55話 『弟へ「愛を」告白する』
「輝実さまはー、どうして毎日掃除してるんですー? メンドクなーい?」
「掃除が好きだからですね」
「へー。奇特ー」
夏休み初日、ランチタイム後。
テルミ達は清掃部の活動、すなわちそのまんま清掃活動を実施中である。
生徒会からは四人の女生徒が手伝いに来てくれた。テルミと九蘭百合を足して、六人で掃除をするというわけだ。
三人ずつの二組に別れ、それぞれ別の場所を担当することにした。各グループの指揮者は、清掃部の部長であるテルミと、顧問教師である百合。つまりはテルミ組とちびっこ先生組に別れた形となる。
テルミ組は柊木いずなと、目の前にいる先輩女子。掃除場所は多目的教室。
いずなは現在、ゴミ袋補充のため用具室へ行っている。
残った二人は、教室内の窓ガラスを拭きつつ軽い雑談中である。
「輝実さまはー、自宅でも掃除よくやってるのー?」
「はい、毎日やっています。掃除しても掃除してもキリがなくて、大変です」
そう返事をしながら、テルミは爽やかな笑顔を見せた。
姉が菓子のカスを落としたり、風呂上がりに濡れたまま廊下を歩いたり、雑誌類を適当に放り投げていたりと、真奥家内は基本的にすぐ汚れる。
そうでなくとも無駄に広く古い屋敷。埃も溜まり放題なのである。
だがテルミにとって掃除こそが至上の娯楽であるため、「大変です」と言いつつも、全く苦になっていないのであった。
「桜さまのお部屋もー、掃除しちゃってるんですー?」
「ええ、たまに」
本当はほぼ毎日なのであるが、そこは姉の名誉のためソフトに伝えておく。
「へー。そうなんだー」
先輩女子は、間延びした口調で頷いた。
生徒会メンバーや桜親衛隊の女子達は、後輩であるテルミに対しても「さま」付けや敬語で話しかけてくる。
だが今会話している先輩は、少々違った。
呼び方こそ「輝実さま」であるが、敬語を使ったり使わなかったり、その場のノリで適当に話している。敬語を使わないパターンの方が多い。
テルミとしても先輩達から敬語を使われるのは、どうにもむず痒い。
なので比較的フランクに話してくれるこの先輩は、接しやすく、ありがたい存在であった。
ただし、テルミが「サマ付けせずに呼んでいただけますか?」と頼んでみた時は、
「みんな輝実さまって呼んでますしー。浮いちゃうから、私も輝実さまって呼ぶー」
と返された。そこはむず痒さが残る部分である。
「蕪名先輩は、普段お掃除をされるのですか?」
テルミが先輩へそう尋ね返した。
蕪名とはこの先輩の苗字である。フルネームは蕪名鈴。
茶色がかったショートヘア。ゆったりした口調に似合う……のかどうかは諸説ある大きめのバスト。桜の胸程では無いが。
背の高さはテルミとほぼ同じ。テルミは男子高校生にしては小柄な方であるのだが、それと同じ身長の鈴は女子高校生として「高くも無し、低くも無し」と言ったところであろうか。
「私は全然やらないなー。それより輝実さまって、学校で凄く面倒見良いですよねー。こうして掃除してるしー。誰か困ってたら真っ先に話しかけてるしー。柊木さんが転んだらすぐ飛んで来て、消毒して、保健室に連れて行ってるしー」
運勢コントロール術を無意識に使える柊木いずな。
彼女はネガティブな気分になった時、ちょっとした不幸を呼び寄せてしまう体質だ。その不幸とはだいたい滑って転ぶ事。
だが『根が図太い』いずなは、不幸の直後に幸運も呼び寄せる。むしろ幸運の前フリとして不幸になるフシがあるのだが。ともかくその幸運とは、『転んだら偶然すぐにテルミがやってくる』というもの。
