44.視察の結果(2)
せっかくだから夕飯でも、では酒でもとなって、根掘り葉掘り聞かれるパターンだ。レーニスを金で買ったとは、口が裂けても言えないけれど、酒が入って気分が良くなってしまってはどうなるかわからない。
「ん、う、まあ。レーニスもこう言っていることだから。日々、生きていけることに感謝をしつつ、だな。まあ、その気持ちを忘れずにってことだ」
「はい。奥様に祈っていただきましたので、我々もその気持ちを忘れずに、日々の生活を送っていきたいと思います」
「また、何かあるようなら遠慮せずに連絡をしろ」
「はい。デーセオ様からの有難きお言葉。そして、お二人に幸多からんことを祈っております」
長の言葉に。
「あら。それは、私の方のセリフでした。この集落に、幸多からんことを」
レーニスが言えば、長の顔も少し綻ぶ。
「本当に、デーセオ様は素敵な方と一緒になられた。我々も嬉しく思います」
長のその言葉に満足そうに頷いたデーセオは、夕食でもと言われる前に逃げようと思っていたので。
「では、そろそろ戻る」
「せっかくですから、夕食をと思っていたのですが」
「夜の飛竜での移動は危険だからな」
「でしたら、泊っていってください」
「いや、明日は、朝から部隊の方に顔を出さねばならんからな」
嘘である。しかも、今考えた、当たり障りのない嘘である。
「そうでしたか。お忙しいところ、わざわざこうやって足を運んでいただき、感謝いたします」
「いや。お前たちのおかげで、皆、生活ができている。こちらこそ、礼を言わせてもらう」
「ありがたきお言葉、幸せです」
長がゆっくりと頭を下げ、そして再び上げるのを見届けてから。
「では、レーニス。帰るぞ」
「はい、旦那様」
レーニスはデーセオが差し出した手を躊躇いもせずにとった。
レーニス自身も不思議な気持ちだった。お金で買われたはずの彼に、このような穏やかな気持ちを持つようになるとは。いや、初めからデーセオとなら幸せになれるかもしれない、と期待していた部分はあったのだ。あの神殿で出会った禿エロ親父とは違う、温かさがあった。自分の顔を見たらレーニスが怖がるだろうからと必死で隠し、自分のことをエロ親父と言いながらレーニスに優しく触れてくる。
不器用で優しくて、そして民と飛竜を思っている男だった。そしてどことなくずれているのか、使用人や部下たちからもいろんな意味で慕われている。
「レーニス」
飛竜が待っている場所に着くと、また子供たちに囲まれた。
「領主さま、またきてください」
と、小さな女の子がデーセオに花束を渡す。花束といっても立派なものではない。恐らく、その辺の草花を摘んできたものだ。
「レーニスさまも」
レーニスには花冠だった。
「まあ、嬉しい。お姫様になったみたい」
女の子から花冠を頭にかぶせてもらった彼女は、子供のようにはしゃいでいる。
「レーニスさま。ぼくね、お兄ちゃんになるんだよ」
と男の子が言う。
「まあ、素敵ね。きっと赤ちゃんもお兄ちゃんに会えることを楽しみにしているわね」
男の子の後ろには、お腹の大きな女性が、柔らかな瞳でそこにたたずんでいた。レーニスはそっとその妊婦に駆け寄り。
「この子に祝福を」
とお腹の子に声をかける。
ありがとうございます、と彼女は頭を下げた。それはレーニスの聖なる力による祝福の祈り。これから生まれてくる命が、無事に育まれますように、という。
こういった祈りは、神殿にいたときも捧げていた。
新しい命、希望の命。これから生まれてくる全ての命が、平等に幸せになれますように、と。
「レーニス。名残惜しいところではあるが、暗くなる前に戻るぞ」
いつもの口調でそんなことを言っているデーセオなのに、なぜかその顔が優しく見えたのがレーニスにも不思議だった。
帰りも同じようにデーセオに抱きかかえられて飛竜に乗る。
背中から感じる彼の体温が、じんわりとレーニスの全てを包み込んでくれるようで、なぜか心がほっこりとした。




