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なんだよ。ちょっと間違えたくらいでそんなに怒鳴らなくてもいいじゃん。①


「さて、答えてもらおう。アエル・ホーミス。君には話す義務がある。そして、僕には知る権利がある。絶対的価値観というものを共有しようじゃないか。今……ここに集中するだけで見えるものがある。これは僕の理念なんだ」


 知り合ったばかりのトレノ・ダ・ヴァレスタは、腕を組みながら言った。

 若翠色の髪から覗いた眉根に皺を寄せて、けれども口は滑らかに動く。


「そんなの。僕がお前の言うことを聞いてやる義理なんて……ないん、だからな!」


 アエルは無意識に胸の前で拳を握っていた。

 トレノは口を開きかけて、そのまま止まる。

 指先だけが意味ありげに動いていた。


「まず前提として、アエルのその構える感覚、僕は正しいし健全だと思う」


 トレノは大きく頷いて、次にその両手を小さく広げる。


「だからこそ君の、意見を聞きたいんだ。うまく言えてないかもしれないけれど、直感でわかるんだよ」


 アエルには、その仕草がすべて演技にしか見えなかった。

 まるで言い方を変えればなんとかなると思っているようですらある。

 口を開かずに観察していると、彼の視線がちらと揺れ、アエルとぶつかった。


「あー。腕が痛い」


 今度はこれみよがしに肘をさする。

 アエルの手にも、まだしっかりと関節技をかけた感触が残っていた。


「謝らないぞ。お前が、なんかすごいまずい水飲ませようとするからだ」


 そっぽを向いて、視線を逃がす。

 この部屋は、普段見慣れた自分の寝室よりもよっぽど広く、なんだか整っていた。

 寝台にも戸棚にも、何かの植物の彫刻が施されていて、丸卓の上には陶器の水差しが置いてある。


「わかったわかった。ラム酒を飲ませようとしたことは謝るよ。君にはまだ早かった。あれは大人の飲み物だ」


 トレノは諦めたように手を振り、椅子の肘掛けにもたれて頬杖をついた。

 態度は悪くなったが、胡散臭さは消えた気がする。


「僕だって大人だぞ。まずいものはまずいってわかるんだ」


 アエルも背もたれに寄りかかり、足を大きく動かして組んで見せる。

 トレノはその威厳を感じたのか目線がわずかに下がり、法衣の裾をじっと見ていた。


「そうだった。君は初見で空気を握れる美しいレディだった。落ち着いてて、ちゃんと芯がある。話をしてくれるなら、空いている部屋の寝台と価値交換というのはどうだろう。信用っていうのは一番代償がかかるからね。僕も、そこはちゃんと誠意見せなきゃと思ってる」


 どこか遠回りな言い方を聞き流していたアエルは、「寝台」という言葉に背中が伸びた。 

 綺麗な織物で包まれた寝台は、穴が空いて藁が飛び出ることもなく、寝転がると沈み込みそうだった。


「え、寝台で寝ていいの?」


 トレノの表情は変わっていない。でも今は、どこか照れたような笑みに見える気がした。


「まず最初に話、次に寝台。そういう約束にしよう。僕も君の部屋には入らないよ」

「なんだよ、しょうがないなあ。まあ、聞いてやってもいいんだからな」


 アエルは組んだ足を元に戻し、両手を膝の上に置く。

 トレノはそれをずっと見ていたが、少し間をおいて、優しく口元を緩ませた。


「今はただ、事実の共有をしたいだけなんだ。それで――聖女について知りたい」


 やけに輝いている目に比べて、トレノの声は落ち着いていて滑らかだった。


「こういう話は、触れる機会を見極めるのが大事なんだ。これは、知ってるかどうかで人生の選択肢が根本から組み替わる話だよ」


 ほんの一瞬アエルを意識して、でもすぐに目を伏せて、何気ない雰囲気をまとわせる。

 そんなトレノの様子を確認しながら、アエルは反芻する。


 ――聖女って、だれ……


 トレノの声に熱がこもるほどに、滑稽な芝居を見ている気分になった。


「聖女のことなんて、僕が知るわけないんだぞ」


 アエルは余った袖を引っ張った。

 ちらりと名残惜しげに寝台を見る。


「アエル。見落としてはいけないんだ。宿屋の主人は聖女と言った。信じてみてくれ。僕はその意味を察知できる男だ。周りがどう思うかより、自分がどう生きたいかを軸にすべきなんだ」


