-540話 『冥夢神官ダイムの護身』
遥か昔。
こことは違う宇宙でのお話。
「俺様が帰って来たぞ!」
酒場のドアを蹴り開けて、一人の男が現れた。
姿形も肌の色も、地球人に瓜二つだ。
「よお、一年ぶりだなお前ら!」
「……お前、昨日もここに来ていただろ?」
「一年間の冒険の末、ついに俺がダイムをやっつけた! 人類は魔物との争いに勝ったんだ、勇者である俺のおかげでな! 酒を出せ、祝杯だ!」
その言葉を聞き、周囲の客たちは「またか」という顔をして、そそくさと店から出る。
「テメ―らどうして帰るんだよ。俺は魔物の親玉を倒したんだぞ。飲もうぜ!」
「……お、お客さん。落ち着いてください。今日はもう店じまいでして……また今度と言う事で」
「なんだと? おい、まだ真昼間だろうが」
酒場の店主を睨みつける男。
そして店主は泣きそうな顔をする。
その時、再び酒場のドアが蹴り開けられた。
「おうおうおう。拙者こそが世界を救った英雄である! 一年間の旅の末、見事ダイムを改心させた!」
最初に現れた男と似たような事を言っている。
二人目が登場した事で、店主は顔面蒼白となり、気が遠くなって来た。
「何を言っているんだテメー。ダイムを倒したのは俺だぞ! 女神に導かれ、孤島に浮かぶヤツの古城に乗り込んだ! そしてあの巨漢のダイムを雷撃で痺れさせ、この剣でぶった斬った!」
「嘘を申すな。拙者こそが女神に導かれ、深海にそびえるダイムの祠へ赴いた。そして雷撃で門をこじ開け、論争の末、あの細身の男であるダイムを説得したのだ!」
「嘘つけ!」
「その方こそ虚偽であろう!」
二人の男から、ばちばちと電気音がする。
店主は泣きながら店から避難した。
そしてその店は、丸コゲになった。
◇
自称勇者達の話題に上がっていた、冥夢神官ダイム。
彼は、孤島の古城にも、深海の祠にも、大平原の巨塔にも、大空に浮かぶ島にも、荒野の洞窟にもいなかった。
小さな町の、小さな教会に住んでいる。
一応述べておくと、そこに十字架は掲げられていない。
「あーおかえりー。ダイムさまー」
とソファに寝ころんだまま、やる気の無い声で言ったのは、神官、兼ダイムの秘書、兼家政婦、兼居候少女のソーハ。
地球人で換算するならば十代後半の少女だ。
少々露出の多い衣裳。そしてその白い腕から背中にかけて、大きな翼が生えている。
「ただいまソーハさん……今日は二人の『羽無し』に幻覚の術をかけたよ。今頃あの電気の力で、羽無しの町はパニック状態だよぉ……」
と、弱弱しく呟いた少年こそが、冥夢神官ダイム。
地球人で換算するならば十代前半の子供だ。
ダイムは黒い一枚布のローブを羽織っている。
このローブは、この町での神官の服装だ。
そしてローブの下にはやはり大きな翼。
「りょうかーい。じゃあ、二匹の猿を退けたって事でー、町長に報酬請求しまーす」
「ああ、それにしても怖かった。羽無し達に襲われて、羽をもがれて食い殺されるかと思った……早くこんな生活から抜け出したい。神様助けてくださぁい……」
この冥夢神官という仰々しい異名を持つ少年。
性格を一言で表すのならば――臆病。
「ねえねえソーハさん。怖すぎて僕の手汗びっちょびちょだ……タオルおくれよぉ」
「町を守ってるんだからー、もっと堂々としててくださーい」
町とは、魔物達が住む町。
魔物と言っても、ゲームなどで良く見るスライムやゾンビなどでは無い。
この星では羽の生えた人間が、羽の生えていない人間から『魔物』と呼ばれている。
そして羽の生えていない人間は、羽の生えた人間から『羽無し』もしくは『羽無し猿』と呼ばれている。
双方、羽の有る無し以外はほとんど何も変わらない。
にもかかわらず、二つの種族は何百年も争い続けている。
特に小さな町村は、お互いの過激派集団から格好のターゲットにされてしまう。
自称勇者なり英雄なりの荒くれ者達から、理不尽に襲われる日々。
