64話 『姉も弟も関係無いのに巻き込まれた』
『チョコちゃんとカラテガール、どっちが可愛いと思うの? チョコちゃんだよね! チョコちゃんなの!』
『はっ、はい! チョコちゃんです!』
『ほらやっぱりそうなの! カラテガールは顔隠してるし、きっとすっごいブスなんだって思うの!』
チョコレートガールの台詞がスマホから流れる。
それを視聴している高飛車お嬢様生徒会長、真奥桜は、
「……ぶち殺す」
と、小さく呟いた。
「えっ! 何か言いましたか桜さま!?」
「……いいえ、言っていないわ。気のせいではなくて?」
「そうですか! 気のせいなのですね!」
生徒会の面々は、スターダスト・バトルの配信映像を観ている。
教師から生徒会へ、
「あの反社会的な配信を生徒達が視聴しないよう、注意喚起してくれ」
という依頼があった。
それを了承しつつも、生徒会メンバーのほとんどは、件の配信が実際どのような物なのかを知らない。じゃあ皆で鑑賞会だ、という流れになったのである。
もちろん生徒会メンバーも視聴を禁じられているのだが……教師達に内緒で、こっそりと。
結局みんな興味があるのだ。
とりあえず今アップされたばかりの、
『ヒーロー記録映像・スカイフォース No.18(VSチョコレートガール)』
という動画を再生してみる。
すると主役らしきスカイフォースというヒーローが、褐色肌の水着少女から腹にチョコレートを詰め込まれ、「がぼがぼ」と言って血肉をまき散らしながら破裂。という凄惨な死に方をしていた。
それをそのまま放送する『ノーカット版』と、編集でグロい部分をカットしたりモザイクを入れている『全年齢版』が用意されている。
桜達が見ているのは、もちろん全年齢版。
それでも女生徒達の中には、
「怖い怖い怖い~キモイキモイキモイ~」
と、声をあげる者多数。
ただそんな彼女達も、画面から目を離さないのだが。
「でもこれはプロレスみたいなものですね! 超能力プロレス!」
「そうかもそうかもそうかも。っていうかスナッフフィルムって奴かも。好きな人は見ちゃうよね」
「だからこそ難しいですよ! なんと言って生徒達に注意喚起しましょうか!? 『みなさん! 見ないでくださいッッッッ!』で行きますか桜さま!」
と元気よく提案する女子に対し、偉そうに椅子の上で手と足を組んでいる桜は、
「明日決めましょう。今日はわたくし、気が乗りませんの」
と、そっけない一言を返した。
そんな桜の態度に、生徒会メンバー達は呆れたり怒ったりすることもなく、
「やる気がない桜さまも素敵すぎる……」
と、うっとりするのである。
「分かりました桜さま! では明日、改めて話し合いましょう!」
そして会議は終了。
しかし明日だろうと明後日だろうと、桜に話し合うつもりなど毛頭無い。
「……明日までに、そのふざけたヒーローもヴィランも全滅させとくわ」
帰り支度をする生徒達には聞こえない程の小声で、桜が呟いた。
◇
「蕪名先輩がヒーローになった……のですか?」
「そうだ。突然超能力を得たのだろう? それは『星の力』に選ばれた証拠に他ならないのだよ」
テルミの同級生である芹沢参人が物々しい口調でそう言って、先輩の蕪名鈴を指差した。
彼は突然現れ、超能力について語り出したのだ。
テルミ達と同じく帰宅中らしく、制服姿である。
芹沢の説明に対し、鈴は呑気に「そうなんだー」と頷いている。
しかしテルミは、
「そ、そうでしょうか……?」
と懐疑的。
おそらく『星の力』とは無関係な桜も、ある日突然超能力に目覚めていたからだ。
「しかし芹沢くん。その星の力とはもしかして、今話題のスターダスト・バトルに出てくるヒーロー達のアレですか?」
「うん、アレだ」
芹沢は逆立っている髪を手串でかき上げ、テルミの問いに答える。
「蕪名鈴センパイは、これから選ばないといけない。星の遺志に従いヒーローとして生きるか、逆らいヴィランとして生きるか。そしてどちらを選んでも戦いの渦に巻き込まれるのだ」
「えー。別に戦いたくなーい。超能力隠して普通に生活するよー」
至極真っ当な意見を述べる鈴。
テルミも、
「そうですね、僕もそれが良いと思います。死人も出ているとニュースで言っていましたし」
と深く頷いた。
だが芹沢は腕で大きくバツマークを作る。
「否、戦わなければ生き残れない!」
「どっかで聞いたフレーズだねー?」
「センパイは今後、多くのヴィラン、そして時にはヒーローから勝負を挑まれるのだ」
再び鈴を指差す芹沢。
彼は人を指差すのが好きという、国によっては殴られそうな難儀な性格をしているのである。
一方テルミ達は、芹沢の台詞に首を傾げる。
「どうして戦いを挑まれるのですか?」
「それはだな。戦いの末最後の星屑英雄になった者は……なんと、何でも願いが叶うのだ」
「おー、何でもー?」
「願いが叶う……?」
いくらなんでも、都合が良すぎないだろうか。
テルミはまたもや疑わしい顔をした。
テルミが察した通り、これはバトル運営がついている大嘘だ。
しかし芹沢は信じ切っているようである。
芹沢だけでは無い。自分自身が不思議な力を使えるようになったという現実が、ほとんどの人工超能力者達の判断を鈍らせている。
それはつまり、芹沢も人工超能力であるという事に他ならないのであるが。
「……色々と事情に詳しいようですが……芹沢くんも、やはりヒーローなのでしょうか? 先程も空から降って来ましたし」
