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48話 『姉は路傍の石』

「♪すまんねバーさぁ~ン、俺は赤ずきんでは無ーい! 強く毛深く逞しいーオオカミさんだったのだぁ~! グァアアアオオオ!  まず老いぼれを食っ」

「やめなさい」

「あぶっ!」


 ドアを開けた瞬間襲い掛かってきた狼を、テルミが平手打ちで迎え撃った。

 牙が手の平に当たり痛い。殴った方も痛いのだ。愛ある平手打ちなのだ。別に愛しているわけでは無いが。


「狼にビンタが効くとは思っていませんでしたが……」


 テルミは手をさすりながら呟いた。


 とりあえず「不意打ちで怯ませよう」程度の考えで出した平手打ち。

 しかし狼は頬をさすり涙目だ。案外打たれ弱いようで、思った以上に効いている。

 絵本の世界だからだろうか、本物の野生動物のような強靭さは無い。


「こ、こ、こ、この! 急にひとを殴るなんて信じられねえ。お返しにその面へオオカミパンチを叩きこんでやろうか、クソビッチ」

「汚い言葉遣いはやめなさい」

「おぶっ!」


 テルミは再び狼を平手打ちする。


「てめえぇ食い殺して死体の目玉くり抜いてそこから脳ミソ犯してや」

「下品な物言いはやめなさい」

「えぶっ! このババうぶっ! ちょ、ちょっと待ってちょっとおバーさん待って」


 狼は平伏し、地べたからテルミを見上げ許しを懇願した。


「分かってくれて嬉しいです」


 テルミは笑顔で狼の頭を撫でる。

 最近妹に出来た()の友達が、こうやって頭を強めにさすると喜ぶのだ。犬と狼で違いはあるが、似たようなものだろう。

 狼はテルミをボスとして認めてしまったようで、目を細くし、気持ちよさそうに寝そべる。


「ババア……いやバーさん……♪あんたぁ~わりとー武闘派だーなーぁぁ! ガ~ウゥ!」

「……あの、本当に僕の姿がお婆さんに見えてます?」


 そう狼に聞きながら、テルミは鏡台を見た。

 映っているのはいつもの顔。自分で認めたくはないが女の子っぽい、男子高校生の顔だ。


「♪そう言えば~バーさぁんにしては~若いし美人だぁーなぁー」

「び、美人ですか……」


 テルミは引きつった笑顔になる。


「♪でもどう考えてーもー人間のバーさんだっ! ガウ! だぁって~バーさんなんだろぉ~? 草が草、花が花であるように、バーさんはあくまでもバーさんであるのだぁ~ガウガウガー!」

