22話 『姉の笑顔、ふたつ』
「ボス! お誕生日おめでとうございますッッッ」
「うむ。皆よく集まってくれたな」
スキンヘッドで固太りの初老男性が、大勢の男達に祝われている。
広いテーブルの上には、参加者全員でも到底食べきれないであろう量の料理。
ここは日本を離れ、香港。
おじさん達のお誕生日パーティー会場だ。
早朝から始まったこの催しは、このまま夜まで一日中続く。
「♪祝你生日快乐」
むさ苦しいが、一見朗らかな風景。
――が、彼らはマフィアなのであった。
「ボス。昨晩事前に差し上げたプレゼントの具合はどうでしたか?」
黒服の男がそう言いながら、ちらりとボスの横を見る。
全裸の女性が、泣き腫らした目をして椅子に座っている。
「その女優はボスが最近テレビでご覧になって、気にされていたと聞いていました」
「ん~。まあいい感じだったよ。キミは気が利くねえ」
「光栄です。この後もまだ隣の部屋に……へへへっ」
男は首を捻り壁を見て、下衆な顔になる。
「あの壁の向こうに、女達が大勢待っていますよ」
「おー。ますます気が利くねえ」
その壁が、ぴしりとひび割れた。
「ボスに喜んで貰えれらあっ」
男はこれ以後、ボスへのご機嫌取りが出来なくなった。
突如飛んできた壁の破片が頭に当たり、顎より上が吹き飛んでしまったのだ。
ボスの顔が血飛沫で濡れる。
壁が大音量を立て崩れ、近くに飾ってある絵画や木像から火の手が上がった。
騒然となるパーティー会場。
そして炎と煙の中から、一つの人影。
「はーいどうもどうも~。正義の味方でーす」
アメコミヒーロー風の金属製マスク。
服装は、初の国外出張という事で基本に戻って黒のライダースーツ。
キルシュリーパーこと真奥桜が、両手から炎を噴き出しながら登場した。
「!?」
男達は、一斉に桜へ銃を向け引き金を引いた。
さすが修羅場を潜り抜けてきたマフィアの幹部達。
突然の火事と乱入に動転も躊躇もせず、素早い動作で発砲した。
が、その素早さは、桜に対して何の意味も持たなかった。
涼しい顔で数多の弾丸をその身に受け、傷一つ負わずに前進する。
桜は、一番近くにいた男に一瞬で詰め寄り、足を踏んで手首を掴んだ。
「何をすっ!?」
腕を捻り、横に引っ張る。
男の上半身と下半身が分かれ、天井まで血と臓器が吹き上がった。
瞬きする間に仲間がやられ、唖然とする隣の男。
桜は左手を伸ばし、その男の顎を人差し指で撫でた。
男の首に、急激な圧力がかかる。
「や、やめ……」
男の首は吹き飛び、ボスの席に置かれている皿に着地した。
目を丸くするボスの前で、桜の念動力により生首の目がぎょろぎょろと動き、口がパクパクと開閉する。
「ひぃっ!?」
驚愕するボス。
隣に座っていた全裸の女優に至っては、恐怖で声も出せず、椅子から転げ落ち腰を抜かして動けなくなった。
桜は更に別の男を感電死させながら、テーブルの上に並んでいる豪勢な料理に気付く。
「あら、パーティーやってたのね。社交パーティー? お誕生日パーティー? それとも誰かテストで百点でも取ったのかしら」
桜は中国語を知らないので、とりあえず英語で喋ってみた。
ボスは立ち上がり、後ろ歩きで逃げる準備をしながら、律儀に英語で聞き返す。
「貴様は一体、何者だ?」
「あーいむバットマン……じゃなかった、嘘嘘ごめん。日本から来ましたキルシュリーパーでーす」
「ジャパニーズ!?」
その会話中にも桜は一人の男の両腕を切断し、一人の男の全身を氷漬けにし、一人の男を蹴りで壁に叩きつけ押し潰した。
部屋とマフィア達が血に染まる。
だがどういうわけか、それを引き起こした桜の体には、一滴の血も付着していない。
そうやって屍を作りながら、じわじわとボスに近づく。
ボスは脂汗をかき息を荒げ、部下達を盾にしながら、時間稼ぎのために桜へ語りかけた。
「何故日本人がわしを殺しに来た? 日本では商売をやっていないぞ」
「えっとねー、なんとなくかな」
「なっ……なんとなくだと!?」
「衛星放送のドキュメンタリー番組で、この組織の特集やってたのよ。麻薬に密輸、悪質な地上げ、賭博、みかじめ、違法ポルノ、それに暗殺その他諸々やってるんだってね。それ見て来ちゃった。テヘッ☆」
可愛らしく小首を傾げ、自分の頭をコツンと軽く叩く桜。
それを見て、ボスを守っていた男の一人が怒声を上げた。
「ざけんなテメー!」
「うるさっ」
桜が男を睨みつける。
次の瞬間、男は灰になった。
「別になんとなくでも良いじゃない。あんたら世界を股に掛ける悪党集団なんでしょ? 地球のために滅びなさい。あー、そこにいる裸の女は情婦なのか誘拐されたのか知らないけど、逃げていいわよ……あれ? あなたの顔、何かの映画で見た事ある気がするー」
と言っている間に、また何人も死体になった。
ボスは恐怖し、全身の筋肉が大きく震える。
残る部下達では、到底この仮面の女に敵わない。
「そ、そうだ……金なら出す! いくらだ? いくらで見逃して……」
「お金じゃないの。大切なのは愛なのよ」
桜は投げキッスの動作をした。
衝撃波が発生し、ボスの足が砕けた。
残った男達を始末しつつ、桜がボスにゆっくりと歩み寄る。
「ひ……た、助け……」
「って事でー、あたし今からラヴを育むデートなの。シャワー借りて帰るわね」
ヒーローはその仮面の下で、満面の笑みを浮かべた。
◇
香港マフィアが滅んでから、ほんの三十分後。
「テルちゃん、おまたせー」
桜はテルミの部屋に入り、両手を広げ「準備かんりょー!」と言った。
「僕の準備も出来た所です」
「よーし、さっそくお出かけしましょ!」
今日は高校の創立記念日。
桜とテルミは休日だ。
「柊木ちゃんや閃光のなんちゃらとはデートしたんでしょ! ずるいー不公平ー! あたしもテルちゃんとデートする! っていうかしなさい輝実。これは命令よ」
と桜のわがままに付き合わされ、姉弟二人で遊びに行く事になったのだ。
一方、妹の莉羅は不満気な顔でランドセルを背負い、小学校へと登校した。
「ねえ、この服可愛い?」
桜はくるりと回ってみせた。
タイトなスカートに、胸元の開いたブラウス。
桜のスタイルが強調されている。
可愛いと言うよりも、大人びた美しさがある。
しかしここは聞かれた通り「可愛い」と答えておこう。と、姉の扱いに慣れているテルミは考えた。
「はい。可愛いですよ姉さん」
「でしょでしょー! もっと褒めてよ」
「はい。とても似合っていますね」
「でしょでしょー!」
桜は弟の腕を抱きながら、満面の笑みを浮かべた。




