プロローグ
後から追加したプロローグですが、本編とはあまり関わりがない文章です。
物語の始まりは、次の章にご期待ください。
「――時間だ。首を切り落とせ!」
観衆が集まる王都の広場で、一人の海賊がその人生を終えようとしていた。
真夏の日差しの中、鉄の留め具は赤くなった肌に押し当てられ、木製の首枷には容赦ない陽光が照りつけていた。
処刑人は彼の名を告げず、ただ極悪人だとして石を投げさせた。
石が鈍い音を立てて首枷や地面を打ち、誰もが言われるままに罵声を浴びせる。
しかし海賊は、頬の傷を引きつらせながら、不敵な笑みを浮かべた。
観衆のざわめきが一瞬だけ止まる。
処刑人が研ぎの甘い斧を構える。
海賊は天を仰ぐ。
観衆は息を飲む。
「……魔法だ」
広場の空気が止まった。
しかしその声は、風に乗ったかのように遠くまで届く。
「いいか、お前ら。これが魔法だ」
どこからともなくざわめきが広がる。
気付いた者から声をあげ、水面に雨が落ちるように波紋が広がる。
皆、空を見上げていた。
空は青く、地平の彼方に高く昇った雲が見えるだけ。
――しかし、確かに降ってきた。
反射する光がきらめき、熱せられた石畳に触れると、すぐに溶けて消える。
「新大陸で、魔法を手に入れろ!」
海賊の声が大きく響く。
だが観衆の首は反ったままだ。
「金も、王家も、神も。もう今の社会は終わりを告げた!」
処刑台に繋がれたまま、最期の言葉を告げる。
「世界のすべてが、手に入る!」
鈍く光る斧が振り下ろされる。
悲鳴もなく、断末魔もない。
この日、処刑が行われたことは王室の公式記録には残されなかった。
ただ、一文だけが記されている。
――真夏の王都に、雪が降った。
この噂はまたたく間に広がる。
雪と共に語られた海賊の言葉は、人々の胸を高鳴らせた。
誰もが新大陸を目指すようになる。
海賊の名は誰にも知られないままだった。
ただし、彼は世界で知らぬ者のない男となった。
多くの船乗りたちが、権力者たちが、国が、貧民が、我先にと新大陸を目指し、次の時代の覇者となるべく立ち上がった。
この日から世界は変わった。
魔法を巡る争いと夢が、すべての海を満たしていった。
大魔法時代の幕開けだ。
――それから、二百年後……
大きな世界には似つかわしくない、小さな少年の、小さな恋の物語が始まる――




