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7. 馬路先輩の誤解

一部馬路まんじ先生の著作「底辺領主の勘違い英雄譚 ~平民に優しくしてたら、いつの間にか国と戦争になっていた件~」より、著者様の許可を頂戴したうえで引用しております。

 カーテンから差し込む朝日が目に染みる。

 志倉は自室のテーブルで、馬路先輩に借りた小説――ずたぼろ令嬢を読みながら泣いていた。

 ずたぼろ令嬢の主人公、マリーの境遇が可哀想で泣いているのか、それとも自分が振られて泣いているのか、もはや分からない。

 夜通し読んだためか、目の下には隈ができている。

 はたから見たらひどい顔だろう。

 

 するとコンコンッと部屋のドアからノックの音がした。

 

「志倉? 大丈夫? 話聞きにきたよ」

 

 平野の声だ。

 昨日あの後「また振られた(´;ω;`)」と泣き顔の顔文字付きでメッセージを送ったからだろう。

 今日は休みだから、放課後の恋愛相談もない。

 そもそもそれまで自我を保ってられる自信もなかったので、休みでよかったと思っていた。

 それを察してか面倒見がいい平野は、心配して様子を見にきてくれたらしい。

 サッと涙を拭って、声をかけた。

 

「入っていいよ」

 

 ガチャッとドアが開くと、平野はギョッとした顔をした。

 

「なに、その顔!? 美少年が台無しじゃないの」

 

 平野はかけ寄って、ハンカチを優しく志倉の顔にあてた。

 そしてずたぼろになった志倉の顔と、手にしているずたぼろ令嬢を交互に見やる。

 

「あれ、それずたぼろ令嬢じゃん。志倉が恋愛小説読むなんて珍しいね?」

 

「馬路先輩に借りた。そしたらこのヒーローみたいな男じゃないと、駄目だって……。僕こんな王子様みたいになれないよ」

 

 再び項垂れる志倉を、平野は優しくぽんぽんと慰めた。

 

「あー……、キュロス様は精悍なイケメンなのに、実は剣の腕最強の肉体派だもんなー。志倉とはちょっと違うよね」

 

 そんな設定あったっけ? と首を捻った志倉だが、確かに彼は志倉とは違う。

 それもちょっと違うどころか、かなり違う。

 ちょっとと言った平野は、傷心の志倉のため気を遣ってくれたに違いない。

 

「ま、でも志倉には志倉の魅力があるしさ。馬路先輩もイケメン好きなら、まだチャンスあると思うよ?」

 

 イケメン好きかどうかは分からないが、美少年だから振られたんだと言おうとしてやめた。

 自ら傷を抉りかねない。

 

「いや、僕のこと平野と付き合ってると思ったらしい。一途じゃないと駄目だって」

 

「あー……そうなっちゃったか」

 

 平野は額に手を当てて、天を仰いだ。

 彼女も予想外だったらしい。

 まさか自分が関係しているとは、思っていなかったんだろう。

 それも志倉が思った中で一番悪い結果に、志倉は思わずつぶやいた。

 

「最悪だ……」


 そもそも志倉は平野のことは幼馴染ではあっても、恋愛対象としては考えたことはない。

 しかし放課後二人きりで話をしているというのは本当だ。

 それも志倉から話を聞いてもらっているのに、自分の都合でやめるというのも言いたくなかった。

 

 だから馬路先輩の言うことは半分正しくて、しかも譲れない。

 八方塞がりの志倉に、平野は苦笑いしながら話を変えた。

 

「でも志倉はあたしのせいにしたりしないんだね」


「何で? 平野は別に悪くないだろ」


「あんたいい奴だね」


 褒められたというのに、志倉の気は一向に晴れなかった。

 

*****

 

 

 週明けの昼休み、平野は一人で温室を訪れた。

 志倉から今日は一人で食べると聞いているから、ここには来ない。

 

 温室の扉を潜ると、振り向いた馬路先輩は目を見開いた。

 まさか平野が来るとは思っていなかったんだろう。

 

「君は……」

 

 平野は驚く馬路先輩の様子にも構わず、口を開いた。

 

「平野です。馬路先輩にお願いがあるんです」

 

 馬路先輩は心当たりがあるように、平野を見据えて言い切った。

 

「志倉くんのこと? ボク別に志倉くんとは何もないよ」

 

