43話 『兄と妹と家族の古株、そして姉プロデュース[忍者VS妖怪]』
「そんでウヂお花ぢゃんのだめにしゅぎょおおおおえうえうえうワンえう」
「落ち着いてくださいチャカ子さん」
「おー、よしよし……泣かない……で……チャカ子、ちゃん……」
チャカ子は自らの過去を語る中で大泣きし、後半はもう言葉さえ満足に出せない有様であった。
テルミと莉羅の兄妹は、頭や背中を撫でて慰める。
「まー……ご飯でも……食べな、よ……チャカ子ちゃん……」
「うんでありんすワン。ぐすっ……もぐもぐもむもぐガツガツ」
そしてチャカ子は、再び白米を頬張りだした。
テルミは飯をかっ喰らう犬神の頭を撫でながら、先程の思い出話を頭の中で整理した。
途中から泣き声喚き声でよく分からなかったが、どうやらチャカ子が曾祖母を慕っていたのは間違いないようだ。
それに、祖父が生まれる前からこの家に住んでいた。一番の古株であったとも言える。
「チャカ子さん」
テルミはチャカ子の頬に付いた米粒を摘まみ取り、そして優しい口調で言った。
「よければ、僕達と一緒に住みませんか?」
「えっ!?」
急な提案にチャカ子は箸を落とし、テルミの目をまっすぐに見て、少しだけ赤面した。
「新劇で聞いた台詞でありんすワン……それは、結婚の申し込み!」
「いえ。違います」
「ワンと!?」
テルミは丁寧に説明した。
昔この家の飼い犬――『家族』であったのならば、今もその権利はあるはずだ。
「お花ちゃんはもういませんが……その子孫である僕達と、もう一度『家族』になりましょう。ご飯も毎日食べられますよ」
「おー……それ、良い……それだよ、チャカ子ちゃん……」
莉羅も乗り気なようだ。
新しく出来た友達と一緒に暮らすという提案に、わくわくしている。
チャカ子もテルミの説明を聞き「そうでありワンすか!」と嬉しそうに笑ったが、ハッと気付いたように真顔になる。
「……あんがとありんす。でもウチはまだ修行中の身、甘えるわけにはいかないでありんすワン。がつがつむしゃもぐもぐ」
そこで一旦言葉を区切り、急いで白米とシチューをたいらげた。
食べ終わり胸を軽くトントンと叩きながら、台詞の続きを喋りだす。
「ウチももう百と十と一歳の誇り高き妖怪。元々お花ちゃんの役に立ちたくて、修行をしてたのではありワンすが……それも叶わなくなった今、お花ちゃんのひ孫と言えど、莉羅ちゃんや兄さんにペットとしてお世話になるのは駄目なんでありんすワン」
そう言って小さな胸を張る。
ただその顔は、どこか寂しそうであった。
「あ、でもお小遣いが無い時は、今日みたいにご飯おくれなんしワン!」
「分かりました。お金があってもなくても、いつでも食べにいらしてくださいね」
テルミはそれ以上、家族になる事を勧めはしなかった。
チャカ子にはチャカ子の考えがある。無理強いしてもしょうがない。
莉羅も一応納得はしたが、それでも残念そうに、
「むー……」
と、チャカ子の袖を掴む。
シャツが引っ張られチャカ子の胸元が軽く露出した。
「……チャカ子、ちゃん……」
「莉羅ちゃんも、あんがとありんす。でもさっき言った通りでありんすワン」
チャカ子はお茶を一杯飲み、白い子犬の姿に変化した。
ちなみに修行の成果で、服も自由に出し入れ出来るようになった。
正確に言うと、少女姿になった時本当は全裸なのだが、犬の毛の一部を変身させて衣服に見せかけているのだ。
「兄さん、ゴチソーさまでありんしたワン。莉羅ちゃん、それではまた明日学校でお会いいたしんす」
と犬の姿で頭をぺこりと下げ、別れの挨拶を言った、その時、
「輝実、莉羅。さっきから騒がしいが何をしておるんじゃ」
台所に老人がやって来た。
テルミ達の祖父、真奥大地である。
チャカ子は犬の姿のまま振り向き、老人を見上げて挨拶した。
「あっとこれは失礼、お邪魔しておりんす。ウチは莉羅ちゃんのクラスメイトのチャカ子でありんすワン」
「……チャカ子?」
「はいでありんす…………………………あっ」
たっぷり間を空けた後に、チャカ子は己の迂闊さに気付いた。
今は犬の姿。相手は初対面のお爺さん。
人間は喋る犬を見た場合、たいそう驚いてしまうのだ。
隣にいたテルミも、「しまった」という顔をする。
「あーっ! 今の無しでありんすワン。ウチはただの犬でワンワン!」
「お、お爺さん。あの……この子はその」
チャカ子とテルミは慌てて言い訳しようとした。
とは言えこの状況で上手い弁論は思い浮かばない。何しろ実際に犬が喋っているのだから、誤魔化す余地が無い。
