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僕は褒められて伸びるタイプなんだぞ。もっと褒めろよばかやろう!①

新しい話が始まります。あらためて、よろしくお願いします。

※告知画像みたいな挿絵からどうぞ。

挿絵(By みてみん)



 銀行からの帰り道。なんとなく、足元の小石を蹴った。

 ころころと跳ね返り、茂った蔦の根方に転がっていく。


 アエルは、ふらりと後ろを振り返る。

 何かがあったわけではなく。

 もしかしたら、大きな失敗をしたのかもしれなかった。


 夕凪の時刻。

 風は止まり、でも空は高かった。


「アエル!こっちにいるよ」


 通り沿いの塀に、夕陽が差し込んでいた。

 焼けた土色の煉瓦が、眩しいくらいの澄んだ赤に変わっている。

 貫くような白残像が視界の真ん中に滲んで、なんだか周りが穏やかで、曖昧なものに塗り替わっていく。


 路の先で聞こえた呼びかけに、ゆるりと振り向いた。

 知っている声なのだ。


「あー……。ネルウェン。久しぶりじゃん……」


 赤色に照らされて、細くて長い影が落ちていた。

 見慣れた顔と声に、ほっと安堵する。


 ネルウェンは、田舎から一緒にこの街へ出てきた幼馴染のひとりだ。


 整えられた藍色の髪に、一房混じる白い色。

 灰色の上着は丈が長めで、身長がアエルより少し高く見えるのは、服のせいだと思っている。


 ふわふわ揺れる厚い前髪が顔を柔らかく覆っていて、その奥から優しげに弧を描く瞳がアエルを撫でる。

 でも、決して甘いわけではない。

 いつも、なにか確信めいたことを知っていて、説得されていないのに、納得させられてしまう。


 そんな、空気みたいな、風みたいな人で。


 無理に踏み込めないけど、離れたくはない。

 友達というのは、たぶん、そんなものなのだろう。


「ふふっ。久しぶりって……。朝ごはん、一緒に食べたんだけど。もしかしたら、アエルの一日は……子供の頃みたいに長いのかもね」


 ネルウェンの頬が緩んでいる。

 安堵がそのまま声になったみたいで。

 アエルは石畳を勢いよく踏んで、ネルウェンの影の中に降り立った。


「そうだった。なんだよネルウェン。家で待っとけよな」


 手を上げて、胸を張って、少しだけ背伸びをする。

 余った袖がくたんと垂れた。


「……うん。なんだか遅いし、迎えにきたんだよ。それで……カストリオ・ヴァレリはどうだった?」


 アエルは少し空を見上げた。

 広いはずの空には、大きな雲が一つだけ浮かんでいる。

 強盗も、金庫が持ち去られたことも、アエルの失敗ではないかもしれない。


「……ま、まあ。そんなのどうでも……。それよりさ、今日会った人なんだけど――」


 大きな雲の頭には、うさぎの耳みたいに風に流された薄い雲が重なっていた。

 どうしようもなく、空色のリボンを思い出してしまう。

 アエルは、まさか自分が女の子に間違われるとは思ってもおらず。

 恥ずかしいよりもおかしくて……


「アエルらしいなあ。大丈夫だよ。きっと、みんなアエルが成功するかも、なんて思ってなかったんじゃないかな」


 それこそ雲みたいな、綿みたいな。

 柔らかい何かで無理やり包みこまれたような返事だった。

 ……それはそれで、酷くない?