「はあ……」


 この狼、いやおそらくはこの世界の住民達全員にとって、テルミは老婆に見えるのだろう。

 そういう役割になってしまったのだ。


「……まあいいです。それよりお腹が減っているのでしょう?」

「♪ああ~。ペコペコすぎて気分悪いぜー……ガウッ」

「ではちょっと待っててくださいね」


 テルミは台所に行って食料を確認した。

 干し肉がある。薄く切り水につけ、塩分を抜いて狼に与えた。


「♪サンキューご主人さぁ~まぁ~!」


 いつの間にか、テルミが飼い主という事になったようだ。

 狼は干し肉をむしゃむしゃと平らげた後、テルミの腰へ懐くように鼻先を押し付け、寝てしまった。


「それにしても、また別の『絵本の世界』に来てしまうとは……」


 テルミは狼を撫でながら考える。


 シンデレラはどうなってしまったのだろうか。

 あの展開から、王子様と結婚するという本来のハッピーエンドになるのは、もう無理だろう。

 しかし義母と義姉とは仲良くなったのだし、今後不幸な人生を過ごすはめにはならないはず。

 きっとどうにか上手くやっていくだろう。


 それより、桜やコウはどこへ行ってしまったのか。

 この『赤ずきんの世界』で、新しく別のキャラクターを演じているのだろうか。


 とは言え、町や城が舞台となるシンデレラと違い、赤ずきんの登場キャラクターはモブを含めてもかなり少ない。

 お婆さんと狼を除くと、後は主役の赤ずきん、その母、そして猟師くらいだろう。この中の二役を、桜とコウが演じているのかもしれない。


 テルミは腕を組み、今後どうしようかと思案する。

 おそらくはストーリーが進めば、姉達とも再会できるだろう。


 赤ずきんのストーリー。そうだ、きっとこの後は……



「♪ねえおばーさん。開けてちょーだーい! あなたの、孫娘~の、可愛い赤ずきんよ~。妖精のように可憐で~大空のように澄みきった瞳~可愛い可愛い私ー赤ずきんよ~! ワインとケーキを持ってきたのぉ~」



