38話 『妹とネコ耳魔法妖怪クッキング少女アイドルだワン』
ある日の深夜。
テルミは物音で目が覚めた。
「居間から声が……?」
袖をまくり、警戒しつつ様子を見に行くと、引き戸から光が漏れていた。
そっと聞き耳を立てる。
『ワン……にゃー! どちらかと言えば悪寄りの組織メーいんぶラック! 今日こそウチが壊滅させりんすワンにゃー! 破産申告の準備は済ましたかよー! ワオーン!』
「テレビでしたか……」
テルミは戸を開け、呆れながら呟いた。
暗い部屋の中、テレビが点けっぱなしになっていただけ。
とんだ取り越し苦労であった。
画面の中では、妹と同世代の少女が大立ち回りをしている。
長い銀髪とピンクのフリフリなドレス衣裳を風に舞わせ、大人相手に殴る蹴る。そして猫耳を付けた頭でヘッドバット。
この特撮番組の主人公、どこかで見たことがあるような気がする。
テルミはそう考えながらリモコンを手にし、テレビの電源を切ろうとした。
すると足元から、
「あーん……りらが、観てるのにー……」
と、妹の声がした。
下を見ると、莉羅が座卓に潜り込み、頭だけを出している。
寝転がってテレビを見ていたようだ。
「まだ起きていたのですか莉羅。もう深夜ですよ、小学生は寝なさい」
「あと、五分と七秒……だけー……おねがぁーい……」
莉羅は座卓から這い出て兄の足にしがみ付き、目ではしっかりとテレビ画面を見ながら懇願した。
「あと四分四十八秒ー……」
「……終わったらすぐに寝るのですよ」
「わーい……にーちゃん、好きー」
もしこの場に桜がいたら「テルちゃんったら莉羅ちゃんに甘ーい! あたしも甘やかして!」と言って弟に抱き付いたであろう。
「テルちゃんったら莉羅ちゃんに甘ーい! あたしも甘やかして!」
「ね、姉さ……」
この場にいた。
弟が起きたのを敏感に察知し、後をつけていたのだ。
桜は案の定テルミに抱き付き、それだけでは済まず畳の上に押し倒した。
顔をくっ付け頬ずりし、耳に息を吹きかける。
「姉さん、冗談は程々に……」
苦言を呈そうとするテルミの唇を、桜が人差し指で押え喋れなくした。
「ね、テルちゃん。甘えさせて」
そう囁き、左手で弟の腹部を撫でる。
そして莉羅はテレビを観続けながら、無言で姉を兄から引き離した。
「もー莉羅ちゃんったら。夫婦の営みを邪魔しないでよ」
「夫婦じゃ、無いし……静かに、して……」
注意しつつも画面から目を離さない。
番組は終わりを迎えようとしていた。
主人公の少女が、
『ウチがクッキングいたしんすワン!』
と、口から鋭い牙を剥きだし叫び、敵怪人に腕ひしぎ十字固めを決める。
すると怪人が爆発四散。
フリフリした見た目に反し、中々に肉体派であるようだ。
『悪は絶対に許さない。悪かどうか微妙なラインでも許さんワン……にゃー。それがウチのジャスティスでありんすワン!』
頭の猫耳カチューシャがズレているが、気にせずポーズを決めている。
猫耳なのに口調が「ワン」。
その後に思い出したように「にゃー」。
何故か時々廓詞混じり。
よく見ると尻尾は白犬のそれ。
コンセプトがブレにブレまくっているキャラクターである。
そしてダンス付きのエンディングが始まった。
「踊りながら完全にネコミミ取れてるじゃない。これわざとやってるの?」
「うん……多分……」
「しかしこの主人公、やはり見たことがあるような……」
テルミが思い出そうとしながら呟いた直後、番組はラストのアイキャッチに入った。
『また来週だワン……にゃー! 見ておくんなんし!』
少女がお別れの挨拶をしながら手を振っている。
そして右下にタイトルロゴ。
ネコ耳魔法妖怪クッキング少女アイドル☆ちゃかちゃかチャカ子ちゃん。
その無駄に長い番組名で、テルミはやっとピンと来た。
「チャカ子ちゃん。そうか、思い出しました。コウさんに催眠術をかけた人形ですね」
「うん……あの人形の、元ネタ……だよ」
「あー閃光のなんちゃらのアレかー」
伊吹紅の事件で関わった、冥夢神官ダイムの力が宿る人形。
あのキャラクターグッズは、先程までテレビに映っていた少女を模した物であった。
「役名……八女チャカ子ちゃん……芸名も同じく、八女チャカ子ちゃん……最近一部で話題の、謎の子役俳優……」
莉羅はテレビの電源を切りながら、兄と姉に説明した。
「謎ですか」
「うん……謎……ただの、前歴がない新人なだけ、とも言えるけど……謎…………という、売り出し方……」
「莉羅ちゃんなら、千里眼でどこの誰か分かるでしょ?」
姉の言葉に、莉羅は「甘いね、ねーちゃん……千里眼なんて、使わない……もん」と無表情で返答した。
「こういうのは……謎のままの方が、良いの……くふふ」
◇
だが莉羅は、その謎と突然邂逅する事となった。