 ネルウェンは一度口を閉じ直してから、ひとつの路地を指さした。


「アエル、今日はこっちの道にしない? 今、家にヴォルフガングが来ててね。騒がしい所に行くこと、ないと思うし。ほら、夜風が気持ちよさそうじゃない?」


 その道は港に続いている、幼馴染たちと住む家とは方向が違う、遠回りなものだった。

 風の吹かない十字路に、白い一房が揺れる。


 けれども、アエルの視線はネルウェンの口元を追っていた。


「ヴォルフガングって……あの、あいつじゃん!? え、ほんとに?」


 アエルの声が、隙間だらけの石畳から跳ね返る。

 湿った空気が少しだけ肌に重く貼りついた。

 つま先にくいっと力を入れて、距離を詰めると。

 ネルウェンは首元に手を添えて、軽く顔を逸らす。


「……ああ、うん。そのヴォルフガング……かな」


 アエルは、厚い前髪のかかった目を覗き込んだ。

 いつもと同じでゆっくりと弧を描いている。


「見たい。別に、ちょっとだけだし……。いや、顔だけは見ておきたい」


 日干し煉瓦から照り返された赤暮れが、アエルの瞳に映る。

 ネルウェンは口元を柔らかくしたままだった。


「力になってあげたいけれど……ね? 玄関を開けたら鉢合わせだし……。ほら、どこかから覗くわけにも、いかないし。ちょっとだけ、難しいからさ」


 路地にならぶ家々の壁に窓はなく、ただ視線を跳ね返して、影を地面に落としている。

 アエルは半歩だけ身体をずらし、ネルウェンの影から足を踏み出した。


「じゃあさ……、ふつーに中に入って、ネルウェンが軽く話してるのを、後ろで見てるだけとかも、だめ?」


 ネルウェンの言葉が途切れる。

 アエルは服を自然と掴んでいた。

 クイッと……法衣の裾が少しだけ持ち上がる。


「うん……駄目」


 ネルウェンの口は、優しく緩んだままだった。

 虫が鳴らしていた雑音が高まり――途切れた。


「じゃあ、ネルウェンは、僕たちが、あいつに……ヴォルフガングに滅ぼされてもいいのかよ!」


 鳥が羽ばたき、虫を咥えたまま、アエルの横を飛び去っていく。


「ぷふふっ、滅ぼされる、って……うん、ちょっと強いよね」


 アエルの首に汗が一筋流れ落ちる。


「ヴォルフガングは、何か悪巧みがあって家に来たんだろ。ネルウェンは気にしないわけ?」


 太陽にさらされた地面はまだ火照っていて、ゆらりと空気が揺れている。


「クライドが、ひとりで話を聞くっていうから、出てきちゃったんだよ。ごめんね。あとで、クライドに聞いてみようね」


 ネルウェンは一歩も動かずに。

 アエルはもう少しだけ路地の中心に踏み込んだ。


「今知りたいんだよ。ヴォルフガングが、今まで仕事をくれてた――資格持ちの冒険者なんだろ。冒険者ギルドの、偉い人なんだろ? なんで僕たちは仕事が貰えなくなったわけ?」