しかし祖父は大して驚愕もせず、何か考えるように白い子犬の顔を眺めた。
「……お前は、チャカ子と言うのか?」
老人の質問に、チャカ子はおずおずと頷く。
「ええと……そうでありんすワン」
「そうか。うむ」
「……あの。ご老人は、ウチを怖がらないのでありんすワン? 喋る犬でありんすよ。妖怪でありんすよ」
祖父は首を横に振った。
「今更妖怪を怖がりなどせんよ。もう何百年も生きてるジジイを知っておるしな」
「ほう、そうだったんでありんすかワン。奇遇でござワンすな、ウチの元飼い主さんも同じような事を言っておりんした」
「うむ、そうか」
祖父は子犬の頭を撫でた。
チャカ子は気持ちよさそうに目を閉じる。
「わしの知人も昔喋る犬を飼っておったらしくてな。小さい頃は良くその話を聞いたもんじゃ。その女性は死ぬ間際まで、生き別れた飼い犬の身を案じておったが……」
それが曾祖母とチャカ子の話であると、テルミはすぐに気付いた。
しかしチャカ子は、目の前の老人が『お花ちゃんの赤ん坊』である事にさえ気付いていない。
「チャカ子、莉羅のクラスメイトだと言っていたな。どうか莉羅と仲良くしてあげてくれよ」
「分かったでありんすワン! ってゆーかもう仲良しでありんす!」
「……うん……なかよしー……」
莉羅も祖父と一緒になり、チャカ子の頭を撫でた。
テルミはその光景を見て、優しく微笑むのであった。
◇
時は前後し、チャカ子が真奥宅に辿り着く前。
町の外れ。人気が全く無い、山のふもと。
「ここなら良いでしょ。いい加減、顔を見せなさいよストーカーさん達。あたしに一目惚れしちゃう気持ちは分かるけどさ、正直言ってキモイのよね」
桜は腕を組み、立ったまま木に寄り掛かって言った。
ヒーロー活動をしている時、いつも九蘭の殺し屋『グロリオサ』数名に監視されている。桜はそれに気付いている上で、あえていつも無視していた。
そしてそのグロリオサ達は、桜の言葉にびくりとした。彼らは霧の体で、空中、隙間、土の中などに潜んでいる。尾行には気付かれないと高をくくっていたのだ。
どうする。このまま知らないふりをするか、逃げるか、玉砕覚悟で名乗り出るか。
殺し屋達は互いに目配せした。
しかし。
「ああ、いつもの九蘭家の皆さんじゃないわよ。今日新しくストーカーを始めた新人さん達に言ってんの」
その桜の言葉に、殺し屋達は更に肝を冷やした。
いつもの、という事は今までの尾行もばれていたのだ。
しかも九蘭一族という正体まで知られている。
それに、自分達以外の尾行者とは……
「気付いてたんなら早く言ってくれりゃあ良いのに、スカしたニンゲンだなァ」
「だから私は尾行なんてせず、正面から『空手がぁる』をぶっ潰そうって言ったんだよ」
声と共に、二つの影が現れた。
グロリオサ達は驚愕する。
巨大な二人が自分達のすぐ前にいた。なのに、今まで全く気付かなかったのだ。
一人目は、目が三つある大男。
身長三メートルをゆうに越える巨体。
隆々とした筋肉に太い血管が浮かんでいる。
二人目は、真っ赤な大鬼女。
三つ目の男より更に大きな体躯だ。
桜に負けず劣らず豊満な胸。だが、柔らかく艶やかな桜の肢体とは違い、鋼鉄のような筋肉に覆われている。
どちらも「どこに隠れていたんだ」と言いたくなる程に、巨大な妖怪である。
予想だにしなかった化け物二体の登場に、グロリオサたちは目を見張る。
そんな殺し屋達と対照的に、桜は嬉しそうに「へえ~」と声を上げた。
木に寄り掛かったままの桜に、妖怪二人がゆっくりと近づく。
まず、三つ目の大男が口を開いた。
「我々は東海道妖怪を統べる御大将の下で働いている、誇り高き妖だァ」
「東海道とはまた大きく出たわね! ふーん、でも妖怪かー。実在してたんだ」
そう言って桜は、右手から小さな炎と電光を発生させ、
「まっそりゃ当然そういうのもいるか。あたしもこんなんだし、鉄の怪獣までいたんだしね」
と小さく笑った。
「でもそれなら、地底人とか海底人とか鏡の国とかもあるのかな? 宇宙人……は実際いたけどさあ。あははは。それにしてもブッサイクねー、あんたら。あはははは」
おちょくるように喋る桜に、妖怪二人は険悪な表情になる。特に鬼女は、今にも桜へ襲い掛かりそうだ。
三つ目の大男は幾分冷静なようで、鬼女を制し、桜との会話を続けた。
「しかしこうやって対峙して分かった。カラテガール、貴様はやはり妖怪ではなく、れっきとしたニンゲンのようだなァ」
「あったりまえでしょ。こんな美しすぎる私が、妖怪なワケないじゃない!」
桜は妖怪に対し、中指を立てるという非教育的なポーズを取った。
