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38.視察の予定(2)

「でしたら」

 とティメルがそこでパチンと手を叩いた。二人きりの世界に水を差すかのように、ではなく私もいますよ、というアピールを込めて。


「デーセオ様と共に、領地を見て回ってはいかがでしょう?」


「領地を?」

 レーニスが聞き返すと「はい」とティメルは大きく頷く。


「フルヘルト領は広いので、この街の他にも集落が点在しているのです。そこを視察されるのはいかがでしょう。領主であるデーセオ様とともに、レーニス様も共にいけば、民たちも喜ばれると思います。それに、どうしても外れの集落は貧しく。こちらから援助もしているのですが、それが間に合っていないというのも恥ずかしい話です。本来であれば、デーセオ様も定期的に足を運べればいいのですが、竜騎士部隊の方の任務もありますから。ですから、レーニス様のお時間があるのであれば、是非とも様々な集落に足を運んでいただきたいものです」

 ティメルがそのような提案をするということは、その各々の集落では聖なる力を必要としているのではないか、とレーニスは思った。


「ティメル。私で役に立つことがあるのであれば、喜んでそれを引き受けます」


「レーニスが行くなら、俺も行くぞ」


 ぶほっとティメルは吹き出しそうになった。お茶を飲んでいなくてよかったと思う。


「ですから、今。デーセオ様は竜騎士部隊の方のお仕事もあると申し上げたばかりですよね。二人で行けるところは二人で行ってください。ですが、デーセオ様は竜騎士部隊のお仕事を優先させてください、という意味です」


「俺的にはレーニスを優先させたいのだが」


「そういうことを言うのはやめましょう」

 ティメルがピシャリと言うので、デーセオは渋々口を閉じた。


「さすがに私一人でそちらに向かうというのもまだ早いと思いますので、その、旦那様が視察されるときに同行するという形でお願いします」


 どうやらこの妻は、ちょっと色ボケし始めた旦那の扱いを覚えてきたようだ。ティメル一人では手に負えなくなりつつこの主を、うまく手の平で転がしてくれたなら、非常に助かるところ。


「では、スケジュールの調整は私が行いましょう」

 ティメルが立ち上がった。そろそろこの二人の空間にいるのは耐えられないという思いと、レーニスに力が戻ったことを確認できたのであればもう十分だという思いと。


「ティメル」

 部屋を出ていこうとするとレーニスに呼び止められる。その隣でデーセオがさっさと出ていけという形相で睨んでいるため、できることならばこのタイミングで呼び止めて欲しくなかった、という思いがある。


「その、いろいろとありがとう」


「いえ。奥様のお役に立てて何よりです」

 ティメルが頭を下げ、再び頭をあげると、デーセオがしっしっと犬でも追い払うかのように手を振っていたため、ティメルは苦笑を浮かべながらその場を去った。


 やっと二人きりになれたデーセオであるが、可能であれば先ほどの続きをという欲はあった。だが、レーニスがニコニコと顔中に笑顔を浮かべながら。

「視察はいつもどのようにして行かれているのですか?」

 と聞いてくるものだから、先ほどまでの甘い空気は無い。デーセオも平静を装い。


「そうだな、外れの集落には飛竜で行くこともある」


「まあ、飛竜ですか? 私、まだ飛竜には一度もお会いしていないのです」


「そうか。なら、今日、時間があれば飛竜舎を案内しようか?」


「え、本当ですか? 嬉しいです。あ、ですが……」


「どうかしたのか?」

 デーセオがレーニスの顔を覗き込むようにして、そっと顔を近づける。ここにティメルがいたら、このエロ親父がと心の中で悪態をついたことだろう。そのくらい、デーセオの顔がだらしない。だがレーニスはそれに気付かない。


「その、飛竜舎に行くには、ここから馬で向かう必要があると聞いています。私、まだ、その馬には一人で乗れなくて。その、練習はしているのですが」


「心配するな、俺と一緒に乗ればいい」


 これで堂々と新妻に触れる機会を手に入れた、と思っているデーセオなのである。

 ただ、残念なことに、あの書類の山を片付けなければ飛竜舎に行くことはできないことを思い出した。

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