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24.不器用な竜騎士(2)

「なっ……」


 野暮なことを聞いたな、と我ながら思ったティメル。解呪のために手に入れた娘であったはずなのに、たった数日で絆されたな、と。そして、この上官が初恋を拗ねらせているような感情にあることもわかっている。恐らく、己の気持ちに自分自身がついていくことができないのだ。


「五月蠅い。お前はさっさと戻れ」


 こうやって刺青をいれたような顔を真っ赤にしながら怒鳴ってティメルを遠ざけようとすることは、ずばりと核心を突かれたということだ。そして、彼女をそう思ってくれていることに、ティメル自身もなぜか顔が綻ぶような気持だった。

 あのレーニスという女性は、あの神殿の中にいる女性の中で誰よりも聖女であったのだ、とティメルは思っている。それはデーセオの命令でレーニスという女性を探っていたときに得た情報によるもの。


「はいはい。口うるさい部下はさっさと退散いたします。ですが、もう一つだけ」


「なんだ」

 デーセオの口調は荒い。変なことを聞くな、という威嚇。


「レーニス様が、手紙を書いてもいいかとおっしゃっておりましたが。よろしいですか?」


「手紙?」

 赤く染めた顔を覚ますかのように、冷静に呟くデーセオ。


「ええ。レーニス様もデーセオ様に、いろいろとお伝えしたいことがあるのだとか」


 手紙か、と口の中で呟く上官の様子をじっと見ているティメルだが、これは良い兆候だぞとも思っている。少なくとも興味は持っている。だから、ダメとは言わないはずだ。


「ああ、手紙くらいなら、いいだろう」

 何を偉そうに、と思っているティメルだが、そう偉そうに口にしているデーセオの顔が緩んでいることに気付く。

 こじらせている初恋なのか、遅れてきた思春期なのか、言いたいことはたくさんあるがそれをぐっと堪える。


「承知しました。レーニス様にはそうお伝えしておきます」

 追い出されたティメルは、屋敷へと戻ることにした。ティメルは宿舎と屋敷の両方に部屋がある。デーセオの下で仕事を行うのが基本だが、今朝方のように飛竜の様子に何かあったときはあちらの宿舎で一夜を明かすこともある。


 ティメルが屋敷に戻ると、すぐにサンドラに見つかってしまった。


「ああ、ティメル様。旦那様は?」

 この屋敷に務めている使用人たちは優秀すぎる。一番、この屋敷の主人がぽんこつなのではないだろうか。


「宿舎の方に泊まるとのこと」


 これ見よがしに盛大にため息をつくサンドラ。誰だってそう思う。


「何か、あったのか?」


「いえ、奥様が。旦那様はいつ頃お戻りになられるのかということを、何度も確認しておりましてね。どうやら、数日は戻ることができないと、奥様にはおっしゃっていたらしく」


 その話はティメルもレーニスから聞いていたので知っているのだが。


「今、奥様に会うことは?」


「ええ。問題ありませんよ。ご案内いたします」


 自分の気持ちに素直になればいいのに、それを難しく考え余計に複雑化させているような上官。ただのエロ親父の方が数倍もマシだ、と悪態もつきたくなる。


「奥様」

 サンドラが自室で休んでいるレーニスに声をかけると、部屋へ入ってくるようにという声が中から聞こえた。


「あら、ティメル」

 ソファにゆったりと座って、何をするわけでもなくただ休んでいるように見えたレーニスは、昼前に会った時よりもその顔には疲労の色が濃く表れているように見えた。

「飛竜の様子は?」


 覚えていてくれたのか、という思いがどこかにあった。


「ええ。奥様がおっしゃった通り、昨日、何やら変な物を間違えて食べてしまっていたようです。それを取り除いたところ、鱗の色も元通りになりました」


「まあ、よかった」

 少し、顔色が良くなったようにも見える。サンドラが静かに二人の前にお茶を置いた。そして、話の邪魔にならないようにと少し離れた場所に立っていた。


「それから奥様。旦那様から伝言を預かってまいりました」


「何かしら」

 レーニスの顔が少し輝いたようにも見えた。


「手紙。そちらを読む時間はあるとのことです」


「あ、確認していただけたのですね」


「ええ。旦那様も忙しい方ですが、奥様からの手紙は楽しみにしている、とのことです」

 口八丁手八丁という言葉がティメルにはよく似合う。と思っているのは、離れたところで話を聞いているサンドラ。そしてもちろん、心の中では悪態をついている。この屋敷の主人に。


「手紙は私が預かって、責任をもって旦那様にお届けします」


「ありがとう」


 彼女の顔から疲労の色が消えたようにも見えた。そして、お茶を飲むその姿はどこか嬉しそうにも見えた。

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