当然これは、わざと大仰に挑発している。
「あっ。じゃあさっきの喋る犬も妖怪だったのかな?」
ヒーロー衣装である金属製マスクの口部分に指を当て、考える風のポーズを取る桜。
それに対し、赤鬼女が大口を開け牙を見せる。
「ああ、その犬ッコロは私の後輩で弟子だ。可愛がってくれたようだねえ、空手がぁる」
「はー。妖怪なら、遠慮なく殺しちゃえば良かったな~」
「……っ!」
桜の言葉に、鬼女はとうとう我慢出来なくなった。三つ目の制止を振り切り、丸太のような腕で桜に殴りかかる。
桜は平然と木に背を付けたまま、襲い来る拳へ軽くデコピンを当てた。
空気が爆発する破裂音と共に、鬼女の強靭な体が吹き飛び木々を薙ぎ倒した。数十メートル先でやっと地面に落ちる。
「う、うがああ!?」
鬼女の拳が割れ、手首から肩、胸に至るまでの骨が砕けている。
しばらく叫んでいた鬼女だったが、痛みに耐えきれず、ついには失神してしまった。
「……はっ?」
三つ目の大男は、鬼女の意識が完全に無くなった後に、やっと何が起きたのかを理解した。
「ば、馬鹿なァ……指一本で大鬼を……? 彼女は我々の中でも一番の力自慢で……」
本来人を怖がらせるはずである妖怪の胸に、恐怖心が宿った。
冷や汗をかき、後ずさる。
今の一撃を見ただけで理解した。
あれだけの力、東海道の……いや日本中の妖怪を探しても、匹敵する者はいない。
少なくとも自分は知らない。
日本どころか、世界中の妖怪や悪魔や怪物の中にも、このヒーローに勝てる者はいないかもしれない。
今まで東海道妖怪の御大将、もしくはそのライバルである他地域の御大将達こそが、日本一の強者どもである……と、信じて疑わなかったのだが……
その幻想が、一瞬で砕かれた。
目の前にいる女は、デコピン一つだけでそんな次元を軽々と越えている。
この自称ヒーローである人間の女は、我々妖怪よりも……
遥かに、強い。
「そんな事よりもガッカリだわー。ちょっと面白そうだと思ったのに、結局弱っちいんですもの、妖怪さん」
その最強ヒーローが、溜息交じりに言った。
「柊木ちゃんでもラッキーパワーを駆使して妖怪に勝てそうね。あの忍者と良い勝負……いや、待ーてーよー……面白い事思いついちゃったー!」
桜はマスクの下で、ニンマリと唇の端を歪める
「ちょっと九蘭の人達!」
桜は、隠れているグロリオサ全員を順番に睨みつけて言った。
呆気に取られていた彼らは、突然の名指しに慌て、緊張する。
「あんたらがこの妖怪と戦いなさいよ。勝った方にご褒美としてガムとかあげるからさ」
桜の考えた面白い事。それは双方を争わせて、お菓子やジュース片手に観戦する。
「忍者軍団VS妖怪マッチョ三つ目! 戦いが長引けば助っ人が来て、妖怪の種類も増えるかも? わー、B級映画みたいで楽しそー!」
だが殺し屋達は黙ったまま、何も反応しない。
既にばれていようが、プロ意識があるので名乗り出たりはしない……という建前もあるが、本心はもっと単純。
怖いのだ。足が竦んで動けない。
妖怪が怖いのではない。
よく考えてみると自分達の家長も、自分達自身も、ほとんど妖怪のようなものだ。
ただ、この女ヒーローが、怖い。
「何よ。誰も名乗り出ないワケー? ふーん。毎回毎回偉そうに、あたしと忍者の戦いを見物してるクセにさー。いつもあたしに挑んでくる下っ端ちゃんの方が、あんたらより何倍もマシね」
桜がグロリオサ達を挑発すると、
「ではわしがお相手しようか」
老人の声が聞こえた。
その声がした方向は、妖怪を感知出来た桜でさえも「誰もいない」と思っていた場所。
完全に気配を消していた男が、まるで闇夜から今生まれたかのように、突として現れた。
その恰好は、九蘭百合の戦闘服と似ている。
黒い布で顔全体を覆い、額に鉄板入りの鉢がね。
黒いタイツスーツを着用。
肩、膝、肘、胸に、赤いライン入りの黒プロテクター。
ただ百合と違うのは、衣装に年季が入っている事。
そして老人が歩くたび、その衣装が黒い霧をたなびかせ残影を作り出している。
「い……家長……!?」
グロリオサ達は騒然とする。
誰も『彼』がこの場に来ているとは、知らされていなかったのだ。
「毒霧翁だと……!? よりにもよってこんな時になァ……」
三つ目の妖怪も、苦々しい顔で慌てだす。
「……へえ。九蘭の一番偉い人も来てたんだ。『何百年も生きてるお爺さん』?」
急に現れた男の姿を見て、桜の瞳に昏い光が灯る。
「ほほう、わしの事までご存じなのかね。さすが空手少女だな」
九蘭の家長――九蘭琉衣衛が、感心するように言った。




