73話 『姉観戦:チョコレートVSアメリカン』
カサバは、腰に巻いているベルトのバックルを掴んだ。
バックルの上部には爪先程の小さな液晶画面が付いており、数字の『5』が表示されている。
これは、星屑英雄の残り数だ。
「ファイブ……フーム」
芹沢を殺したが、カウントダウンされていない。
運営は既に機能していないのだろう。
カサバはバックルから手を離し、次に、レンのタブレットを起動させた。
画面には星屑英雄の現在地が示してある。
表示されているのは三人。
まず今この場に二人。カサバ自身と死んだ芹沢である。
そして遠くにもう一人。レンでは無い。『レンのせくちーヒーローチャンネル』の配信動画では、このタブレットにレン自身の位置は表示されていなかった。
「REN……マア、気長に探して殺すカ……」
カサバは、スターダスト・バトルの『最後の一人』になる事に拘っていた。
報酬金はもう出ない。本当に願いが叶うとも思っていない。
ただ、一度足を突っ込んだものを中途半端なまま終わらせるのが、どうしても我慢できないのだ。
たとえ何年掛かろうとも、レンを見つけ出して殺す。
これは彼の偏執な性格がそう行動させるのである。
だがとりあえず今は、レン以外の超能力者を殺してしまうのが先だろう。
残りカウントは五人。
ということは、タブレットにはレンを除く四人分の場所情報が表示されるはずだが、実際に映っているのは三人分のみ。計算が合わない。
映っていない一人は、テルミの先輩である蕪名鈴なのだが、カサバがそれを知る由も無い。
もう発信機ごと死んでしまったのだろうか。
それとも、発信機だけを壊して生き残っているのか。
分からない。
後で運営……いや元運営に乗り込み、聞き出すしかあるまい。
とにかくまずは、場所が分かる超能力者から殺しに行こう。
カサバが今いる位置から、数キロ先に表示されている一人。
この超能力者は、一体誰なのだろうか。
「Probably……Chocolate……」
カサバが警戒すべきだと思っていたのは、レンとチョコレートガールの二人。
ネットで確認出来る報道によると、チョコレートガールはカラテガールと戦い手負いの状況らしい。が、生きて逃亡中。
タブレットに映っているのは、傷を癒すため隠れているチョコレートガールである可能性が高い。
「~~♪」
カサバは鼻歌混じりでスマホを操作し、チョコレートガールと思わしき人物が潜伏している場所の、周辺情報を調べる。
地形条件を確認し、どう戦おうかという作戦を立てているのだ。
ある程度算段がついた後、カサバは小さく呟く。
「KARATE Girl……」
カラテガールが絡んで来たというのは、カサバにとって懸念事項である。
あのヒーローと戦うつもりは無い。理由が無い。
むしろ戦いたくない。
カサバは躊躇なく人を殺すが、別に殺しが大好きというわけでは無いのだ。
出会わないように祈っておこう。
カサバは十字を切った。神を信じてはいないのだが。
ついでにナチス式の敬礼もしておいた。ナチスを崇拝してはいないのだが。
そして盗んだバイクで走り出すために、駐輪所へと向かうのであった。
◇
数十分後。
「あーらら。犯罪者同士で戦っちゃってるわね。仲良く出来ないのかな、あはは。やれやれー殺し合えー!」
と、どことなく悪役っぽい笑い方をしているヒーロー、キルシュリーパーこと真奥桜。
彼女は今、海のド真ん中。
海面を凍らせ、その上に立っていた。
「泥人間VSアメリカ人かぁ。これは見物ね、あはははっ」
超能力で視力と聴力を強化し、数キロ先の海岸に広がる廃港を眺めている。
そこでは、スターダスト・バトルの数少ない生き残りである二人が戦っていた。
「なんなの……なんなの!?」
一人はビキニ水着姿の褐色少女、チョコレートガール――黒井千代である。
右手が上腕途中から失われおり、応急処置として巻かれた布が血に染まっている。
「なんなの! なんなの! の! なんなのなんなのなんなの!」