 いつの間にか早口になっていた。

 くぐもった声は抜けていかず、十字路の中にとどまっている。

 アエルはもう一度、ネルウェンの目を見上げた。


「仕事ができなくなった理由が知りたいんだよ」


 ネルウェンは――ちゃんと、笑うのを止めた。


「うーん。……そうだね。ヴォルフガングの考えていることは、わからないけれど。……やっていることは、想像できるかも――しれないね」


 首元に手を当てて。そして一度だけ夕陽を見上げる。

 厚い前髪に隠れた瞳がまたアエルを映すころには、口元はもう一度ほころんでいた。


「やってることって?」


 ネルウェンはアエルの問いかけに小さく頷きながら、なにげなく日陰に誘い込む。

 日干し煉瓦に蔦が巻き付いていた。葉は、複雑に伸びている。

 ひとつの葉っぱに手を伸ばしても、別の蔦に絡まり、取れなかった。


「僕たち冒険者はね、資格持ちの冒険者から仕事を貰えばいいだけだから、本当は、ヴォルフガングに頼らなくても、いいはずなんだけど……」


 アエルはそのまま動きを止めて――

 目をしばたきながらネルウェンに向き直る。


「でも……」


 ネルウェンは肩から力を抜いた。


「他の資格持ちの冒険者にも……断られちゃったね。たぶん、ヴォルフガングが手を回したんじゃないかな」


 アエルは腕を組んだ。

 下を向いて、上を向く。


「同じ資格持ちの冒険者なのに、ヴォルフガングの方が偉いってことかよ」


 石畳の角を、何度かかかとで蹴りつけた。


「確かに偉いのだけれど、この場合は、ちょっと違うのかもしれないね。ヴォルフガングが偉いっていうよりは、ヴォルフガングに資格を与えた人が偉いんじゃあ、ないかな」


 頭を左右に振りながら考える。

 桜色の髪の毛が顎下をくすぐり、アエルは両頬を手で覆った。


「それって何か違いがあるのかよ」


 ネルウェンは口元に手を当てて、少し言葉を探す。


「ヴォルフガングはね、資格を持っているけれど、貴族でもないし、お金持ちでもないし、別に、すごく強いわけでもないと、思う。うーん、身内贔屓かもしれないけれど。クライドと、同じくらいなんじゃないかな」


 ネルウェンはちらりと、幼馴染たちと一緒に住む、家がある方角を振り返った。

 アエルもつられて顔を覗かせる。

 夕陽に沈む街しか見えなかったが、偉そうな口調の幼馴染の顔が浮かんだ。


「じゃあ、僕の方が強いじゃないか」


 ネルウェンが軽く息を吹き出した。


「なんだよ……」


 アエルは足元の雑草をつま先で掘る。

 余った袖がぷらりと揺れた。


「ふふっ、アエルの方がヴォルフガングより強い。うん、……それでね。でも、アエルは、ヴォルフガングから仕事をもらってるなら──言うことを聞かなきゃいけないっていうか……資格があるかないか、その違いで今の立場が決まってるよね」


 アエルは眉根を寄せて聞き入った。

 そして、「資格があるかないか――」という言葉に、鼻から短い息が漏れる。


「そうだぞ。資格なんかなければあんなやつ、ぎったんぎったんなんだからな」


 アエルは……声には出した。

 しかし、ネルウェンに見られる前に口を固く閉ざす。


「……ごめんね、アエル。ちょっと、遠回りになっちゃってる。指を見てるとわかりやすいかも――まず、ひとつめ。資格持ちの冒険者は偉くない。――ふたつめ。資格を与えた人が偉い。――みっつめ。資格を与えた人にも、偉さに順番がある。ここまではいい?」


 ネルウェンは指を振りながらアエルを見る。


「うーん、なんだかいつもの、得意げな顔になってきてるね……」


 アエルの顔に夕陽が差す。

 目にはしっかりと赤い光が映っていた。


「そもそも、資格ってなんだったか、聞いてやってもいいんだからな」


 すっと、また日陰の中に一歩進む。


「ああ、そっか。――探索認可免許状。って。……えっとね。土地を探索――まあ、冒険してもいいですよっていう、そういう許可証。……それでね、土地の開拓って、本土の王室……えっと、王様からその土地を買った人がするんだよね。だから、もし勝手に入ったら、冒険者でも密猟とか、盗掘とか、そんな扱いになっちゃう。他人の家に入って、壺を割って、コインを持っていったら、それは泥棒でしょう?」


 アエルは腕を揺らすのをやめていた。

 まっすぐに、説明しながら動くネルウェンの手を追っている。


「僕たちは、資格がなくても冒険してたよ?」


 ネルウェンは、空中を歩かせていた二本の指を止めた。


「うん……してたんだけど。そっか。えっと、アエルが資格をもってなくても、大丈夫だったんだよ。ヴォルフガングが……仕事をくれた冒険者が資格を持ってるから。僕たちは代わりに冒険してただけで……見つけた、動物とか魔物の毛皮も、角も──どれも僕たちのものじゃなかったようにね。報酬は、ヴォルフガングからもらってたからさ」


 もう片方の手で二本の指を柔らかく包み、そっと下げる。

 吐き出す息は大きかった。


「ヴォルフガングが独り占めしてたのかよ」


 アエルは目をつぶったまま、首をかしげる。


「ふふっ。ヴォルフガングも、人を雇ってるだけなんだ。冒険者が、僕たちが見つけたものは、全部ね。その……土地の権利を持ってる人が手に入れるんだよ。ヴォルフガングは大金を受け取って、冒険を仕事としてやってるだけで、でもひとりじゃ広すぎて歩き回れないから、そのお金で僕たち冒険者を集めるんだよ」


