32話 『弟VSヤクザVSオカマ』
「つーか、力の加減が難しいなあオイ。このままじゃ犯す前にあのガキがミンチになっちまうぞお?」
「【そうねぇん。まあワタシとしてはぁ、手加減なんかせずに暴れてくれた方がいいけどぉ……】」
「ああん? なんでだよ」
草一とロンギゼタ601が会話をしている。
その隙にテルミはゆっくりと後ずさり、脱衣所まで移動した。
浴場では滑るので足場が悪いが、脱衣所ならしっかりと床を踏める。
これで、相手の攻撃に対応出来る……
……対応、出来るか?
テルミは焦る。
あの不死身の男に反撃しても、どうせ無駄に終わりそうだ。
とにかく攻撃を避け、この場から逃げるしかないだろう。
が、こんな怪物のような男から逃げ出すのも、これまた至難の業。
一体どうすれば良い?
そんな兄の葛藤を、莉羅ならば感知出来ただろう。
だが今はタイミング悪く就寝中。テレパシーを発動していない。
「ほおら、逃げんじゃねえぞお!」
再び草一がタックルの構えをした。
テルミは息を吐き、相手の体を注視する。
「っ!」
草一のわずかな動きに反応し、テルミは左に飛んだ。
今回もなんとか避ける事に成功。
草一はその勢いのまま、脱衣所のロッカーに突っ込んだ。
金属が割れ、草一の顔や体を蝕む。
耳が削げ、頬が裂け、左目玉が二つに割れた。
「おうおうおうおう、いってえなあコラ!」
「【ナーイス怪我よぉん、ソーっぴ。ほら治療治療ぅん!】」
ロンギゼタ601の声に呼応するように、草一の傷が癒えていく。
血が止まり、傷が塞がり、瞬時に元通り。
「……ホラー映画みたいですね」
テルミは独り言のように呟いた。
とにかく何でも良いので言葉を発し、無理矢理にでも怖れを拭い去り冷静になろうと努めたのだ。
謎の声から『ソーっぴ』と呼ばれているあの男は、動作自体は単純で直線的。
筋肉の動きに注視していれば、体力の続く限りは避けられる。
いや違う。
それは相手が、先程のようなタックルだけを使ってきたらの話だ。
もし『普通に近づかれ』あの素早い手を伸ばされたら、なすすべも無く捕まってしまうだろう。
そして捕まった後は……その先は、考えたくない。
「ああぁ? ホラーじゃなくて純愛モノだろおがよ。色々仕込んでやるから、楽しみにしてな」
「【やぁんん! ソーっぴったらドスケベキング~!】」
下品な言葉を交わす男と『謎の声』。
そうだ、あの謎の声は何なのだろうか。
きっと目の前にいる男の異常な力に関係しているはずだ。
打開策を模索しているテルミは、情報を引き出したいと考えた。
「……ところで、あなたは先程から誰と話しているのですか?」
男の動きに注意しながら尋ねた。
草一は治癒した左目をまぶたの上からさすりながら、右目でテルミを見る。
「イマサラ呑気に、そんな事を気にしてる場合かあ?」
「【でもそうよねぇん、ワタシの声はソーっぴにしか聞こえないんだからぁん。この子から見ると独りブツブツ言ってるようにしか……】」
「いえ、聞こえていますよ。低い男性の声で、女性みたいな喋り方をしている声が」
そのテルミの一言に、草一は虚を突かれて真顔になった。
左目を閉じたまま、まぶた裏にいる大柄なオカマに言う。
「おい601。テメエの声は俺にしか聞こえないんじゃあねえのか?」
