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29.夫婦の再会(1)

 闇も深まり、空に輝くのは満天の星。どうやら新月だったらしい。その分、星が綺麗に揺らめいて見える。こんな星空を彼女と見上げるのも悪くはないな、と馬上で考えながら、飛竜舎から自身の屋敷へと向かっていた。

 レーニスを金で手に入れておきながら、いや、金で手に入れたからこそ、彼女とどのように接したらいいのかがわからない。ティメルの言う通り白い結婚を望めばよかったのかもしれない。だけど、彼女を一目見た時、そして結婚式に隣で微笑んでいる彼女と誓い合った時、どうしても彼女を手に入れたいという己の欲が沸々と沸き起こってきたのだ。その日の夜も散々悩んだ後、結局あの寝室へと向かった。抑えきれなかった。彼女を妻にしたいという思いと、あわよくば自分との子が彼女に宿ることを。

 だからこそ、嫌われたくない。だから会えない。それでも自分の手の届く範囲にいて欲しいという、矛盾たる想い。


 屋敷の厩に馬を繋ぐと、しんと静まり返ったその中へと足を忍ばせる。ぎぎっという扉の重々しい音が、異常に大きく聞こえた。

 カツン、カツン、と響く自分の足音。住み慣れた屋敷であるはずなのに、一月半も不在にしていたのであれば、懐かしいという思いも込み上げてくる。そのまま、執務室へと足を向けた。


 上着を脱いで、執務席へ腰を落ち着けると、大きくため息をつく。そのため息で吹き飛ばない程の量の書類が、その机の上には積み上げられていた。ティメルが口にしていたようにその書類の束が約十。

 だが、その束の前にメモがあることに気付く。押印、返信要、返信不要、と、一言ずつ書いてあるメモ。

 押印に分類されている束の一番上の書類を手にして、目を通す。どうやらこれは内容を確認した後、押印する必要がある書類のようだ。他のものは、とそれぞれの束の一番上から書類を手にして、それぞれに目を通す。

 誰かが仕分けをしてくれたようだ。その誰かに心当たりはあるのだが、心当たりのある人物といったら、残念なことにティメルしか思い浮かばない。つまり、優秀な部下は本当に優秀だったようだ。


 悔しさを滲ませて舌打ちをしてから、デーセオは目の前の書類の「急ぎ」の束を崩すことにした。このように分類されているだけで、非常にはかどる。はかどっているから、気付かなかった。いつの間にかティメルがこの執務室に入ってきていたことに。


「デーセオ様」

 声をかけられて気付いた。顔をあげる。

「約束を守っていただけたようで、安心しました」


「お前に辞められたら困るからな。それよりも、助かった。俺が不在の間、その、悪かったな」

 珍しく、デーセオが謝罪の言葉を口にした。


「そう思っているのなら、こちらに戻ってきてください。飛竜舎とここ、馬で通える距離ではないですか。そもそも、今までそうやっていたのですから」


「あ、ああ。だが、彼女には会えない。会う自信が無い」


 部隊長と呼ばれ、あの竜騎士部隊を取りまとめている男が、一人の女性に会う自信が無いと言う。

 ティメルは盛大にため息をつきたくなった。むしろ、ついた。


「そちらの書類を仕分けしてくださったのは、奥様ですよ」

 あえて名前を出さなかった。彼女が彼の妻であることを意識させるために。


「レーニスが?」


「そうです。あなた様がいつ戻ってきてもいいように、と。そうやって毎日、届いた書類を仕分けしてくださっていたのです。その中でも緊急のものを私がお届けしていたわけです」


「そうか」

 呟くデーセオの表情は、レーニスからの手紙を読んでいるときのそれと同じだ。


「奥様には会わずにあちらにお戻りになる予定ですか?」

 そのティメルの言葉に、微かに怒気と哀れみが含まれていることに気付く。ここでそうだ、と肯定してしまったら、またティメルが竜騎士部隊を辞めるとか言いかねない。


「顔だけ見たら、帰る」


「そうですね。この時間でしたら奥様もお休みになられていますからね。さすがのあなた様も寝込みを襲うようなことはしないでしょうね」


「おい……」


「嫌われたくないから会えないとか言っておきながら、誰よりも彼女に触れたくて欲しているのは誰ですか?」


「おい……」


「レーニス様は、あなた様のその姿を目にして、あなた様を嫌うような方ではありませんよ? それに、いつまでもこのような状態で、どうやって呪いを解くおつもりなのですか?」

 相変わらずティメルの毒舌が止まらない。


「それは、あの魔術師を殺す、に決まっているだろう?」

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