というテルミの問いかけに芹沢は返答せず、ただ意味深に口角を上げる。
「まっとりあえずセンパイに話を伝え終えたな。これで僕に課せられていたノルマは達成、後は自由だ」
「うんー? ノルマってどーゆー意味ー? 自由ってー?」
「それはだな……」
突如、芹沢が拳を振り上げ、鈴に殴りかかった。
「先輩!」
「おー?」
テルミは咄嗟に鈴を庇い、芹沢の拳を背中で受け止めようとした。
背後で、金属がぶつかるような甲高い音。
「おいおい危ないではないかテルミくん。危うく君を殴るところだった」
芹沢がそう言って、溜息をついた。
テルミの背中は無事である。
「しかし不意打ち失敗だ。センパイの力は厄介だな」
「ってー、なんで私を殴ろうとするのー。もー」
芹沢の拳は、宙に浮く透明の板――鈴のバリアを殴っていた。
拳も板も無事。そして芹沢の腕は、銀色に変色している。
「芹沢くん、あなたはもしや悪役……」
テルミは背中に鈴を隠すようにしながら、芹沢を睨みつけた。
鈴はテルミにしがみ付く。大きめの胸が当たっているが、気にしている場合では無い。
「違うぞ誤解だテルミくん。僕も『星の力』に選ばれた星屑英雄の一人……まごうこと無きヒーローなんだ。そして同時に、残念ながらセンパイを殺さなければならぬ宿命……」
「ええー。そんなの全然ヒーローじゃなーいー」
鈴はテルミの背後からひょっこりと顔を出し、芹沢に抗議する。
「僕も心苦しいのだが。でもやらないといけない」
「させませんよ、芹沢くん」
そう言ってテルミは素早く一歩前に出る。
同じタイミングで鈴のバリアも、時間切れなのかスッと消えた。
芹沢は特殊な能力を持っているようだが、戦いに関してはやはり素人。
家業の武術で鍛えられているテルミは、簡単に間合いへと入った。
そして、いつものようにお得意のビンタが炸裂し……
「痛っ……!?」
殴った方のテルミが、悲痛な呻き声を上げた。
「おっと、まさかキミにビンタされるとは。テルミくんの愛を感じたぞ」
芹沢は意にも介していない。
叩いたテルミの手だけが、一方的にダメージを受けた。
「まるで鉄を平手打ちしたかのようです……」
「うんその通りだよテルミくん。僕は鉄なんだ」
芹沢の肌が銀色に変色している。
彼の能力は、『体を鉄のように固くする』というもの。
「話題のニューヒーロー『フルメタルキルアーミー號骸』……テルミくんやセンパイも聞いた事がある名だろう?」
自信満々に言い放つ芹沢。
このネーミングセンスは、彼の趣味に他ならない。
今更述べるが、彼は高校生にもなって中二病を引きずっているのである。
しかしテルミも鈴も、
「えー、ごめん知らなーい」
「すみません。僕も知りません」
このヒーローの名を、聞いた事は無かった。
「そうか……うん……」
決まりの悪い表情で、内心ショックを受けてしまった芹沢。
「ええと……つまりだ、そのヒーローの正体は僕だったのだ。今は帰宅中でコスチュームを着ていないがな……という訳で!」
芹沢は恥ずかしさを誤魔化すように腕を鉄化させ、テルミに手を伸ばした。
まずはテルミを掴んで転ばせるなりして、その隙に鈴へ攻撃しよう。という作戦だ。
しかしテルミは捕まらない。鈴を庇いながらも、するりと芹沢の手を避ける。
「うぐっ……逃げるんじゃあないテルミくん」
「輝実さまーっ、危ないー」
そこに鈴の応戦も加わった。
テルミの前方に透明な板が浮き、しつこくテルミを捉えようとしていた芹沢の腕は、金属音と共に弾き飛ばされた。
「ありがとうございます先輩」
「私の方こそー、輝実さまに守ってもらってー」
「仲良くするんじゃあないぞ!」
礼を言い合う二人に、芹沢が口を挟む。
彼はバリアで行く手を挟まれた事よりも、テルミと鈴が仲良さげにしている事に怒っていた。
「不純異性交遊だぞ」
「不純じゃないよー。私と輝実さまはお友達ー」
「男女間に友情などありえんだろうが」
「ありえるよー」
話が変な方向に行きかけているが、テルミは気を取り直し、芹沢の目を直視した。
「このような馬鹿な真似は、すぐにやめなさい芹沢くん」
強い口調で説教する。
「願いが叶うだなんて胡散臭いものに振り回されては駄目ですよ。叶えたいものがあるのならば、きちんと将来を見据え、しっかりと自分の力で立ち向かっていくべきです。ここで言う力とは、人を傷つけてしまうようなものではありませんよ。自分を研鑽し、人に尊敬される。そんな力です」
「テルミくんはお母さんみたいな事を言うんだな。そういう所がキミの良い所だと思う。心に響いたぞ」
「それはどうも。ならやめて頂けますか」
しかし芹沢は大きく首を横に振る。
「僕はやめるわけにはいかないのだ。普通にしていたのでは、どう努力しても実現不可能な夢があってな。だがその願い、星の力ならば叶えてくれるかもしれない」
そう言って睨み返した。
強い信念、そして情熱が篭っている瞳だ。
テルミも少したじろぐ。
「願い……一体何を叶えたいというのですか」
「僕の願いはただ一つ。最後の一人になった時、宇宙に向かってこう叫ぶつもりだ」
芹沢は息を大きく吸った。
リハーサルのつもりで、天を見上げて腕を大きく挙げる。
そして、叫んだ。
「テルミくんを女子にしてください!」
「………………はい?」
テルミは芹沢が言った台詞の意味が分からず……いや少しだけ、なんとなく意味が分かったからこそ……苦い顔で冷や汗をかいたのであった。