 港の方角から空の向こうに、硬く突き刺さるような楽器の音色が通り抜けていった。

 アエルはこくこくと、何度か頷いてみせる。


「アエルには、ここまで聞いて不思議に思うことが――あったかもしれないね」


 ネルウェンは指先でそっと前髪を払った。

 目元はいつものように緩んでいた。


「不思議に思うこと?」


 アエルはネルウェンの目を見ながら、前髪を払った。


「うん。土地ってさ、すごく広いから。だからね、この街から遠い場所の権利を持ってる人もいる。そうすると――この街の冒険者は、きっと雇わないんじゃないかな」


「そういえばそうかも」


 ネルウェンが言い終わるまもなく、頷いていた。


「だからね。資格持ちの冒険者を探しても、それほど多くはないのかな」


 アエルはひょいと振り返る。日干し煉瓦の壁と、隙間だらけの石畳。

 とくに、何もなかった。


「ちょっと、話を整えるとね。――この街を仕切っている総督府という場所がヴォルフガングに資格を与えた人で。――それもあって、ヴォルフガングが探索しているのは、この街の近くということもあって。――この街に住んでる冒険者をたくさん雇ってて。――他の資格持ちの冒険者は、ヴォルフガングの言うことを、……聞いちゃってるのかも。しれないね」


 アエルは大きく息を吐き出した。


「やっぱり、ヴォルフガングが悪巧みをしてる。すっげー迷惑じゃん」


 ネルウェンは口を開けて少し考えてから、話し始めた。


「そうだね……。いい街なんだけどね。海が近くて、風が心地よくて。――そこから、離れる必要がないから、ずっとここにいるし、この街に住んでるのかな。本当は、この街で暮らすなら、ヴォルフガングから仕事がもらえるのが。前みたいな生活が、できるんだけどね……。ちょっと、難しくなっちゃったね」