そしてその幸運が発動した日は、テルミの妹である莉羅のご機嫌が悪くなるのである。
「それにー、子供先生のフォローも良くやってるしー。お菓子とかも作って持って来てくれるしー。やっぱり学校だけじゃなくて、家でも面倒見良いのー?」
「そうですね。妹もいますし」
テルミは自分自身のお節介な性格を自覚している。
だが『お節介する』のが大好きなのだし、その主な対象である姉や妹も『お節介される』のが大好きなのだ。ウィンウィンの関係なので、改める必要も無い。
そんなテルミの返事を聞き、鈴は「そーなんだー」と興味があるのか無いのかよく分からない相づちを打った。
そして窓を拭く手を止め、急に真剣な眼差しをテルミに向ける。
「じゃあ桜さまの身の回りのお世話もー、やっちゃってるのー?」
「ね、姉さんの……ですか?」
テルミはぎくりとした。
姉の世話。
してる。めっちゃしてる。
朝の目覚まし時計代わりになる所から始まり、着替えを用意し、朝ご飯と昼用の弁当を作る。夜にはまたご飯を作り与え、布団を整え、やはり着替えを用意し、膝枕で耳掃除をし、櫛で髪をとく。
姉があまりにも自堕落な気分の時には、風呂で体を洗ってあげる夜さえある。添い寝もたまにある。姉の方から一方的にではあるが、就寝前のキスまでする。
しかし、これを人に言うわけにはいかない。
「あたしのイメージダウンになるから、私生活について知り合いに話しちゃ駄目よ。言ったら背骨メキメキの刑よ。そしてテルちゃんの貞操も奪っちゃうわ……やっぱ話しても良いわよ。でもその場合、法律を捻じ曲げてでも結婚だかんね」
と、姉に脅されているのだ。
そんなテルミの心を読んだ訳ではないが、鈴は、
「お世話ってのは、部屋の掃除レベルの雑務じゃなくてー。つまりー、膝枕で耳掃除したりー、一緒にお風呂入ったりー、添い寝したりー、お休み前のチューしたりー。そんな感じのアレでーす」
と、中々に核心を突いた例え話をする。
テルミは珍しく内心狼狽えたが、家業の武術で鍛えた精神力を駆使し、なんとか動揺を顔には出さずに済んだ。そのすまし顔な後輩男子を見て、鈴はニンマリと笑う。
「なーんてー。そんなわけないよねー」
「そ、そうですね……」
そんなわけあったのだが、わざわざ説明する事もなかろう。
だがまあ何とか切り抜けたようで、テルミはほっと一息……つけるかと思いきや、
「でもあんな美しくて高貴なお方が身近にいるとー、輝実さまもー、姉だとか弟だとか関係無しに、桜さまを恋い慕っちゃいますよねー?」
「………………はい?」
「だからー。輝実さまもー、桜さまをー、姉じゃなくて恋愛対象として見てるのかなーって思ってー」
「………………えっ?」
鈴が、とんでもない話題を振って来た。
テルミは手に持った雑巾を落としそうになる。
「いえ、僕は弟ですので。姉さんは好きですが、それはあくまでも……」
ふとテルミの脳裏に、桜の顔が浮かんだ。
二人で座ったオープンカフェ。陽の光に照らされながら、唇を拭ってくれた姉。
絵本の世界。二人きりになり、頭を撫でてくれた姉。
大好きな姉。だが、それはあくまでも……
「家族愛です」
「へー。そーなんだー。ほんとにー?」
「本当です」
テルミはきっぱりと言い切った。
「よかったー。輝実さまが桜さまを異性として見てたら、勝ち目が無いんだもんなー」
鈴はそう言って雑巾を裏返した。まだ汚れていない面で窓拭きの続きをする。
勝ち目が無いとはどういう意味だろう? とテルミは思ったが、鈴が続けて質問を投げかけてきたので聞きそびれた。
「じゃあやっぱりー。他の子が言ってたようにー、輝実さまは男の人が好きなんですかー?」
