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27.竜騎士の想い(1)

 レーニスからの手紙を受け取ると、デーセオはそれを嬉しそうに読んでいる。顔中に「幸せです」という表情を浮かべていることに、デーセオ本人は気付いていないだろう。それを見ているティメルはため息をつきたくなる。

 そんな手紙のやり取りも四回ほど過ぎた。


「そうか、レーニスは花を育てているのか」

 と楽しそうに口にするくらいなら、帰れ、と何度もティメルは心の中で叫んでいた。


「そして、デーセオ様。こちらが書類一式です。この束が、あちらのお屋敷には十程出来上がっておりますが、いかがなさるつもりですか」


「頼んだ」


「デーセオ様……。そろそろお屋敷の方にお戻りください」

 帰れと叫びたくなる気持ちを抑え込んでティメルが口に出した言葉はそれ。

 手紙から顔をあげたデーセオはさらに情けない顔をしていた。だがティメルは気付いた。その顔に施されている刺青のような呪いの模様の色が濃くなり広がってきていることに。ティメルは眉根を寄せたが、情けない顔をしている主が、情けない視線を送ってくるので、すぐに力を緩めた。


「お前、気付いたな」

 デーセオのその一言の意味するところを察するティメル。


「ええ」


「ここ数日で色が濃くなっている。あの聖女が進行性の呪いと言っていたからな。恐らくそれのせいだろう」


「ですが、それを止めるための祈りを捧げてもらったのでは?」


「ああ。だが、それももう効果が無くなってきたんだろうな」


 机の上に両肘をついて重ねた手の上に顎をのせたデーセオは、深くため息をついた。


「でしたらなおさらのことです。レーニス様にお会いください」


「彼女とはもう、会わない方がいいだろう。俺のことを忘れてくれた方がいい。そして、新しい誰かと新しい人生をやり直すべきだ」


「その、彼女の新しい人生の隣に立つ男は自分でありたいとは思わないのですか。レーニス様がどのような想いで、このような手紙を書いているのか、わかっているのですか」


 ティメルのその言葉を、唇を結んで聞いているデーセオが何を思っているのか。


「彼女に、俺のような男は似合わん。彼女は聖女だ」

 例え力を失ったとしてもデーセオにとっては聖女のような存在だ。いるだけで心を温めてくれる。


「でしたら。なぜ彼女を抱いたのですか。初めからそう思っているのなら、白い結婚でもよかったはずでは?」


 ティメルの言っていることはもっともである。だが、デーセオは抑えられなかった。彼女を一目見た時に、この女性を自分のものにしたいと思った欲を。男の性ではない。彼女だから、彼女だったからこそ、そう思ってしまった。


「とにかく、一度お屋敷にお戻りください。溜まっている書類の山が無くなるまで、こちらに戻ってくることは許しませんよ」


 ティメルがピシャリと言う。だけど、ピシャリと口にしただけで、この主が動くとも思えない。


「それでも、俺が戻らないと言ったらどうする?」


 やはりこの主はそのようなことを口にしてきた。だからティメルも応戦する。


「私にだって考えはありますよ。いつまでもデーセオ様の言いなりにはなりません。デーセオ様が今のような生活を続けるのであれば、私はこの竜騎士部隊を辞させていただきます」


「お前……」


 それだけこのティメルという男が本気であるということ。

 別にデーセオだってレーニスのことをないがしろにしているわけではない。会いたいという気持ちはある。それに反して会いたくないという気持ちがある。

 怖いからだ。この顔を晒して彼女から嫌われてしまうことが。

 なぜこのような気持ちになるのかがわからない。

 聖女さえ断った解呪を引き受けてくれたレーニス。その力を失い禿エロ親父に売られようとしていたレーニス。それを横取りしたデーセオに対して礼を言ったレーニス。そして、恥ずかしそうにデーセオを受け入れてくれたレーニス。

 全てが愛おしいのだ。だからこそ、嫌われたくないという思いが生まれる。

 だが、ティメルは優秀な魔術師で部下である。彼を失ってしまったらこの竜騎士部隊の土台が崩れ、睨んでいる隣国との関係もこちら側が足元から崩れていくことだろう。

 それを知っていてこの男はそう言ったのだ。


「……っち。わかった。今日の夜、戻る」


「本当ですか?」


 戻るという言葉が聞こえたために、ついティメルも珍しく声を張り上げてしまった。辞するという言葉が効いたのだろう。だが今、この主は夜、と言った。さて、夜とはどの時間帯を指すのか。


 それでもこの遅れてきた初恋をくすぶらせている主が、レーニスの元に戻るという発言をしただけでも進歩したものだ。褒めてあげたい、とティメルは思っていた。


「では、レーニス様にそうお伝えいたします」


「いや、レーニスには伝えるな」


「なぜ?」


「俺は、たまった仕事をするために屋敷に戻るのだ。彼女に会うためではない」

 言い、ティメルから目を逸らすかのように手紙に視線を戻した。

 そうやって手紙を見てニヤニヤするくらいなら、素直に彼女に会いたいと言えばいいのにとティメルは思った。

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