 トレノは胸の前で手を重ね、声の強さに合わせて握りしめる。

 爪の先が白くなっていた。

 アエルは今使うべき言葉に思い当たるものがあった。


「知らないおっさんの言うことなんて、どうでもいいんだぞ」


 唐突にトレノは立ち上がり、小さな棚から何かを取り出す。

 そして、アエルの前の卓にバンッと置いた。

 ただのわら紙で、何も書かれていなかった。


「いいか、アエル。聖女という呼び方は、車輪教本来の教義には登場しない。少なくとも僕が信じる、権威主義派の教えには。――そこでは、厳密な手続きを経た、列聖された聖人だけが存在する」


 トレノはわら紙に、権威主義派と羽ペンで書き殴り、その近くに銀貨を置いたうえで、聖人と書き足した。

 アエルでも、なんとなく聖人は権威主義派の人なんだなというのがわかる。


「その代わり、新大陸で広まっている原理主義派では、聖人そのものを認めないんだ。祈りの対象は神であるべきだ。なんて言い方をしている。……でも、そんなの馬鹿げてると思わないか。どんなに否定しても、偉大な人間はいなくならない」


 今度はわら紙に原理主義派と殴り書いて、銀貨を置いたうえで、ただの人と書き足した。

 原理主義派に聖人はいない。と言いたいことはわかった気がする


「僕は考えたんだ。聖女って呼び方は、それを認めるしかない原理主義派が、聖人に代わる存在として独自に生み出した、神聖な敬称なんじゃないかって」


 ただの人。そう書いてある文字に横線を引いて、聖女と書き直した。

 アエルはトレノの顔に視線を上げる。

 なんだか興奮しているのか赤みを帯びていた。


 ……これ、わら紙に書く意味、あった?


 大した話ではなさそうで、アエルは気を緩めた。

 両手を頭の後ろに回して、背もたれにもう一度寄りかかる。


「なんだ、そういうことか。そういうのはさ、教会の人に聞けよな」


 大きなあくびをひとつ。

 窓の外は当然のように暗かった。


「アエル。ずばり聞きたいんだ。君は……原理主義派の教会の人間なのか」


 トレノは銀貨を財布袋にしまうと、なぜかわら紙をアエルに差し出す。


「え……いや、僕は。教会とか……あんまり……行ったこと。か、通わない派なんだよ」


 アエルはなんとなくわら紙を受け取り、そのまま卓の上に戻す。

 バンッと、トレノが卓に手をついた。その音に、思わず手を引く。


「それはつまり、君は何にも縛られない。自由に行動ができるってことなのか?」


 ふたりの視線が絡み合う。

 アエルには、なぜトレノがそこまで興奮するのか、ぴんと来ていなかった。

 教会に行かないことが、こんなに褒められて良いのだろうか。


「なんかよくわからないけどさ、僕は冒険者だかんな。だから自由なんだぞ」


 アエルは自然と胸を張る。


「冒険者なのか! いや、待て。ただの冒険者? あり得るか……そんなこと。アエル。君はもしかして、既に誰かと契約をしているのか?」


 トレノは両手を口に当てて跳ねた声を無理やり落とす。


「契約ってなんのことだよそれ。パーティなら……まあ、さっきまで入ってたけどさ。……今の僕は、ソロの冒険者なんだからな」


 アエルは後ろに手を隠す。


「ソロ……。いや、そこじゃない。君は、探索認可……いや、免許なしだろ。アエル。まだ資格は持っていないんだよな?」


 トレノは卓に身を乗り出して詰め寄った。


「も、持ってないけど……そ、そんなのなくたって。僕は強いんだからな。お前なんか、ぎったんぎったんにできるんだからな!」


 突然――アエルの視界が真っ暗になる。

 卓を乗り越えたトレノが、アエルに抱きついていた。

 立ち上がることも押し返すこともできず、足をばたつかせる。


「素晴らしいよ、アエル。その話を聞いただけで、道がひらけたんだ。僕は君のことを知りたい。いや、知らなくてはならない。なぜならこれからは――君を中心に世界がまわるからだ。僕にはわかる」


 声の響きに、感情の重みが混じっていた。

 アエルを放してからも、トレノは椅子に戻ることなく部屋の中を歩きまわる。


「な、なんだよそれ。……というか、僕がすごいことは、当然のことだし。べつに、普通のこと言ってるだけじゃんか」


 緩みそうになる頬を見られないように横を向いた。

 すると、また唐突に、両手をがしっと握られる。


「聞かせてくれ。聖女の偉業について詳しく知りたいんだ。どんな奇跡が起こせるのか。人々を癒やしたりとか」


 瞳にじっとりと滲むなにかがあった。

 まさに真剣そのもので、アエルの手が汗で湿る。


 ――だから、聖女って……だれ?