彼女は焦り、わめいていた。
片方しか残っていない腕を振り、見えない敵からの攻撃を避けようとする。
「ソ~リィ~、ガール。HAHAHAHA!」
もう一人は、テロリストのカサバ・コナー。
彼はチョコレートガールから付かず離れず、きっかり三百メートルの距離を保ち物陰に潜み、双眼鏡を片手に狙撃していた。
もうスターダスト・バトルは潰れたので、戦いの見栄えを気にする必要はない。なので、彼が本当にやりたかった『遠くから隠れて攻撃する』を実践しているのである。
ただし狙撃と言っても銃では無い。
警察から奪い取った銃もあるが、銃弾が少ない。
そもそもチョコレートガールに弾丸は効かないだろうから、火薬の無駄だ。
カサバが今やっているのは、正確には投石と述べるべきか。
その辺の小石を拾い適当に宙へ放り投げると、空気が震え砲台代わりとなり、石が銃弾のように飛んでいく。
そして三百メートル先のチョコレートガールへと当たるのである。
空気が震える……彼の能力は、『物を振動させる』力。
石の威力はさほど強く無く、中途半端にチョコにめり込み、体内に留まる。
チョコレートガールには何のダメージにもならないのだが……泥砂がこびり付いた石であるため、
「気持ち悪いのー!」
と、なる。
完全に嫌がらせ攻撃であった。
競技ライフルには、『三百メートル先にある、直径一メートルの的に当てる』という種目がある。
カサバはそれが得意だったこともあり、一応の目安として三百メートルという距離をキープしていた。
ただしライフルと違い標準器は無い。
それにカサバの投石は数十メートルも進むと、空気抵抗で速度も軌道もヘロヘロになってしまう。
それらの要素を計算してチョコレートガールへ当てるため、競技とは比べ物にならない技量が必要。
つまりは技術と算術を使った、全力の嫌がらせなのだ。
「あー! あー! やめてなのー!」
チョコレートガールの体に、石のつぶてがどんどんめり込んでいく。
痛くも痒くも無いが、とにかくウザい。
「あ、熱い! 熱いのー!」
石に混じり、熱せられたパチンコ玉が一つ、カラテガールの左手に当たった。
これは遠くからの投石ではなく、何故かすぐ近くにある焚き火の中から飛んできたようである。
「もー! なんなの誰なの、許さないの! の!」
チョコレートガールは体内から石と砂を排出しながら、叫び、走る。
右腕を失ったばかりでバランスが取りづらい。
体を大きく揺らし、水着がズレる。
しかし整える余裕は無いため、上半身は裸同然になってしまった。
周りの褐色とは違い、日焼けしていない白い胸が露わになる。
が、怒っているため気にしない。
「殺すの! カラテガールより先に殺すのーーお! 隠れてないで出て来て欲しいの、お願ぁ~い!」
チョコレートガールからは、カサバの姿が見えていない。
左腕の指をチョコレートに変え、石が来る方に向かって飛ばした……が、途中で地面に落ちる。
体から分離したチョコレートを操作するには、有効な距離があるのだ。
「オッオ~ウ。三十ヤード」
その有効距離は、配信動画等からカサバが概算していた距離とほぼ同じであった。
「なんなの! なんなのなの!」
チョコレートガールは、とにかく投石主の元へ向かって走る事にした。
全身をチョコレート化するには多大な体力が必要なため、今はあくまでも二本の足で進む。
「Come on」
という呟きに反し、カサバは投石を続けながら逃げ、あくまでも三百メートルという距離を維持した。
チョコレートガールは乳房が丸出しであるが、カサバはそれに性的な興味を示さず、双眼鏡で冷静に標的の様子を観察する。
「右手……演技じゃなく、本当に失っちゃってるみたいダネ。液体の能力なノニ」
あの右腕について、カサバはネットで確認済みであった。
カラテガールの念力で潰されたとの事。
「ソシテ、左手にはヤケド痕ダ……」
先程、熱せられたパチンコ玉が当たった部分である。
