42.北の視察(2)
デーセオがレーニスの体をふわりと持ち上げた。その身体を飛竜も首を伸ばして支える。飛竜の背にまたがったレーニスの姿を見て安心したデーセオは、自分もその背に飛び乗った。
「行くぞ、飛竜。北の集落まで頼む」
キゥと鳴いた飛竜はその羽根を羽ばたかせる。ふわりと浮いた。
「きゃっ」
初めて感じた浮遊感にレーニスは驚きの声をあげる。そして、ぐらっとバランスを崩しそうになるがそこはデーセオが後ろからがっしりと抱き留めた。
「大丈夫か?」
「あ、はい。初めてのことで、驚きました」
キュゥと鳴いた飛竜が、ごめんねと言っているようにも聞こえたが、レーニスは優しく飛竜の首元を撫でた。
「こちらこそ、驚かせてしまってごめんなさい」
「怖いなら、しっかりとこれに捕まっていろ。お前のことは俺が支えているから安心しろ」
「あ、はい」
レーニスは安心してその背をデーセオに預ける。レーニスからは見えないけれど、デーセオのその顔はだらしなくにやけていることだろう。この空の上では、デーセオがだらしない顔をしていても誰にも知られることはない、はず。まあ、知られたとしても飛竜くらいだろう。
空の旅は快適だった。快適になるように、飛竜がいつもよりゆったりと羽ばたいてくれているのだ。それに気付いているのはデーセオだが、敢えて何も言わない。
飛竜に乗って二十分後、北の集落についた。早馬で駆ければ三時間かかる距離。それだけフルヘルト領は広大なのだ。
「あー、飛竜だー」
と言う子供たちの声が聞こえてきた。それを合図にしたかのように、集落の大人たちも空を見上げ、手を振っている。
集落から少し離れた場所、いつもの飛竜の場所に、飛竜で降り立つと、すでにその周りには子供たちが集まっていた。
デーセオが飛竜から飛び降りると、レーニスに向かって両手を広げた。降り方がわからなくて困っていたレーニスだが、恐らく彼のその手に向かって身体を預けろ、という意味であると勝手に理解する。レーニスも同じように手を広げて、デーセオに抱きつこうとしながら飛竜から降りると、すっぽりと彼の腕の中にはまってしまった。
「領主さまー、おめでとうございますー」
「領主さまー」
「おめでとう」
「お嫁さん、見せてー」
子供たちの可愛らしい声に混ざって、大人の冷やかすような声も聞こえてきたが、デーセオはそれにいちいち腹を立てるようなことはしない。相手は大事な民たちなのだから。ティメルやあの部下たちとは違うのだから。
「レーニス、ここが北の集落だ」
言いながら、デーセオは腕の中のレーニスを解放した。
「レーニス、皆に顔を見せてやってくれ」
「あ、はい」
風よけのフードをかぶっていたレーニスはそれを脱いだ。
「皆さん、初めまして。このたびデーセオ様に嫁ぎました、レーニスと申します」
こんな挨拶で良かったのだろうか、と思い、デーセオの方を見上げると彼は満足そうに頷いてくれたので、少しだけ安心した。
「まず、この集落の長に挨拶をして、現状を確認する」
「はい」
デーセオが差し出した手を黙って握るレーニス。そして、集まった民たちの方に歩み寄って、幾言か言葉を交わす。
それを見てレーニスは、デーセオが民たちから好かれていることを改めて感じた。まだ、呪いの模様の全ては消えていないけれど、それでもうっすらとしていて近づかないとわからないくらいになっている。残っているのは進行性の呪いのみ。これは解呪方法を間違えると、解呪者に呪いが戻ってきてしまうから、慎重に行う必要があった。だから、文献などで調べ、もう少し力が戻ってからと思っていたところ。
「レーニスさまー」
幼い声に名を呼ばれた。レーニスは声の主を探すと、それは小さな女の子だった。
「おめでとうございます」
小さな花束をレーニスに手渡そうとしている。驚いてデーセオを見上げると、受け取りなさいとその顔が言っていたので、レーニスはそれを受け取った。
「ありがとう。あなたに、幸せが訪れますように」
レーニスはその子の頭を優しく撫でた。