 テルミの考えを読んでいたかのような丁度良いタイミングで、ノックの音と自画自賛の歌が聞こえた。

 先程の狼の野太い声とは打って変わって、可愛らしい女性の歌声。

 ただし桜の声ともコウの声とも違う、知らない子供の声だ。


 狼の時と同じように窓の隙間から覗くと、小さな女の子の姿が見えた。

 ひらひらとした赤いドレスに、肩までかかる赤い頭巾。どこからどう見ても、『赤ずきん』。


 しかし赤ずきんがこの初めて見る子供だという事は、桜とコウは『猟師』と『赤ずきんの母』を演じている可能性が高い。


「お待ちしていました。赤ずきんさん」


 テルミはドアを開き、少女を招き入れた。


「♪まあおばーさん~。赤ずきん『さん』だなんてぇ~、他人行儀でなんだかおかしいわぁ~!」

「そうでしたね……ええと、赤ずきん。ようこそ」


 ()()にそう言われ、赤ずきんはにこりと笑った。

 容姿端麗な桜を見慣れているテルミでさえも、「ほう」と感心してしまう程の美少女だ。さすが物語の主役だけはある。

 そんな美少女赤ずきんは床で寝ている狼の姿を見て、口をあんぐりと開けた。


「♪あら~、そちらの狼さんはー。おばーさんの新しいペットぉ~?」

「まあ、そんなところですね多分。それよりもワインとケーキありがとうございます」


 テルミは赤ずきんから届け物を受け取り、テーブルの上に広げた。

 茶色く香ばしい、まだほんのりと温かいパンケーキ。そして真っ赤な赤ワイン。


「一緒にケーキを食べましょう」

「♪まあ~ありがとうおばーさぁーん!」

「ワインは……未成年なので、とりあえず暗所に保管しておきます」


 テルミは火を焚きお湯を沸かした。お茶を入れ、赤ずきんに差し出す。

 赤ずきんは大きめの椅子の上で足をぶらぶらさせ、嬉しそうにケーキを食べる。その顔を見てテルミは莉羅りらを思い出した。

 もう何日も会っていない妹。姉と兄が急にいなくなり心配しているだろうか。


 テルミが妹を想う最中さなか、赤ずきんはじっと祖母テルミの顔を見つめていた。テルミはそれに気付き、「どうしました?」と尋ねる。

 すると赤ずきんは元気よく歌い出した。


「♪おばーさんは、どうしてそんなにぃ~若いのぉ~?」

「ええと……それは、まだ十五歳だからですね」

「♪おばーさんは、どうしてそんなにぃ~お胸が無いのぉ~?」

「それは、本当は男だからですね」


 赤ずきんは聞きたがりのようだ。次々と来る質問に、テルミは包み隠さず答える。

 これはおそらく、『狼と赤ずきんの問答』の代わりなのであろう。当の狼は床でぐうぐうと眠っているのだが。


 問答を続けていると、三度目のノックの音がした。


「♪おおーい大丈夫かーい婆さ~ん! 狼のっ、いびき声ーがー聞こえるぞ~ぉ!」


 勢いよくドアが開き、筋肉質な男が登場した。


「♪まあ、猟師さぁ~ん。ごきげんよお」

「♪おやおやこんにちは赤ずきん~! お孫さんが一緒だったのかい、婆さーん~!」

「どうも、こんにちは」


 どうやらこの男性が猟師らしい。


「♪おお婆さん! その! 狼はぁ~! 一体何事だーい!」

「この子は、その……僕の新しい飼い犬、もとい飼い狼ですね」

「♪なななな、なぁーんとぉー! 婆さん、意外と動物愛護主義者だったのだーねー!」

「ええまあ、そういう所ですね」


 テルミは苦笑して猟師に相づちを打ちながら、考えた。


 どういう事だ。

 猟師役は、桜でもコウでも無い。知らないおじさん――おそらく本来の猟師だ。

 でもそれでは数が合わない。あの二人は今、何の役をしているのだろうか?