「も、もちろん知ってるけど。……く、詳しくは言えないんだからな」


 アエルは褒められたばかりで、知らないと言うのが恥ずかしくなった。

 なにより、常識のように語られているのだから。


「黙っていることは、隠してる側に加担することになる。……いいか、裏で全部決めているやつは、気づかれないように得をしているんだ」


 まるで秘密を打ち明けるかのように、耳元で囁かれる。


「聖人の偉業は公開されることに価値がある」


 トレノの顔が近くにある。


「アエル。君ほどの人が、搾取される側に甘んじてはいけない。見えてる世界が狭すぎるんだよ。僕ならそれを広げられる――もう知っている側の人間だからだ。さあ、やつらのことを話すんだ」


 信じたいと思えるものが、ついに見えた気がした。

 小さく頷くトレノの顔には、冗談や悪ふざけは混じっていない。

 ただ、決意を宿していた。


「そうだ! 僕はもっと評価されるべきなんだ! クライドのやつも、僕がすごい魔法を使えるって、全然わかってなかったんだ」


 トレノは口元を隠して、嗚咽のような声をあげる。


「いいぞ、アエル。信じるというのは心の呼吸なんだ。止めた瞬間に人は死んでしまう。僕なら受け止められる。さあ、どんなことがあったのか、言ってくれ」


 アエルの肩が優しく叩かれる。

 それに応えるように、椅子から立ち上がり声を上げた。


「聞けよ、トレノ! ほんとありえないこと言われて! で、なんかもう……絶交だったんだ。幼馴染だったのに、ほんと、ばかだったんだぞ!」


 肩で呼吸をする。

 それでも何かが足りなかった。


「ん? え、おさ……え? いや、そういうことではなくて。……たとえば、なぜ資格持ちの冒険者じゃないかとか、なんかないか?」


 トレノが何を聞きたいのかはわからない。

 でも、アエルは言いたいことに手が届いた気がした。


「みんなさ、僕がすごいって、ぜんっぜん認めないんだぞ!」


 身体の重さが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

 そこに、トレノの声がじんわり染み込んでくる。


「うん。そうだろう。そうそう、そういう話だ。それで、具体的な話はないのかな。人々を助けたりとか、癒やしたりとか」


 アエルはトレノに促されるまま椅子に座った。


「街に来たばっかの頃さ、ペストとかいう病気を治してやったんだ」


 顎先を上げてトレノを見上げる。

 しかし彼は黙ったままアエルを見ているだけだった。


「は? なんだよ、それ。トレノまで僕のこと疑うつもりかよ」


 トレノは口に手を当てたまま動かなくなっていた。

 瞳が動き、何かを考えているようにも見えない。


「……まさか。すまない、アエル。少し祈らせてくれ」


 そう言うと、戸棚から車輪が象られた首飾りを取り出し、ひざまずいて口づけを落とす。

 ひとしきり熱心に祈りを捧げると、トレノはすくっと立ち上がった。


「信じよう。僕は……君の言葉を信じる。そしてわかってしまった。君は、間違いなく聖人と呼ばれるべき人物だ。さあ、聞かせてくれ。君が成し遂げた奇跡の瞬間を」


 アエルは水差しから注がれた水を受け取った。

 中身を確かめるように覗き込む。

 透明な液体が波打つように揺れていた。


 それは、どこかで見たことのある海の波のようだった――


「本当に街に来たばかりのときで、家もまだ借りてなくて、仕事もなくて、困ってたときに、海兵が仕事があるって言って、僕を港に連れてったんだ」


 アエルが目をつぶると、当時の海の光景が蘇る。

 季節は今と同じ頃。眼の前に広がる海には空の青色が映り込み、風が吹き抜ける、気持ちがいい日だった。

 連れてこられた岩が転がるような港の外れに、ぽつんと帆船が係留されていた。


「マストが三本ついた、お尻が教会みたいになってる、村なんか入りそうなくらい大きい船だったんだぞ」


 港の外縁に漂う姿は異様だった。

 風に晒されながら、遠くからでも簡単に見つかるほどの存在感を放つ、荘厳な船尾楼。

 船団の中核。本土と新大陸をつなぐ航路の主力船。巨大なガレオン船だった。