「【うぅ~ん、正確に言うと『ワタシの声が聞こえる人間』の一人がソーっぴってワケなのよぉん。波長が合うって言うのかしらん? この星の中に十人もいないと思うんだけどぉ、あの子も聞こえるみたいよぉん。まさか昨日今日で二人も出会うとはねぇん】」
ロンギゼタ601は、抱えている白いウサギと目を合わせ「奇遇ぅ~ん」と言い腰を振った。
「【そういうワケでぇん。遅くなりましたケド、こんにチンわぁんボクちゃん。ワタシの名前はロンギゼタ601。気軽にロンちゃまって呼んでねぇん! こっちのホモヤクザは草一ちゃん。ソーっぴって呼んであげてぇん】」
「……どうも。僕は真奥輝実です、ロンちゃまさん」
「【いやぁ~ん、かわいい~ん! テルるんって呼んで良い~ん?】」
「お好きなようにお呼びください」
テルミは律儀に自己紹介を返しながらも、ロンギゼタ601がこれまでに言った台詞を精査した。
昨日今日で出会った……となると、草一はあのデタラメな力を手に入れたばかりなのだろう。
回復するとはいえ捨て身の突撃ばかりしているのは、まだ力に慣れていないせいか。
しかし疑問が残る。
ロンギゼタ601は、何故この草一という男に加担しているのだろうか。
この男に力を授ける事で、一体どのようなメリットがあると言うのか。
波長が合う人間、と言っていたが……
「ロンちゃまさん、あなたはどうして……」
「うだうだ言わずに、そろそろヤらせてくれや!」
テルミの質問を遮り、草一が構えた。
またしても直線的なタックル。
テルミは先程と同じように、注意して避けた。
壁に激突し、外に続く大穴が開く。
瓦礫の中から草一が、頭についた砂埃を払いながら現れた。
「おい、なんでアイツに俺の攻撃が当たんねえんだよ、601ィ!」
「【さぁ~。テルるんが若いからじゃないのぉん? 若さって偉大よねぇん】」
攻撃が当たらぬ理由は簡単。遠距離から突進ばかりしているからだ。
しっかりと近づき掴めば、簡単に捕まえられる。
ロンギゼタ601もそれは分かっている。
だが、わざと草一には教えなかった。
いやそもそも、草一が先程から単純な突撃しかしないのは、ロンギゼタ601の仕業である。
「【もっとタックルを続けて、あの子が疲れるまで粘るしかないわねぇん】」
そして密かに、草一の意識下に語りかけ続ける。
ゆっくりと近づいては駄目だ。一気にタックルしろ。避けられても良い。むしろ避けやすいように叫べ。壁に激突して全て壊してしまえ。怪我を恐れるな、すぐに治る。怪我しろ。治るから。怪我しろ。怪我しろ。怪我しろ。怪我しろ。
「うおおおおおおりゃあああ!」
草一が再び突進した。
律儀に叫んでから動き出したので、テルミは再度避ける事が出来た。
タックルは、大きな強化ガラス戸にぶち当たった。
銃弾さえ弾くその分厚いガラスを、薄氷のように砕く。
鋭いガラス片が草一の体を襲った。
体中を突きさし、切り裂き、指が数本飛んだ。
「あ、ああう……ああはあ?」
草一の目玉が右往左往し、視点が定まっていない。
口から意味の無い言葉を漏らしている。
手足が小刻みに震えている。
それもそのはず。
頭に大きなガラスが突き刺さり、脳を破壊してしまったのだ。
「【あらあら大変ねぇ~ん! ソーっぴこれは死んじゃう程の大怪我よぉん!】」
「…………」
テルミは息を飲んで、草一の様子を伺った。
とうとう本当に自滅してしまったのだろうか。
さすがに脳をやられたら駄目な気がする。
というかこれは、救急車を呼ぶべきだろうか?
