14.竜騎士の居城(2)
「お疲れのところ申し訳ありませんが、すぐにドレスを合わせたいのですが、よろしいでしょうか」
「あ、はい。え、と、サンドラさん」
「サンドラとお呼びください。レーニス様。今は結婚の前ですので、お名前でお呼びいたしますが、結婚後は奥様と呼ばせていただきます」
「あ、はい」
サンドラのその宣言は、ここの奥様として自覚を持ちなさいと言っているようにも聞こえた。
「レーニス様、こちらに」
サンドラに連れていかれた場所は、衣装部屋と呼ばれるような部屋であった。ずらりとドレスが並んでいるが、このようなものをレーニスは今まで見たことが無い。
「こちらのドレスは、レーニス様と結婚が決まった後に、すぐに旦那様が手配されたものになります。レーニス様がどのようなものがお好みであるのかわからなかったので、とりあえず流行りの物を取り揃えました。こちらのドレスもレーニス様の体型に合わせて、お直しさせていただきます」
「はい」
こんなにもの色とりどりでたくさんのドレスを、どうやって毎日着こなしたらいいのだろう、とレーニスが思ってしまうほどの量であった。しかもこれを、レーニスがこちらに来るということを知ってから手配したとのこと。その気持ちが少し嬉しいとさえ思える。
「結婚式のドレスはこちらになります」
たくさんのドレスが並んでいる中、一番奥に丁寧にかけてある純白のドレス。
「では、失礼します」
いつの間にか控えていたたくさんの侍女によって、レーニスは着ているものをはがされ、その純白のドレスを身に着けていた。
「少し、緩いようですね」
サンドラの視線がレーニスの胸元をとらえているようにも見えてしまったため、レーニスは小さな声で「すいません」とつい、謝ってしまった。するとそれには思わずサンドラも「ぷ」と吹き出してしまい。
「すいません、レーニス様。そのような意味で口にしたわけではございません」
と謝る始末。
「レーニス様は、全体的に小柄でいらっしゃいますから」
手際よくサイズを合わせ、必要な個所に針を刺していく。今の会話で、少しこのサンドラと心の距離が近づいたようにさえ思える。
「あの、旦那様はどのような方ですか?」
レーニスが尋ねると、サンドラの手が少し止まったように見える。それから何事も無かったかのように再び忙しそうに手を動かし始めた。
「とてもお優しい方ですよ」
まるで決まり文句のようにサンドラが答えた。お優しい方、それはレーニスもそう思っていた。何しろ、力を失って禿エロ親父に売り飛ばされようとしていた彼女を、お金を払って救い出してくれたのだから。少なくとも、あのデーセオは禿親父ではないことだけは確かだった。鬱陶しくくらいの髪の毛でその顔を隠していたのだから。
「そうですね。今、お会いしましたが。そう、思います。ですが、その、お顔を拝見できなくて」
するとまだサンドラの手元が止まった。
「旦那様は、顔にお怪我を負ってしまい、それ以降、あまり人前では素顔を晒さないのですよ」
「そうなのですね。失礼なことをお聞きしました」
「いいえ。旦那様に興味を持っていただけて、嬉しいです」
あら、もしかしてレーニスは本当にこの領主の嫁として受け入れられているのだろうか、と思った。
「あの。旦那様がどうして私を、その、相手にお選びになったかというのはご存知ですか?」
またサンドラの手元が止まる。何か考えているのだろうか。
「いいえ。詳しくは存じ上げないのですが。戻ってきた途端、その結婚の話を急に口にしまして。今まで周囲が口を酸っぱくしながら言い続けても、結婚のけの字にも興味を持たなかった旦那様が、自ら結婚したい女性を見つけてきたのかと思いまして、ここの使用人をはじめ、民たちも楽しみにしております」
今の話を聞く限り、デーセオという男はここの使用人や領民から好かれているらしい。少なくとも、あの禿エロ親父のパエーズ卿よりは何百万倍も良い話なのでは、と思えてきた。
「レーニス様。終わりました」
「あ、はい」
「ですが、レーニス様は痩せすぎです。もう少し、しっかりとお食事を取られた方がよろしいですね」
指摘され、レーニスは神殿での生活を思い出す。食事はきちんと食べていた、つもりだが。それにフォッセ家に引き取られてからも、食事を抜かれるようなことはしなかった。そこだけは感謝しなければならないことだろう。
「レーニス様。呆けている時間はございません。挙式までお時間がありませんので。まったく、旦那様も何ももう少しゆとりをもって予定を立ててくださればいいものの。女性には準備が必要であることを知らないのではないのですかね」
というサンドラの愚痴を聞くのも悪くはない。