「♪しかし何事も無くて良かった~! 狼に襲われたのかと思ったぞぉ~! 狼の腹を切り裂き、代わりにこの石を詰め込もうと思っていたのだぁ~!」


 猟師はドアの外を指差した。

 すると石……いや、灰色の衣裳を来た二人組、


「……うん? あれ、どこよここ?」

「おおお!? さっきまで城にいたのに! ご馳走はどこに行った!?」


 桜とコウが、急にぱっと現れた。

 きょろきょろと辺りを確認している。

 二人はまさに今この瞬間、赤ずきんの世界へ辿り着いたのだ。


 テルミは驚愕し、ドアから外へ出て二人に近づく。


「姉さん! コウさん!」

「おおテルミ! ご馳走はどこだ!」

「あらテルちゃ……いや、輝実。ここは一体どこなのかしら? 説明しなさい」


 桜はコウが隣にいるのに気付き、お嬢様風キャラを作り高圧的な態度で弟に尋ねた。


「ここは『赤ずきんの世界』らしいです。僕はお婆さん役。そしてお二人は……何の役でしょうか?」


 そんな疑問顔のテルミと一緒に、赤ずきんも首を傾げた。


「♪おばーさん、どうして石ころに話しかけているのぉ~? まあ、とっても感受性が豊かなのぉねぇ~」

「い、石ころ……?」


 その言葉に、テルミはしばらく考える。

 石ころ。赤ずきんのストーリーに出てくる石ころと言えば。


「そうか、狼の腹に詰め込む石……」

「えっ、石ですって!? 何、もしかしてあたしが石の役なの!?」


 桜は驚き、ついお嬢様キャラを崩しかけた。

 人間や動物役でなく、こんな端役も端役な『石』。小学生の学芸会でも中々見ない役どころである。


「あははは石か! 楽でいいな!」

「完璧なあたしが、石……?」


 コウは笑っているが、桜は納得いかないようで目がどんどん据わっていく。

 テルミは「姉さん、落ち着いてください」と姉の手を取った。


 そうやって三人が騒いでいる中、赤ずきんはケーキを食べ終えた。

 ちなみに猟師は狼を指でつついて、本当に寝ているか確認している。


 赤ずきんが祖母に語り掛ける。


「♪さあ~ワインとケーキを届けたかぁら~、私は暗くなる前に帰るねおばーさん! ごきげんよぉー」

「あっはい。気を付けて……」




 ◇




「テルちゃん、やっと見つけたあ!」


 桜の声。

 そしてテルミは、突然背後から抱きしめられた。やわらかな胸の感触を背中に感じる。


「姉さん。ここは……」


 テルミは姉の顔を見た後、辺りを見回した。

 レンガ作りの建物、道。剣を持った鎧の騎士達。野菜や果物を売る屋台。シンデレラに続き、再び中世ヨーロッパ風の世界観だ。

 テルミが今立っている広場には、活気のある住民達が大勢集まっている。そしてその人々は、兵隊の行進を眺めていた。


「……また別の世界ですか……」


 赤ずきんが家から出た瞬間に、三度目のワープが起こってしまったのだ。


「そうよ。ここは白雪姫の世界」

「白雪姫……」


 テルミは視線を桜に戻した。


 桜はその秀麗なルックスに似合わぬ、地味な恰好をしていた。薄茶色の布で体を覆い、腰まである長い藍色の肩掛けを羽織っている。まさに絵本で見る『庶民の女性』役。

 そしてテルミもそれと似たような服装だ。要は女装だ。


「……また僕は、女性役なのですね……」


 テルミは少し落ち込みながら、自分の着ている服を触り確認した。


「私と同じく村娘役みたいね。しゃくだけどモブよモブ」

「む、娘……はぁ……」


 村娘。

 桜は『白雪姫が行方不明になった時に悲しむモブ』の役。

 そしてテルミは『物語の最後の方に出てくるモブ』の役


「それよりテルちゃ~ん、お姉様寂しかったよぉ!」

「うわっ、ちょっと姉さん」


 桜は正面からテルミに抱き付き、頬と頬をすり合わせた。


 シンデレラや赤ずきんの時とは違って、今回は桜の方がテルミより先にこの世界へ辿り着いていた。

 桜がここに来て既に数日が経過している。ずっとテルミを探し回っていたが見つからず、今日やっと会えたのだ。


「ねえベッドの中で再開を祝いましょ! 慰めて!」


 そう言って桜は嬉しそうな表情を浮かべ、抱き付く腕に力を込めた。

 テルミは絞めつけられる痛みに耐えつつ、姉の頭を撫で、


「はぐれてしまって、すみません姉さん。でもベッドの中でお祝いは駄目です」


 と囁いた。


「その淡白な反応懐かしい~! ねえチューしていい?」

「駄目です」

「しちゃうもん」

「むぐ……」


 桜は弟と唇をくっ付け合い、満足したように離れた。


 テルミは周りの目を気にする。

 しかし人々は兵士達の行列に夢中で、姉弟……いや、設定的には姉妹なのだろうか。もしかすると赤の他人かもしれないが……ともかく、脇役の接吻には見向きもしていなかった。


「……姉さん。この人だかりや兵隊さん達はどうしたのでしょう。何が起ころうとしているのですか?」

「結婚式よ結婚式。白雪姫と王子様が結婚するんだって」

「結婚式……と、言う事は」


 白雪姫、本来のハッピーエンドである。


 シンデレラや赤ずきんの時と違い、村娘役ではさすがにストーリーを変更する程の力を持っていないようだ。

 コウがどのような役か分からないが……


「閃光のなんちゃらは、屋台でリンゴ売ってたわよ」


 やはり脇役である。白雪姫と女王の争いに関わる余地は無い。


「しかし姉さん。『本来の結末になる』と言うのは初めてです。もしかして、これで僕達も元の世界へ帰れるかもしれませんね」

「そうね、実は私もその可能性を考えてて、主役達には関わらないよう傍観に徹してたのよ」


 ラッパの大きな音が鳴った。

 結婚式が始まる合図だ。


「まっ、お姫様と王子様の幸せそうな姿でも、拝見しときましょうか」




 ◇




 次の瞬間。

 テルミが気付くと、またもや『別の世界』にいた。


「♪さあ皆さん! 僕の後を馬車でついて来てお~くれ~よぉー」

「……」


 テルミは馬車の中にいた。

 近くには美しいお姫様。どうやら自分は、このお姫様のお付きのメイドらしい。

 メイド……そう、当たり前のようにまた女装していた。


 そして歌っているのは喋る猫。ガッシリした体躯の立派な猫だ。

 つばの大きな帽子を被り、腰に太いベルトを巻き、足に長靴をはいている。


「あの猫は……『長靴をはいた猫』?」

「♪それじゃあ頼むよぉ~! 出発だぁ~!」


 猫は元気よく馬車を先導している。


「はあ……結局帰れなかったようですね……」


 テルミは深い溜息をつく。

 しかし馬の前をトコトコ二足歩行で歩く猫を見て、少しだけ和んだ。


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