 口元は笑っているのに、その瞳はどこか静かだった。

 ネルウェンは、太陽の高さを確かめて、アエルに視線を戻す。


「アエル。夜の海の風って、気持ちいいと――」

「やっぱ、見に行こう!」


 アエルはくるりと回って、夕陽が照らす石畳の上に躍り出た。

 白い法衣が赤く色づき。ふわりと揺れる。


「……え?」

「ネルウェン、行くんだぞ。ヴォルフガングを確かめてやるんだからな」


 ネルウェンは首元に手を添えた。


「……そうだ。船を、見たくない? クライドの邪魔になるし……今日は――」


 アエルはいたずらを思いついた子供のように、笑った。


「大丈夫だって。僕にも考えがあるんだからな――ほら、こっちから見にいこ!」


 アエルは家の裏手に向かって駆け出した。


「……ネルウェン、早く!」


 揺れる桜色の髪が、路地にまた長い影を伸ばしていく。






 夜の風が一筋、吹いた。







 静かで冷たい空気が漂っている。

 壁ばっかりの通りは日干し煉瓦の色で埋められていて、窓はなく、家の壁なのか、ただの塀なのか、見分けはつかない。

 それでもアエルは目当ての場所を迷うことなく見つけると、道端に置かれた木箱に身を乗り上げた。


「ちょっと待って、アエル。塀を登るなんて、危ないよ。人に見られたら恥ずかしいし、そう思わない?」


 臆病な声色に一度だけ視線を向けて、アエルは木箱を足場に、塀の縁に飛びついた。

 しっかりと、手に感触がある。

 そのまま駆け上がるように足で押し上げると、ふわりと法衣の裾に風が通り抜けた。


 少しだけ息を止めて、


 身体は塀の上まで持ち上がっていた。


「ほら……こ、こんなの、余裕なんだからな。ネルウェン、ほら、その木箱使って! 僕が引っ張る……のは無理だから、早く登って!」


 ネルウェンは周囲の人気を気にしながら、するりと塀の上まで登った。


「アエル。今日だけだからね、ほんと、こういうのはしないって、約束してくれる?」

「……わかったよ。……もう」


 溜めていた息をふっと吐き出す音がした。

 そして、いざ――と。塀の内側を見下ろす。

 暗いせいか、なんだか随分と高い気がした。


「……アエル、ほら。音だけは出さないようにしようね。夜だから、響いちゃうかもしれない」


 ネルウェンは一度塀にぶら下がってから地面に降り立った。

 しょうがないので、アエルも臆病なネルウェンに合わせてみせた。


 ――トンッ。


 長くなった雑草が、アエルを優しく受け止めた。

 少しだけ揺れた視界に、割石が不規則に敷き詰められた石畳と、その中央には小さな井戸が見える。

 整えられていない中庭は、朝にアエルが見たままの状態だった。

 ぐるりと見回せば、中庭を取り囲むように、塀と、あとは小さな建物が三つ、軒を繋げて建っている。

 日干し煉瓦の壁と、小さな窓。そして赤土の瓦が並んだこじんまりとした屋根。

 一階建ての、普通の貸家。

 左側の、無理やり押し込んだように扉が四つ並んでいる建物が、寝室。

 右側の、壁が一部だけ開いていて、そのまま入れるようになっている小屋が作業場と物置。

 正面は調理場と食卓部屋。窓からは踊るように明かりが漏れていた。


「――ではないのかな」


 風に乗って声が届く。

 それはあまり大きいものではなく。

 それでも低く通る声だった。


 なにかに、引き寄せられるように、身体が勝手に動いていく。


「……仕事の便宜もしようではないか。君たちも生活に難儀しているのだろう。これほどまでに追い詰められているのは、健全であるとは言い難い」


 窓から何を覗き込んだのかが、わからなかった。

 見えているはずなのに、理解ができない。

 聞こえているのは、誰の声でもない。


 不思議な高揚感と。

 ……背徳感。


「君たちは苦労をしているだろう。――そして認めよう、それは私の決断だ。私には、鍵を持つ者としての責任がある」


 その男はただ、部屋の中央に立っていた。

 何かに抗うでもなく、従うでもなく。


 ただ、そこにあるだけで――圧倒していた。


 乱れぬように撫でつけられた銀髪はただ、真っ直ぐに。

 示し合わせたような正しさを、装う必要もなく身体の奥から生み出している。


 硬く厚い布で織られた肩の張った上着は、姿勢を正すための装具のように体に沿っていた。

 腕を組まない。胸も張らない。

 ただ直立するその形が、周囲の空気に筋を通していた。


 この男がいる。


 それを証明するように。

 蝋燭の炎は形を保てず。

 音は揺らぐ。

 そして、影に沈んでいく。


「惑わされず、正しき道を、多くの者に導きを示すこと。それが、力を持つものの使命ともいえるのだ」


 銀の男に対峙する者がいた。


 何かの言葉を告げようと、口を開く。

 出てくる言葉は――反論か、もしくは同意か、提案か。


 しかし、それは……


 この場では――許可されていない。


 理解でも納得でも、命令でもなく。

 ただ、それは事実だった。


 銀の男が視線を向ける。


「もしも――」


 そして、そのひと言で。

 対峙する者の口から、言葉が紡がれることはなかった。


「君の手が届く範囲に数多の扉があったとしてだ、それは君が勝ち得た自由ではない。ただ見えているだけの迷いの数だよ」


 銀の男は嘲笑うように続ける。


「扉に鍵をかける――これが、救済の手なのだ」


 そして、静かに手を持ち上げた。

 つま先から頭まで。まっすぐに伸びた姿勢のまま。

 肘は柔らかく曲がり、しかし揺るぐことなく静止する。


「――まあ、選択肢はないかもしれないが、君が決断する自由くらいは与えてあげよう。もし、君が理解できているのであれば、納得くらいはできるのではないかな」


 影が飲み込むように。

 小さく耳鳴りのような音が鳴る。


 アエルは何かに呼ばれたように扉の取手に手をかけた――



アエル「ざーこ! お前なんてな、お前なんてな、星5個くらいつけてくれないと、もう、なんかすごいことになるんだからな!」

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