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36.解呪の方法(2)

先ほどまで泣いていたのにもう笑っている。泣いたカラスがもう笑うとは、まさしくこのことではなかろうか。


「本当に旦那様とティメルは仲良しなのですね」


「仲良しではない」

「仲良しではありません」

 と二人同時に声を荒げるものだから、レーニスは再び笑うと、右手の人差し指で目尻に溜まっていた涙を拭った。


「落ち着いたか、レーニス」


「はい。旦那様とティメルのおかげで」

 彼女の口からティメルの名が出たところで、デーセオはまた顔を曇らせた。


「まあ、ティメルのことはどうでもいい」


「ひっど」

 とティメルが呟いたことは聞かなかったことにしよう。


「その、解呪ができるのであれば、是非ともお願いしたい」


「あ、はい。以前のようにうまくできないかもしれませんが、恐らく、少しずつであれば可能かと思います」


「そうですね、レーニス様。少しずつ力を使う方がよろしいかと思います。先ほども言いました通り、レーニス様の力は今、泉をためている水のようなものですから。その水が無くなったら、また泉は枯れてしまいます」


 その言葉にレーニスはゆっくりと頷いた。


「旦那様」

 レーニスはデーセオの方に身体を向けた。デーセオもレーニスの方に向かって座り直す。二人きりの空間が再び作り出されようとしているが、これは解呪の儀式だとティメルは自分に言い聞かせた。恐らくレーニスにとってはそうなのだが、あのエロ親父のデーセオが勘違いしてはたまったもんではない。


「それでは旦那様。両手を出していただいてもよろしいでしょうか。このように手の平を上にしてください」

 デーセオは黙って彼女の言葉に従い、両手を差し出す。レーニスはそれに己の手を重ねた。デーセオの手は大きくてごつごつした剣ダコもある。そして、温かかった。

 レーニスは目を閉じ、いつものように聖なる力を流し込む。このように強い呪いを解呪するときには相手に触れる必要がある。触れる面積が多ければ多いほど、流し込める力の量が変わる。神殿ではこれだけ強力な呪いを解呪したことはなかった。いつもはちょっとした呪い。じわじわと人を疲弊させるような、人を不幸な気持ちにさせるような、そんな呪いが多かった。

 だがデーセオのこれは違う。明らかな殺意が込められている。


「あの、旦那様」

 手を重ねたままレーニスが口を開いた。


「なんだ」


「その、もう少し旦那様に触れてもよろしいでしょうか?」


 ピクリとデーセオは右眉を動かす。彼女は何を言っているのだろう。


「どういう意味だ?」


「その呪いが強すぎて、こちらから充分な力を送ることができないのです。ですから、もう少し触れさせてください」


「触れるというのは、具体的にどういうことをするのだ?」


「そうですね。旦那様と触れている面積が多ければ多い方が力を送りやすいのですが」


「こういうことか?」

 デーセオが再びレーニスを抱き締める。

 コホンと、向かい側から咳払いが聞こえた。

「デーセオ様。それではただのえろ親父です。すぐさまレーニス様から離れてください」


「自分の妻を抱き締めて何が悪い」


「時と場合をお考えください。レーニス様が嫌がっております」


「な、なんだと? 嫌がっている、だと?」

 デーセオは指摘され、腕の中のレーニスを見下ろすが彼女はぷるぷると震える子犬のように首を振っていた。


「俺には嫌がっているようには見えないが?」


「あ、あの旦那様。その、解呪の途中ですので。その、離れていただけると、助かります……」

 耳の付け根まで真っ赤に染め上がったレーニスが、恥ずかしそうに言うものだから、仕方なくデーセオは彼女を解放する。するとレーニスはすっと立ち上がり、デーセオの前に立つ。それでもデーセオと視線の高さがほぼ同じ。辛うじてレーニスの方が高いかもしれない。


「ええと。私が旦那様を抱き締めます」

 勢いよく言うと、レーニスがデーセオの頭を抱き締めた。ティメルからは彼女の背しか見えないが、その腕の中でデーセオがどんな表情をしているのかというのは容易に想像がついた。

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