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43.視察の結果(1)

 デーセオはこの集落の長の家に向かって歩いていた。本当はデーセオがレーニスと手を繋いでそこまで向かうはずだったのに、レーニスの両手は子供たちによって塞がれている。だからといって、これでいじけるような心の狭いデーセオではない。子供たちには優しいのだ、こう見えても。ちょっと心の中がモヤッとはしているけれど、それを表情に出さないようにする。

 レーニスは子供たちに囲まれて楽しそうに笑っている。

 彼女は子供が好きなのだろうか。そろそろ子を望んでもいいのだろうか。いや、まだ二人だけの生活を楽しみたい。先に呪いを解いてもらってからだ、とか、変なことを一人で悶々と考えてしまうのは、彼女が子供に囲まれているせいである。そういうことにしておこう、と思った。何しろ、今日はツッコミ役のティメルがいないのだから仕方ない。


「デーセオ様、お待ちしておりました」

 長は快くデーセオとレーニスを迎え入れてくれた。

「このたびはご結婚、おめでとうございます」

 これから視察に行くたびに、この言葉はついてまわるのだろうなとデーセオは思ったが、悪い気はしない。むしろもっと言って欲しいという気持ちさえある。


「ああ。先日は、遠いところ結婚パーティに足を運んでくれて感謝する。今日、来たのはここの農作物を確認するためだ。今年はどうだ」


「お気遣い感謝いたします。ですが、情けないことに、今年もこの冬を乗り越えられるかどうか、というところでありまして」


「なるほど。備蓄している倉庫を確認させてもらいたい。それから、畑を見せてもらいたい。もちろん、帳簿もだ」


「はい」

 デーセオの言葉に素直に従うからといって、この長が不正していないとは限らない。だが、この集落は不正ができるほど豊かではないのだ。残念なことに。


 レーニスは黙ってデーセオの様子を見ている。デーセオが意見を求めればそれに応える程度ででしゃばるようなことはしない。帳簿を二人で確認したが、やはり不正を行ったような跡はないし、そもそも不正を行えるような数値でもない。

 そして帳簿を元に備蓄倉庫を確認し、フルヘルト領でとして支援すべき量を確認する。最後に畑を確認する。元々、乾いた土地であったところに水路を引き、畑を作り、そして人が集まって集落となった場所。たわわに実を結んでいるところと、そうではないところがくっきりとわかれている。


「旦那様」

 珍しくレーニスの方からデーセオに声をかけた。

「どうした、何か気になることでもあるのか?」


「いえ、ただ。その、祈りを捧げてもよろしいでしょうか。こちらの土地の実りが悪いのは、恐らくこの土地の精霊の悪戯。神への感謝を忘れずに、と。精霊たちが」


 レーニスが言うと、長ははっと顔を曇らせた。


「そう、ですね。日々のことで手いっぱいで、感謝という気持ちを忘れていたかもしれません」


 レーニスが長のその言葉に頷くと、実りの悪い畑に向かって両手を合わせた。いつ見ても彼女の祈りは美しいとデーセオは思う。傲り高ぶることなく、ただただ相手を思うための祈り。

 しばらくそうやって手を重ねて祈りを捧げていたレーニス。それを黙って見守るデーセオと長。


「終わりました。これからも精霊たちと仲良くしてください」


「ありがとうございます、奥様。その、奥様は聖女様でいらっしゃったのですか?」


 祈りを捧げたことでそう思ったのだろう。


「いえ、元聖女候補です」


「ですから、そのような聖なる力をお持ちなのですね。本当にデーセオ様は素敵な方と巡り会えたのですね。これはこれは、お二人の馴れ初めなども聞きたいところですな」


 あはははと長が笑ったところで、このままここに長居してはまずいとデーセオは直感的に思った。

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