などと考えていると、草一の震えがピタリと止まった。
「……あああああ、クソ痛ええええなああああ!」
草一は頭に刺さっているガラスを掴み、力任せに引き抜いた。
血と脳が吹き出し……逆再生のように、脳だけが頭の中に戻っていく。
そして、完全に傷が塞がった。
「はぁぁぁぁ死ぬかと思ったぜ。ひゃっははははは!」
「【死なないわよぉん。あの程度じゃねぇん】」
大笑いする草一。
テルミは冷や汗をかき、息苦しくなる。
「……困りました」
テルミが珍しく弱音を吐いた。
こんな不死身の男相手に、何が出来るのだろうか。
何も出来ない。
もう、どうしようもない。
……と、思われたのだが。
「おいガキ! テメエそろそろおとなしく俺のもんに……もん、もんも」
元より、テルミがどうこうする必要は無かったのである。
「もん……ほん……ん……んんん? な。ななんらりなん」
「……?」
突然、草一は体の動きが鈍くなった。
立っていられなくなり、膝から崩れ落ち床に倒れ込む。
呂律が回らず、息をするのも難しい。
脳をやられたせいでは無い。
頭の傷は完全に癒えている。
「【あらぁん! 準備が終わったみたいぃん!】」
苦しそうな草一の中から、ロンギゼタ601の明るく楽しそうな大声が聞こえた。
「【ありがとねぇんテルるん。テルるんがしっかり避け続けてくれたおかげで、たぁくさん能力使っちゃってぇ、思ってたより早くソーっぴに馴染んじゃったぁん! 特に脳ミソ治癒はすんごい力使うからねぇん!】」
「……な、馴染む?」
テルミはじりじりと下がり警戒しつつ、ロンギゼタ601の言葉を訝しんだ。
「な。何を言っれ、るんら……俺ほ、ろーする気ら……」
草一は上手く動かぬ舌で、まぶた裏のオカマに問い詰める。
「【どうするってぇん、燃料補給よ燃料補給ぅん! ソーっぴは、ワタシの燃料になるのよぉん! 今までのは料理ぃん!】」
「燃料補給……? 一体、何をしようと言うのですかロンちゃまさん」
「【どぅふふふ。なあに簡単な事よぉん、テルるん】」
テルミの問いに、ロンギゼタ601は闇の中で腰をクネクネ動かしながら答える。
「【これからソーっぴの魂を食べちゃうのぉん。ついでに体も貰っちゃうぅん!】」
「は、何らろ!?」
草一は驚き、立ち上がり逃げようとした……が、体が動かない。
そもそもロンギゼタ601は草一の体内にいるので、逃げられない。
「それは、ロンちゃまさんが草一さんを乗っ取るという事でしょうか。御自分の体が欲しいのですか?」
「【あらぁん。別に体なんて欲しくないわよぉん。奪った体は多分すぐに捨てちゃうしぃ~ん】」
「では、何のために?」
「【言ったでしょ、燃料補給よ燃料補給ぅん。波長が合う子の魂こそがワタシの食べ物ぉん……これぞまさにソウルフードぉ~! いやぁ~んワタシったらお上手ぅ~ん! どぅっふふふふふふ~ん】」
大柄なオカマは、声をますます大きくして笑う。
「【ワタシは一つの魂で数億年生きられるのぉん。超低燃費。エコよねぇ~ん。ソーっぴの魂でまた数億年生きて、そして……】」
「そして……?」
「【そしてぇ~……うぅぅ~ん……】」
ロンギゼタ601は急に唸り出した。
「【それが、分からないのよぉぉぉん! ワタシ、数億年生きて何をしたいんだったっけぇぇん?】」
「分からない……のですか?」
ロンギゼタ601は首を捻っている。
ふざけて言っているわけではない。
「【ワタシ、何か目的があるはずなのよぉん! でも分かんないのぉ! き~に~な~る~ぅん!】」
「は、分はらにゃいらとお!? ふりゃけんりゃ……」
「分からないのぉん。ほんっっとに分からないのよぉん。でもぉん、そんなの気にしても仕方ないわよねぇん? 今はまずぅ~……」
まぶたの裏。
ロンギゼタ601は、草一に向かってゆっくりと歩いて来る。
抱えている白ウサギの瞳が、真紅に輝き出す。
「ソーっぴ、美味しく頂いちゃいまぁ~す」




