23話 『姉と弟の仲良しお出かけ』
「ねえ疲れたー休憩しよ休憩! 二時間くらい」
桜はテルミと手を繋ぎ引っ張り、大通りを逸れたホテル街へ連れ込もうとする。
「休憩ならベンチや喫茶店で良いでしょう……ね、姉さんちょっと待っ……冗談になってませんから……!」
テルミは足を踏んばり、桜を引っ張り返す。
すると桜はあっさりと力を抜き、そのままテルミに引き寄せられた。
胸に飛び込み、至近距離で顔を合わせる。
「テルちゃんったら、本気にしちゃった?」
桜は顎を引き、上目遣いで弟の目を見て笑った。
テルミも軽く溜息をつき、姉と手を繋いだまま共に笑う。
額同士がコツンとぶつかった。
――そしてテルミは、ふと周囲から注がれる視線に気付いた。
通行人達から「イチャついてんじゃねーよ」と、ジロジロ見られている。
特に桜はその美貌とスタイルで非常に目立つため、注目の的だ。
よくよく考えてみれば、公衆の面前で姉弟が『おでこコツン』なんてやるのはおかしい。
あり得ない……とまでは言わなくとも、普通そんな事はやらない。
桜の距離感がいつも近すぎるせいで、テルミも思考が少々麻痺してしまっていた。
「……姉さん、そろそろ行きましょう」
「え? 行くってホテルに?」
「いえ、当初の目的地です」
テルミは姉から離れようとした。が、桜は手を離してくれない。
仕方が無いので、姉弟二人手を繋いで歩く事にした。
◇
桜は、試着室にいる弟の姿を眺めながら、「うーん」と唸った。
「なんでだろう……れっきとしたメンズファッションのはずなのに、テルちゃんが女の子みたいに見える……」
「……あの、やはり僕はシンプルな服装の方が」
「それは駄目! いっつもそうなんだから、少しくらいは別のファッションも試してみなきゃ!」
本日家から出た時のテルミの服装は、デニムパンツに黒めのTシャツという簡単なものだった。
なので桜は弟を着せ替え人形に……もとい、弟を着飾ってあげようと服選び中なのだ。
桜セレクトは、黒いワイドパンツと、白いロングTシャツの上にブルー系のロングカーディガン。
当然全て男物。
なのに、テルミが着ると何故か女性らしく見えてしまう。
元来女性的な顔をしている上に、ワイドだのロングだのと大きめの服では、男性の骨格が隠れてしまうせいだ。
テルミは不本意ながら自身のその特性を知っているので、いつもタイトな私服を好んでいる。
しかし桜はそれではつまらないと考えているようで、今日はあえてゆったり系の服を選んでいるのだ。
「あっ、そうだー。首に太めなチェーンのメンズネックレスを掛けてー」
それはむしろ逆効果だった。
「んーわかった、帽子! 帽子だ! あっ、この帽子かわいいー。これにしなさい」
「はあ……」
桜は黒く大きめのキャスケット帽を、テルミの頭に乗せた。
が、やはりこれも逆効果だ。
そうこう試行錯誤している内に、桜は楽しくなって来た。
「じゃあカーディガンを、もっとダボついてフワフワしてて、袖口が広いヤツに変えるわよ! そしてスニーカーもツマ先が丸くてボリュームあって、シックな白黒のヤツにしてー! ネックレスも細めのに変えて」
「姉さん……どんどん男らしさから離れている気がするのですが」
「気のせいよ。わー、テルちゃんダンディー!」
もう完全に、意図して女の子っぽいコーデを選んでいる。
だが個々の商品は全て男性用。なので、あくまでもメンズファッションなのだ。
「か、可愛い……! テルちゃん可愛いわ……!」
桜はテルミの手を取り、はしゃぎながら言った。
当のテルミは、まだ午前中だと言うのに既に疲れ切った顔をしている。
「テルちゃん! 今日一日その格好ね!」
有無を言わさぬ姉の決定。
テルミはその格好のままで、全てお買い上げ。
「口紅もする?」
「……いえ、お断りします姉さん」
そして次は桜自身の服を買うため、別の店へと向かった。
◇
「やー買った買った。それにテルちゃんも可愛くなったし、満足満足!」
「それは良かったです」
姉弟は買い物袋を持ち、二人並んで歩く。
ちなみに荷物の大半は弟が持ち、姉は弟の腕に手を回している。
すれ違う人々は皆、この姉弟に顔を向ける。
それは桜のルックスに目を奪われての事なのだが、その後、隣にいるテルミにも見惚れる。
要するに、姉妹か女友達同士だと思われているのだ。
テルミはその事に気付いていない。気付かない方が幸せなのである。
「そろそろご飯食べよ、テルちゃん!」