 馬路先輩は本当に平野と志倉が付き合ってると思っているらしい。

 でも平野にとっては、それはどうでもいいことだった。

 

「志倉のことは馬路先輩の好きにしていいです。っていうか馬路先輩、もうあいつのこと好きですよね?」

 

「えっ?」

 

 完全に不意をつかれた様子の馬路先輩は、ちょっぴり頬を染めている。

 その様子に平野は、図星だと確信した。


「私に嫉妬してたそうじゃないですか。志倉といつも一緒にいるって」

 

「そ、それは……」

 

 馬路先輩はもじもじと指を擦り合わせ、視線を彷徨わせている。

 それだけでも平野の目には肯定に映った。

 

「ともかくあたしは志倉とは何にもないただの幼馴染なんで、馬路先輩が気にする必要なんてないですよ」

 

 まだ自分の気持ちに素直になれない様子の馬路先輩。

 その背中を押すように、キッパリ志倉とは何もないことを伝えた。

 

「でも……志倉くんっていつもたくさん女の子に囲まれてるよね」

 

「志倉は女子たちを無下にはしないですけど、特別仲良くもしてないですよ。一線引いてる感じで」

 

「そうなの?」

 

「はい」

 

 馬路先輩の唇はゆっくり弧を描いた。

 やっぱりそこを気にしていたらしい。

 馬路先輩の勘違いはあらかた正したところで、平野は自分の話題に移る。


「それよりあたしのお願い聞いてくれます?」

 

「なに?」

 

「黒須先輩に付き合ってる人がいないか、教えてくださいッ!」

 

 平野は頭を下げて、両手を合わせた。

 馬路先輩は意外な名前を耳にして、素っ頓狂な声を上げる。


「へ? 黒須ってあの柔道部主将の? たしかに同じクラスだけど…………好きなの?」

 

「はい。何度か柔道部に会いに行ったりしてるんですけど、ぜんぜん相手にされてない気がして……」

 

 平野は三年の柔道部主将の黒須先輩がずっと好きだった。

 柔道着姿で汗を流しながら戦う勇ましさ、そして負けても負けても挑み続ける精神力に惚れていた。

 

 短く刈り込んだ髪に、男らしい太い眉毛。

 そして彫りの深い顔に甘く垂れた目という甘いマスクが止めだったのかもしれない。

 もう好きになるしかなかった。

 

 しかしどれだけアプローチしても、なかなか振り向いてはくれなかった。

 志倉の心理学を聞いて実践してみても効果なし。

 そこで同じクラスである馬路先輩に、聞いてみようと思ったわけだ。

 

 馬路先輩は顎に手を当てて、考えるポーズをした。

 少し考えてから、あはっと笑って答える。

 

「黒須に彼女なんて絶対いないと思うよ。すごい柔道バカだもん」

 

 柔道バカ……。

 言い方は悪いが、柔道一筋ということだ。

 むしろそこが魅力なのだが、振り向いてもらうという点においては、何よりも高い障害となるらしい。

 

「インターハイ終わったら、いったん熱も冷めるんじゃないかな? その頃に告白してみたら?」

 

 意外と簡単な解決策に、平野の顔はぱあと明るくなった。

 

「はい。そうしてみます! ありがとうございました」

 

 平野は礼儀正しく頭を下げた。

 そしてチラッと顔を上げ、

 

「馬路先輩も志倉のこと、お願いしますね。相当落ち込んでましたよ?」

 

「ふぇっ!?」

 

*****

 

 平野から馬路先輩の呼び出しを聞いた志倉は、放課後に温室を訪れた。

 

「あの……平野からここに行けって……」

 

 志倉を見た馬路先輩は、口を開いては閉じ、また開いては閉じを繰り返している。

 

「…………もしかしてこれのことですか?」

 

 そう言って志倉はポケットから一冊の小説を取り出した。

 先日馬路先輩から借りたずたぼろ令嬢だ。

 数日前に貸したのに返せとは言いづらいだろう。

 

「あ、それもう読んだの?」

 

「はい。男の僕でも面白かったです。主人公のマリーがキュロス様に溺愛されてるだけじゃなくて、賢くて魅力的ですよね。あとミオが強くて、すごくいいキャラだと思いました」

 

 そう言いながら志倉は思わずふふっと笑いがこぼれた。

 泣きながら読んでたにしては、結構ちゃんと読んでいたようだ。

 思い出しては、個性的なキャラクターたちの掛け合いに笑みがこぼれる。

 

