32.夫婦の時間(2)
二人は着替えると、仲良く食堂へと向かう。
「おはようございます、旦那様、奥様」
執事のジョナサンが嬉しそうに挨拶をする。
「食事の準備は整っております」
ジョナサンの言葉に頷くデーセオだが、レーニスはこの夫と食事を共にするのは初めてではないかと思った。もちろん結婚式のパーティでは共に雛壇に座っていたがそれ以外では、いや、この食堂では共に食事をしたことが無い。
「どうかしたか、レーニス」
「いえ。旦那様とこのように食事をできることを嬉しく思います」
「そうですよね、奥様。旦那様はお仕事が忙しいという言い訳をして、奥様にお会いになりませんでしたからね」
ジョナサンが食事を運びながら、そんなことを口にする。
「今日は奥様がお好きだとおっしゃっていたスープを準備いたしました」
「まあ、嬉しいわ。ありがとう」
そんな二人のやりとりをデーセオは不満げな様子で見つめている。
「どうかされましたか、旦那様」
レーニスは首を傾げてデーセオに尋ねるが、彼は「いや、何も」と答える。
つまりのところ、面白くないのだ。ジョナサンがレーニスの好きな物を知っていて、二人で嬉しそうに話をしているところが。
後でこの愚痴をティメルに聞かせることになるのだが「それはデーセオ様がいつまでたってもレーニス様にお会いしようとしなかったからでしょ。自業自得です」と一喝されて終わる。
「レーニス、しばらく見ないうちに、太ったか?」
食事の最中にそうデーセオが声をかけたものであれば。
「旦那様、もう少し言葉をお選びください」
と、ジョナサンからは怒鳴られ。
「これだから、女心のわからない男は」
というぼやきがどこからともなく聞こえてきて、その声がする方に目を向けたらサンドラがいた。だが、彼女はすまし顔で何事もなかったかのように立っている。恐らく空耳だろう、と思うことにした。
「あ、はい。こちらの皆さんがとてもよくしてくださいますので」
レーニスは嬉しそうに微笑みながら答える。その笑顔を見るだけで、デーセオの心の中も晴れてくるようだった。
レーニスがいつもは一人で過ごしていた食事の時間を、このようにデーセオと過ごす時間にかわったことで、心の中の雨が上がったような気分になっていた。
彼を見て気付いたのは、どうやら生の野菜は苦手だということ。子供のようにジョナサンとやり取りをしている。それを見て、思わずぷっと吹き出してしまうと、デーセオは焦ったかのように顔中を真っ赤に染め上げた。
「奥様のほうからも言っていただけませんか?」
ジョナサンが困ったように声をあげている。そのようなことを言われても、レーニスも困る。どのように声をかけていいのか。とりあえず思いついた言葉を口にすることにした。
「旦那様。少しずつでいいですから、食べましょうね」
レーニスが慈愛に満ちた笑顔を浮かべていたため、ジョナサンもサンドラも笑いをこらえていた。
「レーニスがそう言うならば」
と仕方なくフォークを動かし始めたデーセオ。このときジョナサンが「さすが奥様です」と思ったとか。