「そのときは僕も知らなかったけど、病気になった人をそこに集めてたんだよ」


 船尾楼と岸は粗いロープで繋がれて、それが唯一外界と接触する手段となっていた。

 治療をする術はなく、罹患者がただ死に絶えるまで隔離する。海の上の監獄。

 アエルが連れてこられたのは、そんな場所だった。


「君は、そこに入ったのか……」


「入ったんだぞ。僕一人で、看病する仕事をしてこいって言われて。無理やり船に投げ込まれたんだ」


 アエルが見たのは、虚ろな目をした人の群れだった。

 船室の中で、みな何かにすがるように虚空を仰いでいた。

 うめき声のような祈りが響き。

 視線は天井に阻まれる。

 光は差さず、薄暗い中。血の膿を流して這いつくばる。


「トレノは知らないかもしれないけれど、みんな人の形じゃなくなるみたいに、ひどいことになるんだ」


 桜色の髪が、倒れる人をかき分けながら歩いた。

 まるで死など知らないかのように。

 息絶える間際の水夫に語りかけ、手足を触り。

 そして、緑の光が皮膚を包みこんでいく。


「……そうやって、……ペストを。なおしたんだな」


「そうなんだぞ。三週間も船に閉じ込められたんだ。ずっと治してまわってさ」


 人は増え続けた。

 甲板では魚を干すように人が並べられ、広場のような場所も簡単に埋まった。

 寝る場所も歩く場所もなく、ただ人が投げ込まれる帆船の中で、桜色の髪は一人で癒やし続けた。

 朝日が昇る前から。日が沈んだ後も。


「それなのに、報酬がなかったんだ。僕はすごく頑張ったんだぞ! すごい冒険者だって噂されてもいいのに、全然そんなことないし」


 語り終えたアエルの手は震えていた。


「……言葉もない。というのは、こういうことだよ」


 呟かれた声は小さく部屋の中に溶けていく。


「そうなんだよ。みんな僕の実力がわかってないんだ……」


 あのあと、クライドも、ネルウェンも、ジェイスキンも。

 アエルを家に迎え入れてくれた。


 褒めてくれたのは、三人だけだった。

 ……唇が震える。


「僕だって。ちゃんと、頑張ったんだぞ……」


 法衣の裾を握りしめる。


「……ありがとう」


 トレノは車輪の聖印を持っている手をひたいに当て、天井に阻まれている空を見上げた。

 つられて見上げても、何もなかった。


「アエル。僕は……、君がどんな人物なのかがわかったよ。たぶんまだ気づいてないのかもしれないけれど、君は自分の存在だけで周りに影響を与えられる人だ。他の人には見えないだけで。そして僕には見えた」


 声の調子は平坦で、でもどこか底に力が宿っている気がした。

 ゆらゆらと動かしている指先を見ていたら、視線を感じて目が泳いだ。


「そんなの。……今さら言われても、知らないんだからな」


 なんでか見られているのが恥ずかしくなり、浮いたかかとが勝手に揺れる。


「そうかもしれない。でも、僕は気づけたよ。君のあり方には、もっとふさわしいものがあると思う。権威主義派の教えが一番近いんじゃないか。どうだろう。一緒に、信仰を集めないか」


 手がくっと握り込まれる。

 トレノは話しながら、ゆっくりと近づいてきた。


「なんだよ。突然宗教の勧誘かよ。僕はそういうのは駄目だって言われてるんだぞ」


 見上げるトレノは燭台の明かりを背負って、背後が光って見えた。


「大丈夫。僕の話に耳を傾けた人も、みんな最初は同じ顔して断るんだ。でも結局は――成功しない理由は選ばない。アエル……」


 膝をついて、手を重ねられる。

 若翠色の頭が見えた。


「僕が免許を出そう。僕の……僕の――資格持ち冒険者になってくれないか」


 まるで、どこかで見た宗教画のようだった。

 その絵では、跪いた天使が女性に夜明けを告げていた。

 光と影の差がはっきりと描かれて、美しくも、劇的で――


 作り物めいていた。


「……なんだ、知らなかったんだな。しょうがないなあ。そういうのはな、偉い人が出すもので、トレノにはそんなことできないんだぞ。ちゃんとそういうこと知っておかないと、恥かくんだからな」