「それも違います……誰が言っていたのか気になりますが」
「あー。それなら柊木さんも安心だー。ちゃんと女の人が好きなんだねー」
どうして柊木いずなが安心するのか。会話の前後の繋がりが分からないが、とりあえずテルミは頷いておいた。
しかし今日の鈴は、やたらと踏み込んだ質問をしてくる。
そもそも二人きりで会話するのは、これがほぼ初めてではあるのだが。
「でもー。桜さまはー、多少なりとも輝実さまを異性として見てるようなー。そんな気がするんですよー」
またもや鈴が爆弾発言をし、テルミは固まった。
姉が自分を異性として見ている……のかどうかは、正直テルミには分からない。どちらかと言うと、ただ『弟をからかって遊んでいるだけ』だと思っている。
しかし、学友である鈴にそう思われているのは問題だ。桜を説教し、態度を改めて貰わないといけない。
いや。だがよく考えてみると、鈴の台詞は変だ。
桜は生徒達の前で『クールな高飛車お嬢様』を演じているため、学校では家と違いテルミにベタベタしない。むしろ弟に対しても高慢な態度で命令している、そんなキャラクターである。
確かに特別予算の件などで露骨に贔屓しているが、それでも過度なスキンシップは取っていない。
「みんなは『そんなの考え過ぎだよ』とか言うんですけどー。まー異性としてってのは言い過ぎかもー。でもやっぱり桜さまは、普通の姉弟関係以上に弟を愛してるのかなーって。そういうのー、私分かっちゃうんだー」
「分かっちゃうのですか?」
「はーい。分かっちゃいまーす。だってー、私ずっと桜さまを見てるしー」
鈴はすっと息を吸い込み、捲し立てる。
「中学生の時ー、初めて桜さまと出会った瞬間から、ずっと、ずっと、ずーっと見てるんですよー。晴れの日は太陽がまるで後光のように光り輝く、その神々しいお姿を拝ませていただいてー。雨の日は湿った服で強調される、艶めかしくも凛々しいスタイルを拝ませていただいてー。お食事を取られる時も、勉学に励まれる時も、ただ廊下を歩かれるだけの時も。いつもいつもいつもいつも、常に桜さまだけを見ててー」
「……そ、そうですか……」
いつものんびりとダルそうに喋る先輩だが、今は非常に早口である。
「親衛隊や生徒会の皆はー、桜さまを『自分もああなりたい』という憧れの目で見てるけどー。でも私はー……あーっ」
そこまで喋り、蕪名鈴は「しまった」という顔で口をつぐんだ。
そして頭をぶんぶんと大きく振り回す。同時にバストも大きく揺れているが、テルミは出来るだけ見ないようにした。
「先輩、大丈夫ですか?」
「いやー……ちょっと、喋り過ぎたかなーってー……あーでもー……うーん、どーしよっかなー」
鈴は自分の頭を軽く一叩きした後、きょろきょろと周りを見回し、自分達以外に人がいないのを確認した。
「本人にはとても伝えられないしー……でもスッキリしたいしー……もう輝実さまに言っちゃおうかなー……」
鈴は雑巾を床に落とし、テルミの両手を握った。
テルミは先輩の唐突な行動に驚き、なすがままに手を預ける。
「輝実さまー」
「は、はい」
「私……私……私はー。桜さまがー」
「姉さんが……?」
その時、教室のドアが静かに開かれた。
「お待たせしましたぁ~。ゴミ袋を貰ってきま……」
そう言って現れたのは柊木いずな。彼女は教室に入るなり、テルミと鈴が手を取り合っている姿を目撃してしまい、
「好きですー。愛してるー。恋してるんですー」
「え……ええ……えええぅぅぅぅええええええっ~!?」
まさかの告白に、校舎中に響き渡る大声を上げた。




