57話 『弟と先輩と流れ星と姉』
「一緒に遊びましょう、莉羅ちゃん、チャカ子ちゃん……」
「ワオオオオオオオオオン!」
チャカ子は雄叫びを上げ、震えながらテルミと莉羅の後ろに隠れた。
肝試し会場に着くやいなや、幽霊役を演じる双子の少女が、お試し感覚で驚かせてきたのだ。
「おっおおおおオバケでありんすワン!」
「……チャカ子ちゃんも……妖怪……なの、に……」
「「ごめんねーチャカ子ちゃーん。そんなに驚くとは思わなかったよー」」
チャカ子はテルミの背中からおずおずと顔を出し、双子を見た。
そして幽霊が隣の小学校に通う友人であると、やっと気付き、
「なあんだ、お二人でござりんしたワンか。おこんばんはでありんす! ワンワン!」
と言って、態度を一転し尻尾をぶんぶん振った。
気分の波が激しい妖怪なのである。
「……それより……その、顔……どうした……の?」
莉羅が双子に尋ねる。
二人の顔は、血に染まったように真っ赤になっていたのだ。
「血糊は……禁止だよ……」
「「分かってるよー。これはチャカ子ちゃんを驚かせるための、今だけのメイクだよー」」
「ワンと、ウチのために!? よく分かんないけど、ありがたいでありんすワン」
「「喜んでくれて嬉しいよー」」
「ワンワンワン!」
そんな頭が痛くなるような会話に、引率役のテルミはただ笑うしかない。
しかし莉羅もチャカ子も、この肝試し大会の目的である『違う小学校の生徒と仲良くなる』をきちんと達成したようである。
テルミは一安心し、二人……一人と一匹の頭を撫でた。
「わふん。しかし怖いでありんすワンなあ、お二人の幽霊姿」
「「莉羅ちゃんのアドバイスのおかげだねー」」
「くふふ……まんま、シャイニング……だけど、ね……」
小学生達は楽しく仲良く会話を続ける。
「ウチも修行中はよく『妖怪なんだから人を怖がらせろ!』って、先輩に教えられたもんでありワンす。今度このしゃいにんぐ戦法を真似てみるでありんす」
「「妖怪ー? 何言ってんのー? チャカ子ちゃんて面白いねー」」
「うん……そ、だね……」
妖怪であるという事は、一応隠しているはずのチャカ子なのだが、結構すぐ口を滑らせている。
何かしらの目的があって、妖怪であるのを示唆している……などというわけでは無く、ただあまり考えていないだけだ。
「「あれー。その人、莉羅ちゃんのお姉ちゃんー?」」
双子が同時に輝実を指差した。
本当に一寸の狂いも無い、同時の動きであった。テルミは感心する。
と同時に、女性と間違われて少々ヘコんだ。メンズコーデなのに。
「んーん……ねーちゃん、じゃなくて……にーちゃん……だよ」
「「うそー。そーなんだー?」」
双子は疑わしい目でジロジロと見てくる。
その視線に負けず、テルミは笑顔で双子に接した。
「こんばんは。僕は莉羅の」
「あれー、輝実さまー?」
突然背後から話しかけられ、テルミの挨拶は中断された。
振り向くと、今日の昼にも会った顔。
「蕪名先輩。どうしてここに?」
「妹達がー、幽霊役やるからー。写真に撮って来いって親に言われて来たんだー」
テルミの先輩女子。
生徒会執行部メンバーである、蕪名鈴がいた。
◇
そして肝試し本番。
場所は、とある中学校の廃校舎。
「「一緒に遊びましょう……」」
と、怖がらせる双子。
「きゃあきゃあきゃあっ!」
と、悲鳴をあげる下級生。
「ワンワンワン!」
と、悲鳴に反応して吠えるチャカ子。
「チャカ子、ちゃん……ステイ」
と、チャカ子をワシャワシャ撫でて落ち着かせる莉羅。
少々ホラーテイストに欠けるが、あくまでも子供会の行事なので、丁度良い塩梅と言った所である。
そこから少し離れた場所で、テルミと鈴は妹達を見守っていた。
「妹さんはー、桜さまと輝実さまに似て美人ですねー」
「ありがとうございます」
姉だけならともかく「輝実に似て美人」という部分が少々引っ掛かったが、素直に礼を返す。
「蕪名先輩の妹さん達も可愛らしいですね。とてもそっくりな双子で。賑やかで楽しそうです」
「いやー。二人もいるせいで、いつもウルサイんだー、これがー」
鈴は口ではそう言いながらも、妹達を大事にしているようだ。照れくさそうに、はにかんでいる。
そうやって話していると、ふとテルミと鈴の目が合った。
「…………」
「…………」
二人とも、なんとなく黙ってしまった。
お互いから目線を外し、再び妹達の方を見る。
「…………」
まだ無言は続く。
テルミは妹の様子を眺めていれば幸せなのだが、鈴の方は少々気不味い。
「…………」
しばらくの沈黙後、鈴が遠慮がちに口を開いた。
「……あのー。輝実さまー」
「はい。何でしょうか先輩」
「今日のー、掃除してる時の、あの話なんですけどー」
あの話。それは、鈴が『桜に恋している』という告白。
