46.夫婦の会話(2)
「ちっ」
デーセオは苦々しく舌打ちをしてから、レーニスの元へと戻る。手持無沙汰にさせてしまったか、と思っていたが、どうやら彼女は飛竜と何かを話していたようだ。
「待たせて悪かった」
と言うと、彼女は「いえ」と言う。
「飛竜さんとお話をしていまいたから」
「お前。レーニスに余計なことを言うなよ」
もちろんデーセオは飛竜への威嚇も忘れない。
「日が沈みきる前に戻ろう」
デーセオが彼女に手を差し伸べるのも無意識だし、その手を取るのも彼女にとっては当たり前のことになっていた。
「レーニス。今はこれしかないが、無いよりはましだと思う。使ってくれ」
デーセオが差し出したのは、彼が使っていた皮の手袋。飛竜に乗り、馬に乗り、その手綱をしっかりと握るために必要なそれ。
「ですが、それでは旦那様が」
「俺のことは気にするな。それよりも、お前に、その、手袋を準備しなくて申し訳なかった。手が冷えてしまっただろう」
レーニスだって手袋はしている。ただそれが絹の薄い手袋だった、というだけで。
「あ、ありがとうございます」
デーセオの手袋は、もちろんレーニスには大きすぎる。それでもその手袋に自分の指を入れると、彼の温もりがじんわりと指先から伝わってきた。
「帰るぞ」
行きと同じように、馬に乗り、またレーニスはその背をデーセオに預ける。背中からも指先からも、彼の体温を感じた。
「あの、旦那様」
飛竜の背では飛竜に聞かれると思って、あまり話すことはできなかった。デーセオの飛竜は意外と人の話を聞いていて、意外とおしゃべりなのだ。
「今日は、楽しかったです。その、他の方たちとも触れ合えて。旦那様は、皆さまに好かれていらっしゃるのですね」
そんなにはっきりと「好かれている」という言葉を言われてしまったとき、どのように返事をするのがいいのか。「そんなことはない」と言えば、民たちの想いを踏みにじっていることになるし、「そうだ」と言えば、ただの自意識過剰の男のようにも思えてくるし。
「そうかも、しれないな。民たちは、よくやってくれている。あそこの集落は、土地柄かどうしても作物の育ちが悪かった」
「はい。土地が原因ということもありますが。ですが、あの方たちなら大丈夫だと思います。今年は十分な作物がとれますよ」
「レーニスがそう言うと、なぜか安心できるな。俺にはあのような言葉をかけることができないから、お前がいて助かった」
「その、私も、今日は一緒に連れて行ってくださってありがとうございます。子供たちから素敵なプレゼントもいただけて、本当に嬉しかったです」
彼女の言っている素敵なプレゼントとは、子供たちからもらった花冠と花束のことだろう。
「レーニスは、子供が好きなのか?」
思わずデーセオはそう聞いていた。その言葉には、もちろん裏心が満載であるのだが、レーニスはそれには気付かない。
「そうですね。子供たちと接していると、とても元気になるような気持ちになります」
「子供は元気だからな。子供たちから元気をとったら、ただの五月蠅いガキだ」
デーセオのその言い方が面白かったので、レーニスはぷっと笑った。口は悪いけれど、子供たちには元気でいて欲しいというデーセオの願いなのだろう。
デーセオは彼女のお腹を支えていたその手に少しだけ力を込めた。
「レーニス。その、何も今すぐでなくてはいいんだ。そう、そのうち……、俺の子を生んでくれるか?」
デーセオは口にしながらも、恥ずかしくなって彼女の肩に頭をコツンと預けた。
「その……。授かることができれば……」
レーニスはそう答えることしかできなかった。だが、心のどこかで家族というものに想いを寄せているのかもしれない。
父と母と自分と。幼い頃の、聖女候補となる前のフォッセ家で過ごしたあの心が穏やかになるような時間を。
それをこのデーセオと作り出すことに、どこか期待を寄せていたのかもしれない。エロ親父と、ではなく、愛する夫と作り出す幸せな時間を。