「みーんなー! おっはよーワン! ウチは台東区から来ました、八女茶菓子でありんすワン!」
「チャカ子……ちゃん……?」
莉羅が、珍しく驚いた。
教室のドアを力強く開け、過剰な程に元気よく挨拶した少女。
それは、週一度の深夜テレビで見かける顔だった。
「はい、という事で。今日から六年一組の仲間になる八女さんです。皆さん仲良くね」
担任教師がそう言って黒板に少女の名前を書いた。
端的に言うと、つまりは転校生がやって来たのだ。
その転校生は、長い銀髪とピンクのスカートをヒラヒラなびかせ、
「よろしくおくんなんしワン!」
と、スカートから出ている白い尻尾を振り、鋭い牙をチラつかせながら言った。
「変わった名前だね!」
「よく言われるワン! 本名ワン!」
「かわいいー。外国の人?」
「ニッポンのニンゲンでありんすワン!」
「あー、ネットで画像見た事ある! なんかのドラマ出てたよね。アイドル?」
「アイドルじゃ無くてガッチガチの俳優でござりんすワン!」
テレビと違って、無理に「にゃー」とは言わないようだ。
だが「ワン」とは言っている。
先生やクラスメイト達は、転校生の特徴的な容姿と口調について、微塵も疑問に感じていない。
気を遣って見て見ぬ振りをしている……という訳では無く、本当に気付いていないようだ。
この場でその不自然さを理解しているのは、莉羅ただ一人であった。
◇
「じゃあねー、莉羅ちゃんチャカ子ちゃん」
「ばいばーい……」
「おさらばワン!」
小学校も終わり、集団下校中。
学友たちは途中で各々の帰路に着き、莉羅とチャカ子の二人きりになった。
莉羅は、いつもテレビで観ている俳優の姿を見つめる。
画面越しでは気付かなかった……いや、そういう演出だと思って調べようともしなかったのだが、この牙と白い尻尾は本物だ。
「チャカ子ちゃんも……家は、こっちの方角……なの?」
「んーん。違うワン! ウチの小屋……家は通り過ぎたワン。でもこっちの方に用事がありんすワン!」
「そう、なんだー……ところで、チャカ子ちゃんって……さー……」
二人きりになったのだし、そろそろ指摘して良いだろう。
そう思い、莉羅は尋ねてみた。
「人間じゃ、ない……よね」
「そうだワン。ウチは齢百十一年の犬神でありんすワン!」
チャカ子は胸を張り、尻尾を振り回しながら自慢げに返答し、
「…………あっ」
隠そうとしていた正体を、簡単にばらしてしまった事に気付いた。
「ふーん……犬神って、妖怪……だよねー?」
一方の莉羅は、チャカ子の正体を知っても特に驚きはしなかった。
莉羅の前世であるライアクは、多くの『魔王』や『神』や『モンスター』を見ていた。
今更地球の妖怪を見ても、何とも思わない。
というか、兄や姉に言った事はないのだが、妖怪やら幽霊やらは小さい頃から散々見てきた。
「わー! 今の無し無しワン! ワンキャンワオーォン!」
「もう、聞いちゃった……もん……くふふ」
「クゥーン……」
チャカ子はガックリとうな垂れ、しょぼくれた顔で莉羅を見た。
白い尾も元気を無くしている。
「ショックだワン……見破られた事よりも、ウチが妖怪と知ってもなお平然としてる莉羅ちゃんの態度が、地味に衝撃MAXでありんすワン。昔はもっと怖がられてたのに、最近のニンゲンの子供は何事にも動じなさすぎ……これはデジタル化社会による児童じょーそー……あー……アレだワン」
最近の子供と言うより、目の前の少女が特別製なだけである。
しかしそんな動じない莉羅でも、ぶつぶつ呟くチャカ子を見て少々申し訳ない気持ちになった。
「気にしないで……りらは……妖怪より、もっと凄いの……知ってるから、なだけで……」
「もっと凄いの、でありんすかワン? はあああー」
慰めるつもりが、チャカ子は更に落ち込んでしまった。
「そいつぁーどうせあの、カラテガールと磁力怪獣テツノドンでござりんしょうワン?」
「うん……それだけじゃ、無いけど……まあ、主にそれだね……」
「やっぱりかワンッ! そりゃそーでありんしょワン! 特に、あの鉄の巨人をサッカーボールみたいに蹴り飛ばしたカラテガール! あんな頭おかしい化け物、古今東西和洋中の妖怪にもおりんせんワン!」
チャカ子は尻尾をピンと立て叫んだ。
落ち込んだり怒ったり、気分の波が激しい妖怪である。
「あいつらのせいで妖怪の威厳丸潰れワン。だからウチはわざわざ台東区から、カラテガールがよく出没するこの地域に引っ越してきたのでありんすワン」
「お引越し……なんで……?」
「そりゃー決まってござりんすワン。あのヘンタイみたいな恰好した女を……」
犬神、八女チャカ子は、その鋭い牙と目を光らせた。
「ウチがぶっ殺いたしんすワン!」