「ドロドロに溶ける体だケド、傷付ける方法は有ル。ソレにカノジョはチョコレートの体積を増やせるケド、損傷した部位の代わりには出来ナイ……」
カサバは『予想通り』とばかりに頷いた。
それを遠くから見ている桜は、
「あら、なんだか企んでるみたいねーテロリスト」
と、呑気にポップコーンを食べていた。
「でもあの外国人……死刑囚のコナーさん。一定の距離を保ってる一方で、まるで居場所をわざと教えてあげてるような無意味な投石。あからさまに『どっかに誘導してる』ってカンジだけど」
桜は、カサバが逃げている方角を見た。
その先にあるのは……
「ああ、そっかそっかーあ!」
得心し、大きな胸を揺らしながら首を上下に振る。
「どうなるのかなー。あのブス、気付いて回避出来るかなー? 無理だろうな、だって頭イっちゃってるみたいだし。いやでも野生の勘? 的な? なんかそういうのあるかもね。こりゃー見物だわ」
そう言って桜は、いつの間にか持っていたジュースを一口飲んだ。
見物人の意見はともかく、チョコレートガールは敵を追いかけ続ける。
追いかけて、追いかけて。
段々と、石の威力が上がってきた。
投石主との距離が縮まってきたのだ。
敵は近い。
「WOW、意外と足早いネ、ガール」
カサバは慌てて移動する。
それに対しチョコレートガールは、膝や足首関節の一部骨表面を液状化させスムーズに足を動かすことで、オリンピック選手並の速度を出して追いかけた。
「みーつけたの! の!」
チョコレートガールが敵を目視確認。
大きな車の影に隠れ、石を投げ続けている。
「殺すの! 今殺すの! の! もう殺すの! 死ねなの!」
全身をチョコレートに変化させ、一気に体積を増やし、十メートルを超す隻腕の巨人となった。
敵をチョコレートで包み込み、車へ磔にし圧迫する。
「オゥガール。見つかっちゃったネ♪」
そう言ってカサバは笑顔で、チョコレートガールと対面……
しなかった。
「死ねなの死ねなの死ね……死……あ、あれれ?」
敵は無表情で無抵抗なまま、彼女の攻撃を受け続けた。
無抵抗と言うか、単に動かないだけと言うか、
「マネキン……なの?」
チョコレートガールが攻撃したのは、ただのマネキンであった。
石は、もっと先の方から放たれていたのである。
「む、む、むむむむムカツクの! 騙されたのー! のー! それに何か変なニオイがするのー! むぎいいい!」
チョコレートガールは元の姿に戻り、マネキンを蹴りながら、頭を振り回し叫んだ。
水着という支えを失っている小ぶりな胸が、かろうじて揺れる。
一方、マネキンが寄り添っている車はタンクローリーだった。
カサバがすぐ近くある現行の港から盗み、ここに駐車していたものだ。
車体上部には、無数の亀裂。
「オーゥ、計画通り過ぎて神の意思を感じるヨ。神ってのはカーネルサンダースのことダヨ。ボク好きだから、フライドチキン」
そこから更に三百メートル先までバイクで逃げていたカサバは、陽気な声を出しながら、地面に手を付けた。
タンクローリーが震え、亀裂が大きくなる。タンク内部も振動し、ガソリンが一気に揮発する。
金属が割れる音に気付き、チョコレートガールは頭上へ首を傾けた。
「んー? なんなの?」
次に、マネキンがぶるぶると震え出す。
マネキンの頭部内は空洞になっており、中に簡単な仕掛けが入っていた。
ダクトテープで直列に三本繋いである単一電池に、二本の銅線がこれまたダクトテープでくっ付けてある。
プラス側に一本、マイナス側に一本。
その二本の銅線の先は、絶縁体であるゴムのストッパーを挟んで繋がっており、全体が輪っかの形になっていた。
「Goodbye girl」
そして今、振動によりストッパーが外れ、プラス側とマイナス側の銅線が直に触れ合った。
銅線は熱を持ち、すぐ近くに設置してあったティッシュペーパーにその熱が移り、火が起こり、
「あーあ。やっぱりブスの頭じゃ気付けなかったか」
そんな桜の呟きの直後、タンクローリーが爆発した。