「そうですね。少し早いですが、混む前にどこか店を探しましょうか」
ちょうど道の先に、飲食店が並んでいる。
「姉さんは何が食べたいですか?」
「焼肉!」
「買ったばかりの服に臭いが付いてしまいますが……分かりました。その代わり帰ったらすぐ洗濯ですね」
なんて会話をしていると、スーツ姿の男がすれ違いざまに驚いたような顔をして、二人に話しかけて来た。
「おおお~! ねえ、そこの君達!」
テルミ達の歩みを妨害するように立ちはだかる。
桜はムッとした顔になり、男を睨みつけた。
「何よあんた。失せなさい」
「まあまあまあまあまあ。ちょっとボクちんの話聞いてよ~。こーゆー者なんだけどさ」
男が名刺を取り出した。
小さな文字で会社名が印刷してある。どうやら芸能事務所らしい。
会社名の隣には、太太とした行書体で名前が書かれている。
「モデルに興味無い? 君らくらい可愛かったら、今すぐにでも一日三十万円は稼げるよ~!」
男はちゃらちゃらとした態度でそう言って、二人の肩を掴んだ。
桜は「触るな」と言ってその手を振り払った。
「いくらモデルでも、今すぐ一日で三十万も稼ぐのはどう考えても無理でしょ。きっと詐欺師かアダルトビデオの勧誘よコイツ。どっちにしろ違法行為よ」
桜の言葉に、男はへらへらと「違う違う誤解だって~」と答えた。
しかし実際の所、この男は違法なAVスカウトマンである。
見抜かれようとも男はプロ。簡単には引き下がらない。
警察を呼ばれるギリギリの所まで粘るのだ。
「いや~それにしても可愛いーね! 顔も似てるし、仲良し姉妹かな?」
姉妹という言葉で、テルミは少し落ち込んだ。
せっかくコーディネートを組んでくれた姉には悪いが、やはりこの服装は自分には合っていないのだ。
傷付きながらも訂正する。
「いえ、姉と弟ですよ」
テルミの声を聞き、男は、
「え? ……あ、ホントだ。オスだ」
と間違いに気付いた。
露骨に大きな溜息を吐く。
「はー。なんだオカマちゃんか、君は帰れよ。じゃあそっちのお姉さんだけ」
次の瞬間、地面に血が滴った。
「……あれ? 痛っ……うん?」
男の両手十本の指先で、まるで花が散るかのように急に爪が剥がれ、血が噴き出したのだ。
「いっ、いってええええ! 何で!? 何か引っ掛けたっへ……は、はひゃふひゃ!?」
慌てふためく男の前歯が、ぼろぼろと抜けていく。
テルミは、男と桜の顔を交互に見ながら、
「……ね、姉さんがやったのですか……?」
と尋ねた。
しかし桜は、
「あら~大変ね。どうしたのかしら~?」
と、口笛混じりに笑っている。
テルミは姉への追及は後回しにし、急いでバッグを開いた。
「とにかく、早く止血と消毒を……」
「いひぇえええ病院病院ー!」
テルミが手当て道具一式を出そうとする前に、男は悲鳴を上げて走り出した。
それを追い掛けようとしたテルミの肩を、桜が強く掴んで引き止める。
「放っておきなさい、別に死にはしないわ。あいつ詐欺師だし、それにテルちゃんを馬鹿にしたのよ?」
桜は冷酷に言い放った。
その目には怒りではなく、もっと暗く冷たい感情が篭っているようだ。
テルミは姉の目に少し戸惑いながらも、肩に置かれた手をそっと握った。
「放ってはおけませんよ。あの人が勘違いしたのは、僕の顔のせいですから……それに」
「それに?」
テルミは、姉に向かって微笑んだ。
「姉妹はともかく、僕と姉さんが『似てるし仲良し』と言われたのは、なんだか嬉しかったので」
その弟の言葉に虚を突かれ、桜はきょとんとする。
そして数秒後、嬉しそうにニコリと笑った。
「うーん、仕方ないわね」
桜は右手をぱちんと鳴らす。
すると、
「痛ってー! 痛って……あ、あれー!? 爪が戻ってる……歯も!? なぜにー!?」
自称スカウトマンが急に立ち止まり、自身の右手をまじまじと眺めながら、左手で口の中を触った。
周囲の人々は「なにコイツ。危ねー」といった目でスカウトマンを見ている。
「あたしの力で止血して、歯や爪を元の場所に張り付けてあげたの」
「力……念動力ですか?」
桜は頷いた。
どうやら穏便に済んだようで、テルミは胸を撫で下ろす。
「姉さん、ありがとうござ……うわっ」
「もー! テルちゃんってば可愛いんだから!」
桜はテルミに抱き付き、頬をすり寄せた。
「ね、姉さん……!」
「そうよね、仲良し似た者夫婦だもんね! あたしも好きよテルちゃん!」
「いえ、夫婦ではなく姉弟ですよ」
そうして二人は、再び周囲から注目の的になった。




