情を崩した。鉄仮面をかぶるようにと訓練されているジョナサンでさえも、その二人が微笑ましくて、ついつい鉄仮面を落としてしまったらしい。
「それで、どのようなお知らせだったのでしょうか」
ジョナサンも思った。この奥様が旦那様の扱い方に慣れてきている、ということを。
「大したことではない。レーニス、お前が気にするようなことではないのだが」
「でも、その。旦那様がそうやって握りしめてしまわれるような、そういった面倒くさいお知らせなのですよね? でしたら、やはり、その、妻としては気になります」
妻として、と自分で口にしたレーニスであるが、その部分だけ他よりも声が小さくなってしまった。本当はもう少し堂々と「妻として」と言いたかったのだが、まだ自信が無いところもあったのかもしれない。
「そうか。妻として気になるのであれば、仕方ないな」
と言っているデーセオの顔は嬉しさで歪んでいるが、鉄仮面をかぶり直したジョナサンはそれに動じるようなことはしない。しかも「妻として」とのところで、他より一際声を大きくして口にしていることに、ジョナサンだって気付いている。
「いや、本当に大した内容ではないんだ。その、俺が結婚をしたから、だな。顔を見せに来い、と、いうことが書かれていて、だな」
「奥様。旦那様は結婚されたことを陛下に黙っていたのです」
鉄仮面をかぶったままジョナサンが報告した。
「そうだったのですね」
としかレーニスには言いようがない。そもそもデーセオのような男の結婚を、国に内緒にしておいていいものかどうかもわからないし、それが国王に知られたからどうなるのか、ということもわからない。
「こうなることがわかっていたから、黙っていたのに」
と呟いているデーセオが、いたずらをして花瓶を割ってしまって隠れているような子供に見えた。
「ですが、このように手紙が来てしまった以上は、やはり陛下に報告に伺った方がよろしいのではないでしょうか?」
さすが奥様です、と言うジョナサンの声が聞こえたような気がする。
「レーニスがそこまで言うなら、そうだな、考えておくとしよう。それよりも、腹が減っただろう。夕食にするか」
デーセオにうまくかわされてしまったような気もするが、それでも「考えておく」という言葉を引き出せただけでも、いつものデーセオとは違うことにレーニスは気付いていない。それに気付いているのは鉄仮面をかぶったジョナサンのみ。
「あ、はい。着替えてまいります」
レーニスはサンドラを呼ぶと、着替えるために一度部屋へと戻った。デーセオもこの外に行ったままの姿では夕食の場に相応しいとは言えない格好だった。
「旦那様」
「なんだ」
「お変わりになられましたね」
鉄仮面を外したジョナサンが、楽しそうに笑っていた。




