25.夫婦の手紙(1)
デーセオが北の砦へ行ったときに、隣国の動きが気になると口にしていたが、そのような情報が他の竜騎士からも寄せられるようになったのは、それから三日後のことだった。ティメルがレーニスの手紙をデーセオの元へと届けたとき。
それを乱暴に奪い去るように受け取ったデーセオは封を開けるのももどかしそうにしていた。
だったら、さっさと屋敷に戻れよと思うティメルなのだが、拗ねらせた初恋のデーセオには行動に移すことのできない何かがあるのだろう。
手紙を読み進めていくデーセオの顔が、次第に緩み始めていることにデーセオ本人は気付いていない。ティメルは笑いが零れそうになるのを必死にこらえながら、主を見つめていた。便箋は恐らく二枚。だけど、それを何度も入れ替えて読んでいるということは、何度も読み返しているということで。
「だったら、屋敷に戻ってください」
と言いたいティメルであるが、やはりそれは口にできない。
これはこれで面白いから、このまま放っておこうという気持ちにもなってきた。ここまで異性にうつつを抜かさずに真面目に生きてきたデーセオという男なのだから、そうやって手紙のやり取りを楽しませてやる時間くらいもたせてもいいかな、と思ってもいた。
「ティメル。その、返事を書きたいのだが」
こうなることもティメルは予想済みだった。もちろん、事務的な便箋と封筒ではなく、プライベートで使うようなそれらを用意していた。
「準備してあります。そちらの二段目の引き出しに」
デーセオが言われた通りに机の引き出しを開けると、仕事用とは別の便箋を見つけた。シンプルな色合いでありながら、地味になり過ぎていないし、何よりも堅苦しくない。
机の上に便箋を広げ、そこに羽ペンを走らせようとするデーセオなのだが、そのペンは止まったままである。ティメルも不思議に思い、そのペンの行き先をついつい見守っているのだが。
「おい、ティメル……。」
そう名前を呼ばれた時、ティメルは嫌な予感しかしなかった。そしてこの嫌な予感というものはたいてい当たるものだから不思議である。
「何を書いたらいいんだ……」
便箋から顔をあげたデーセオと目が合ってしまった。目を逸らしたいのだが、この状況で目を逸らすということは非常にわざとらしい。むむむと唸りながら、ティメルもデーセオをじっと見ていた。そして、深く長くため息をつく。
「デーセオ様、屋敷に戻りましょう。それが手っ取り早いかと」
「嫌だ」
「そのような、子供のような我儘をおっしゃらないでください。デーセオ様が屋敷に戻れば全てが解決するのです」
「嫌だ。彼女にこの顔を見せることはできない」
「でしたら、いつものようにフードをかぶればよろしいではないのですか?」
「それも嫌だ。フードをかぶるとレーニスの顔がよく見えない」
子供か、とティメルは思った。いや、子供の方がまだマシだ。自分の気持ちに素直に行動してくれるだけ子供の方が、この遅れてやってきた初恋を拗ねらせている図体がでかくて怖い顔の竜騎士よりもよっぽどマシである。そしてこれが、秘境の竜騎士と呼ばれ竜騎士部隊をまとめている部隊長なのか、と。秘境ではなく卑怯の間違いではないのか、と
「でしたら。レーニス様の手紙を読んでどう思われたかを書いてみればいいじゃないですか」
ティメルも適当に提案することにした。何を書いたらいいかわからないって、子供の宿題の絵日記ではないのだから、とツッコミを入れたい。
「もしくは。そうですね。レーニス様は飛竜にご興味をお持ちのようですから、デーセオ様の飛竜について教えてあげたらいかがですか?」
「なるほど。飛竜についてか。それなら書けそうだ」
子供の作文かよ、と言いたいティメルだがその言葉を飲み込んだ。デーセオがそうやってレーニスと歩み寄ろうとする姿は悪くはないことだ。ただ、その歩み寄り方がおかしいだけで。
「ああ、そうだ。ティメル」
羽ペンをまだ一行しか走らせていないにも関わらず、デーセオは顔をあげた。
「やはり、隣国の動きがどうもおかしい。何がおかしいかと問われると、まあ、答えられないのだが。嫌な予感がする、というか。まあ、なんとなくそんな感じだ」
この上官は、そういうところがある。理論的ではなく直感的に物事を感じる力。この直感的な力が優れているから、このなんとなくを放っておくこともできない。
「わかりました。探りはいれさせます」
「頼む」
隣国に探りに入るのは、ティメルがまとめている魔術師小隊だ。魔術を用いて、難なく隣国に入り込み、そしてそこに溶け込む。そこの国民になりすまし、さりげなく情報収集という流れ。
「こちらは、北の砦の守りを固める」
「という言い訳をして、まだ屋敷には戻らないつもりですか?」
「言い訳ではない。事実だ」
と声を荒げるところは怪しいのだが。