「変なテンションになってー、つい言っちゃったけどー……急にあんなのぶっちゃけられても、困るよねー。気持ち悪いだろうしー……迷惑だと感じたのならー、どうか忘れてくださーぃ……」
自虐気味に言ったその語末は、消え入るように小さかった。
テルミは鈴の目をじっと見つめ、
「困らないし、気持ち悪くも無いですよ」
と、人懐こい表情で言った。
「もちろん迷惑でもないです。先輩の大事な想いを、無下に忘れたりなんてしません」
テルミの真摯な瞳と台詞に驚き、鈴はポカンと口を開けた。
そして嬉しそうな顔になり、口を閉じながらテルミの傍へと一歩近づき、窓を開け空を見上げる。
「……私ー、別に女の子しか好きにならないってわけじゃないんだー。初恋は男子だったしー。でも、桜さまはそういう次元じゃないって言うかー。特別って言うかー」
テルミは鈴の台詞を聞き、出かける前に会話した姉の姿を思い出す。
特別な存在。自分にとっても桜は特別だ。
ただそれは、今話題に出た『特別』とは意味が違うのだろう……鈴の意図する所は理解できる。
「先輩は、内面を大切にする方なんですね」
「そう言ってくれるとー、嬉しいけどー……あっ」
鈴は空に手を伸ばした。
「流れ星だー」
テルミも見上げてみた。雲一つない満点の星たち。
今宵は新月。天の川がはっきりと見える。
ただ、流星は既に消えてしまっていた。
「もう遅いですよー、輝実さまー」
「そのようですね」
テルミは苦笑いし、空を眺め続ける。
「輝実さまはー、流れ星に世界平和を願ったりしそうだなー」
「世界かどうかはともかく、確かにそっち系です」
「……私はー……」
鈴はその先を言わなかった。言いたくないのだろう。
「でもー、こんなのもーロマンチックだねー」
「はい。そうですね」
「きゃあきゃあきゃあきゃあー!」
「ワンワンワンウォーン!」
「……チャカ子、ちゃん……おすわり……!」
すぐ近くでは、子供たちの悲鳴とチャカ子の鳴き声。
言う程ロマンチックでは無いのだが、そこはそれ、ロマンチックである事にしておこう。
「……輝実さまー。今日は話を聞いてくれて、ありがとうございましたー。おかげでスッキリしたよー」
二人は空から目を離し、顔を合わせた。
「これで、なんとか気持ちをふっきれそー」
「……そうですか」
ふっきるとは、つまりは諦めてしまうという意味。
テルミは考える。
鈴は、本当にそれで良いのだろうか。
しかしそう思っても何も言えない。かける言葉が無い。
中途半端な口出しは、混乱させ傷付けるだけ。
「「ねー。遊びましょー……」」
「きゃあきゃあ!」
「ワオオオン!」
「チャカ子、ちゃん……待て……!」
「おおー。私の妹ながら、すっごい怖い幽霊だなー」
鈴は、妹達をデジカメの暗所モードで撮っている。
テルミはそんな先輩を、ただ見ることしか出来なかった。
◇
「あっ流れ星ー。ねえねえ忍者、見た見た?」
「う、うるさいうるさいうるさいうるさい! こんな格好で、そんなもの見れるワケないだろー!」
とある小高い丘の頂。
今夜も、正義のヒーロー(自称)であるキルシュリーパーと悪の殺し屋グロリオサの戦いが始まっていた。
と言っても、勝負は既についている。
グロリオサは、直径七十センチメートル程のバランスボールの中に封印されているのだ。
封印と物々しく述べたが、要は桜の念動力により、ボールの空気入れ口から無理矢理詰め込まれただけである。
「お星さまにお願いしなきゃね。えっとー、宝クジで十兆円くらいおくれー!」
「そんな高額すぎるクジは無い。そもそも流れ星を発見してから間があいたし、もう消えてしまっただろう? っていうか、いい加減離してよ……息できなくて苦しい……い、いや、さっさと解放しろ馬鹿者!」
バランスボールの中では、霧化を解いたグロリオサ――九蘭百合が、不安そうな顔で体育座りしている。
毒霧で作ったクナイでボールを破ろうとしたが、桜の超能力で強化されている塩化ビニール素材は、傷一つ付かない。
ちなみにその超能力とは、『念動力と電磁場制御能力を複合させ、バランスボール素材の表面にバリアを貼る』と言ったものである。桜は着々と複雑な能力も駆使できるようになっているのだ。
「おい空手がぁる、星屑なんてどうでもいいんだよ。いつになったら、私の出番になるんだい」
地面に胡坐をかいている真っ赤な大鬼女が、怒りを含む口調で桜に声をかけた。
この鬼女の右腕には、包帯が痛々しく巻かれている。以前桜との戦いで負った傷だ。
骨折をものともせず、懲りずにまた戦いを挑みに来ているのである。
「忍者も妖怪も、どうしてしつこく挑んでくるのかなあー? あたしには敵わないって分かってんでしょ?」
桜はやれやれと言ってバランスボールに腰を下ろした。
ボールの中から「あっおいこら乗るな!」と百合の声が聞こえる。
「それにしてもさあ」
再び星空を見上げ、軽く背伸びをした。
「あの流れ星、なーんか嫌なカンジ」
第九章 完
第十章へ続く