 アエルはため息をひとつ。

 指を一本立てて説明する。


「まいったな。僕は焦っていたみたいだ。ほら、アエル。これを見てくれ」


 すっと立ち上がると、戸棚から一枚の封書を取り出してみせた。


「見たぞ。なにそれ」


 折りたたまれていて、中身がわかるはずがない。

 赤い封蝋が押されているが、顔を寄せないと印章の形も見えないのだ。


「土地特許だ。僕は新大陸の土地の所有者で、これからは仕組みを動かす側の人間になるんだ」


 弾んだ声が部屋の中に広がる。


「何言ってるのか、全然わかんない。そんな赤い蝋のついた紙がなんになるんだよ」


 赤色が部屋の色彩から浮いて見える。

 なんとなく、それがアエルにとっても大切なものである気がしていた。


「これは未来だ。僕には権利があるっていうことだ。アエル。もう一度言うよ。僕の冒険者になってくれ。僕はもう……動き出しているんだ。あとは君が――来るだけだ!」


 疑える余地のない口調だった。

 言葉の波にさらわれる。

 音に合わせて心臓が揺れる。

 指の先まで血が滾る。


 よくわからない。

 でも、確かだった。


「――わかった」


 口にしたら、決意が体中に馴染んできた。


「なるぞ! 僕は資格持ちの冒険者に――なる!」


 椅子から立ち上がって、お腹に力を入れる。


「クライドはバカなんだ。こんなすごい僕を追い出したこと、後悔させてやるんだ」


 認めさせてやらなきゃ、気がすまなかった。


「そうだ。クライドにも、誰にでも、君を見過ごしたやつに思い知らせてやればいいさ」


 柔らかく包み込むような肯定が、アエルの背を押した。


「――でも、いいか、アエル。準備している人にしか機会は掴めないんだ。怒りのその先を見ないといけない。クライドのことなんてすぐに終わる。いや、もう終わっていると言っていい。だって君は、もう資格を手に入れたんだ。これからは、僕のためにその力を使うんだ」


 心地の良い言葉に、アエルは素直に頷いた。

 自然と顔がほころんでいく。

 ぽふんっとまた椅子に腰をおろした。


「じゃあトレノ、ちゃんとなにするか考えておけよ。僕が本気出すなら、失敗は困るんだからな」」


 背もたれに寄りかかり、足を組む。


「明日からは、君にもしっかりと働いてもらうからな。人に任せるには大きすぎる仕事があるんだ。手続きをしに総督府についてきてもらうよ」


 トレノは土地特許の封書を丁寧に戸棚に戻していた。

 ものの道理をわかっていない様子に、アエルはあご先を上げる。


「明日は冒険者ギルドに行くんだぞ」


 前に聞いたことがある手続きの話を思い出していた。


「冒険者ギルド? 必要か? 君は僕と直接契約を結ぶんだよ」


 いぶかしみながら椅子に座る。またわら紙を持ち出して、何やら走り書きを始めている。

 アエルは文字が書かれていくのを目で追った。


「トレノの仕事をすることになるから、冒険者ギルドを抜ける必要があるんじゃないのかよ。僕は知ってるんだぞ。資格を手に入れられるときは、冒険者ギルドに行かなきゃいけないんだ」


 わら紙に手を伸ばす。

 総督府と書かれたすぐ下に指を置いて、とんとんと叩いて書けと促した。


「必要なことはなんでもやるさ。アエルに意味があるなら、そうするだけだよ」


 片眉を上げながらも、トレノは冒険者ギルドと記した。


「僕は冒険者の古参なんだからな。明日、ちゃんと案内してやる」


 静かに、でも確かに、夜はふけていった。




アエル「何度言われても謝らないからな。お前が、なんか、ブクマも評価もせずに閉じようとするからなんだぞ。自業自得なんだからな!」

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