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33.復活の兆し(1)

 朝食を終えたデーセオは、レーニスと共に執務室へと向かっていた。この新妻は嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべている。あまりにも楽しそうに見えるので。

「どうかしたのか」

 とデーセオもつい声をかけてしまった。

「いえ。ただ、このように旦那様と一緒にいることができて。その、嬉しいと思っております」


 デーセオは危うく鼻血を噴きそうな気分になった。なんだ、この隣にいる可愛い生き物は。


「そ、そうか。その、すまなかったな。仕事の方が、その、なかなか手が空かなくて、だな」

 まぎれもなく言い訳である。むしろ、半分以上は嘘でできている。


「あ、はい。旦那様が竜騎士部隊をまとめていらっしゃることはお聞きしておりますので。あ、お茶、淹れますか?」

 二人で執務室に入るとすぐさまレーニスがそのように提案してきたため「頼む」とだけ答えた。

 デーセオは迷った。いつもならその執務席の方に座るのだが、今、そこに座っては彼女と座る位置が離れてしまう。となれば、座る場所はその前に置いてあるソファ席だ。

 レーニスが手際よくお茶の準備をする。お前の分も淹れろ、とデーセオが口にすると、くりくりっと目を大きく広げてニコリと笑う。


 デーセオの心臓は恋する乙女のように高鳴っていて、爆発寸前だった。


 この呪われた顔を見せたら、彼女に嫌われてしまうのではないかとずっと不安だった。それでも彼女を手元に置いておきたいと思っていた。解呪のために金で手に入れた元聖女候補だったのに、いつの間にか惹かれていた。いつ惹かれたのかなんてわからない。いや、一目見た時だ。彼女がこの屋敷に来て、会った瞬間に惹かれた。

 彼女の境遇に同情していたのかもしれない。絆されたのかもしれない。それでも自分の意思で彼女を自分のものにしたいと思って、抱いた。

 全ては彼女に惹かれたから。だからこそ、嫌われたくなかった。


 そんな彼女は今、微笑みながらデーセオの隣に座っている。これが彼の求めていた結果だ。


「レーニス、その、すまなかったな。なかなかこちらに戻ってくることができなくて」


「いえ、お仕事ですから」


「そ、そうか……」


 デーセオにとしては、そこはもう少し彼女に寂しがって欲しいところだった。


「あの、お手紙、ありがとうございます。とても楽しみにしていました」


「そうか。俺もレーニスからの手紙を楽しみにしていた。そ、そう。お前は今、花を育てているんだよな?」


「はい、庭師の方も勧めてくださったので、庭の一角に私の好きな花を植えました。後で、旦那様にもご案内いたしますね」


「そうか、楽しみだな」

 触れているわけでもないのに、彼女が隣にいるというだけでそこから熱が伝わってくるような感覚だった。それを誤魔化すかのように、レーニスが淹れてくれたお茶を手にする。ゆっくりと口元まで運び、時間を稼ぐかのように口に含む。


「ああ、美味いな」

 デーセオは息を吐き出すかのように、その言葉を吐き出した。それくらい、自然に口から出てきた言葉。


「本当ですか? お茶の淹れ方もサンドラに教えてもらったのです」

 褒められて嬉しくなったのだろう。レーニスの頬はほんのりと色づき始めていた。


「ああ、そうだレーニス」

 彼女を前にすると言いたいことがたくさん浮かんできた。次から次へと伝えたいことはあるはずなのに、彼女を前にするとうまく言葉にすることができない。だから、じっくりと頭の中で考えてから言葉を紡ぎ出す。


「その、書類を仕分けしてくれたんだってな」


「あ、はい。いつも旦那様がお忙しそうでしたので、少しでもお役に立てればと思っていたのですが」


「ああ、とても助かった。ありがとう」


「本当ですか?」


 ぱあっと顔を輝かせたレーニスは、さらにその顔を薄紅色に染め上げていく。

 デーセオは彼女を抱き締めたい衝動に駆られた。何よりも、隣の妻が可愛すぎる。

 なんだ、この生き物は。同じ人間なのだろうか、と。

 やはり天使の生まれ変わりなのではないのか? むしろ女神では?

 いや、彼女は元聖女候補だ。だが、デーセオの呪いに気付いた今は、聖女候補、むしろ聖女なのかもしれない。

 と思いながら、デーセオは悶々と彼女を見つめていた。その熱い視線に気付いた彼女は、じっとデーセオを見上げている。

 レーニスに触れたい。触れて、その唇を塞ぎたい。と思って、デーセオが彼女の肩に手をかけたとき。

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