「そうそう! ミオ、お父様を羽交い締めにしちゃうしね! 二巻はもっと面白いよ〜!」

 

 ノリノリで相槌を打つ馬路先輩は、そこまで言ってからハッと気づいた様子で口を覆った。

 

「ちがう。そうじゃなくて……」

 

「??」

 

 志倉は馬路先輩が何が言いたいのか分からず、首を傾げた。

 馬路先輩は視線を泳がせながら、ゆっくりと口を開く。

 

「今日……」

 

「今日?」

 

「今日、テストがあったんだよね。志倉くんのお陰で64点だったよ! 教えてくれて、ありがとうね〜」

 

 志倉はパッと表情を明るくした馬路先輩に、にっこり微笑んだ。

 以前くしゃくしゃにしていたテストの27点に比べれば、大幅アップである。

 これでまた馬路先輩が心置きなく好きな小説を読めると思えば、志倉まで嬉しくなった。

 

「すごいじゃないですか! その点数は馬路先輩が頑張ったからですよ。僕は手助けしただけです」

 

「志倉くん……」

 

 馬路先輩は志倉の言葉に感動して、うるうるしている。

 それだけ嬉しかったんだろうなと志倉は思った。

 小説の続きをとても読みたがっていたし。

 

「ねぇ、志倉くん。まだボクのこと好き?」

 

 突然何を言い出すのかと、志倉はたじろいだ。

 頬の熱が上がるのを感じつつも、素直な気持ちを言葉にする。

 

「はい。好きですよ」

 

「今日平野さんが来てね。志倉くんとはただの幼馴染だって……ほんと?」

 

「本当ですよ。平野のことはそういう目で見たことはないですね」

 

「そっか。ボク、勘違いしてた。ごめん」


 志倉は頬を染める馬路先輩の様子に、淡い期待を抱いた。

 告白した時にはアッサリ打ち砕かれた期待。

 もう一度抱いていいのかと、口を開く。

 

「馬路先輩。……僕はあなたが好きですよ」


「他の子よりも?」

 

「はい。馬路先輩だけです」

 

「えへへ。うれしー」

 

 馬路先輩の頬が緩んで、目尻が下がる。

 頬はピンク色に染まって、本当に嬉しそうだ。

 …………つまり。

 

「ボクも志倉くんが好きみたい」

 

「ぇ…………いいんですか?」

 

 美少年は無理と言っていた。

 それも二回告白して二回とも断られている。

 それでも志倉のことを好きになってくれたというのだろうか。

 

「うん。志倉くんがいい」

 

 志倉は胸が歓喜で泡立つのを感じた。

 何度も好きだと思って、もう駄目かもと諦めかけたこともあった。

 けれど馬路先輩はちゃんと応えてくれた。

 好きだと言ってくれた。

 志倉はまた泣きそうになった。

 

「先輩、手にぎってもいいですか?」

 

「いいよ」

 

 一歩ずつ近づいて、そっと手を握る。

 馬路先輩の手は柔らかくて、そして暖かい。

 

「嬉しいです。僕、馬路先輩のこともっともっと知りたいです」

 

「うん。いっぱい一緒に遊ぼう」

 

「はい。僕にエスコートさせてくださいね」

 

「うん。宜しくお願いね? また勉強も教えてほしいな」

 

「もちろんです。なんでも言ってください」

 

「なんでも?」

 

「はい!」

 

 馬路先輩はニチャアと笑った。

 その笑顔に一瞬引きそうになった志倉は、なんとか思い止まった。

 それからいっぱい馬路先輩に振り回されるのは、また別のお話。


作中では書きませんでしたが、二ヶ月後黒須先輩に告白した平野もハッピーエンドになると、私の頭の中では出来上がっています( ̄ー ̄ )(書けよ)

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― 新着の感想 ―
[良い点] だぁあああっ! やられたぁっ! 柔道部主将の方だったか! 何かあるキャラだろうとは思っていましたが、こう来るとは。 >「あとミオが強くて、すごくいいキャラだと思いました」 志倉君、きみと…
[一言] 温かくて優しくてなんて素敵な作品なんだ!志倉くん良かったね!と読んでいたのに、最後のニチャアに全て持っていかれました。 最高です。
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