ダイムが住む町、および周辺の村々も、数年前まではそんな修羅状態であったのだが……ダイムが能力に目覚めた事により、情勢が一気に変わった。
「ダイムさまのおかげでー、この町はもう何年もー、羽無し猿からの略奪を受けずに済んでますからねー」
「ああ、略奪だなんて単語……聞くだけで怖いからやめてよソーハさぁん。心臓がどっくんどっくんするの」
ダイムの力は、敵に強力な幻覚を見せる『護身術』。
どうして護身なのかと言うと、町を襲いに来た羽無しへの『防衛手段』として使用しているからだ。
幻覚を見た羽無しは、まだ何もやっていないのに「当初の目的を達成した」と思い込み、回れ右して帰る。
さらに幻術にかかった羽無しは、指先から放電出来るようになる。
これはダイムも予期していなかった副作用であるが、羽無し達にとってはこの電撃こそが厄介。
彼らは「魔物に勝った」という幻の功績が誰にも認められない事に怒り、電気をまき散らしながら暴れ出すのだ。
それを止めようと無理に幻術を解くと、脳が壊れ廃人になってしまう。
ゆっくりと時間をかけてカウンセリングすれば治るのだが、そこまで出来る裕福な者は少なかった。
「はぁ。でも、羽無し達が僕を狙って来るようになったのは誤算だったなぁ……過去に戻ってやり直したいなぁ……」
「ウザいんでー、ウジウジすんのやめてくださーい」
ダイムの護身術は、最初は「この町を制圧した」という幻覚を見せるものだった。
しかしダイムが町や村々を守るたび、当然魔物達の間でダイムは有名になる。
そしてどこからか噂が漏れ、敵である羽無し達もダイムの名前を知る。
いつ頃からか『冥夢神官』なる異名が勝手に付けられた。
更に噂に尾ひれが付き、一部羽無し達の間では何故か『ダイムが魔物の親玉』と認識されるようになってしまった。
となると、羽無し達がここにやってくる理由が『略奪』から『ダイムを倒すため』に変わる。
そんな状況に合わせ、ダイムも「やだやだ怖いよ」と言いながら、幻術を微調整していった。
「ここにはダイムはいませんよぉ……別のトコに行ってくださいね。お願いしますマジお願い……」
と相手に幻術で言い聞かせる。
幻術にかかった羽無し達は、各々のイマジネーションによりダイムの根城がどこか想像する。
そして脳内で冒険の旅に出かけるのだ。
「冒険の旅ってからにはー、ある程度長い期間旅してたって事にしないとダメですねー」
「そうだねぇソーハさん。じゃあ一年間という事にするね、なんとなく」
「せっかくだからー、副作用の電気にもー、それっぽい理由付けときたいですよねー」
「そうだねぇソーハさん。じゃあ適当に女神から授かったとかって設定にするね。ソーハさんを女神のモデルにしても良い?」
「給料三倍にするならー、喜んでー」
「……やっぱりモデルは別のにするねぇ……ああ、この黒いボールでいいや。喋るボールってなんかそれっぽいよね」
「そうですかねー? まあ別にいいですけどー」
そんな作戦会議を経て、ダイムの護身術は完成したのだった。
町へやってきた羽無し達は「一年間の冒険の末、世界のどこかにあるダイムの根城に乗り込み、倒した」という幻覚を見る。
脳内では一年間経っているが、現実では数秒だ。
そして電気の力を宿し、胸を張って凱旋するのだ。
◇
「ああそうだーダイムさまー。今日の晩御飯はー、ピーマン炒めとー、ナス炒めー、どっちがいいですかー?」
「ピッ!? ナッ!? ど、どっちもヤだなぁ」
正確にはピーマンとナスでは無いのだが、似ている食物のため便宜的にそう訳す。
そしてその二つは、ピンポイントでダイムの嫌いな野菜であった。
「でも町長がー、ダイムさまにもっと野菜食わせろって言ってー。ピーマンとナス沢山送ってきたんですよー」
「町長がぁ? う、ううん、じゃあナスの方で」
「あー腐るとメンドクサイのでー、やっぱりどっちも炒めまーす」
「ええっ!? そ、そんなぁ……非情だよぉ……」
ダイムの手に再び汗が沸き、タオルで念入りに拭いた。
「ソーハさん、せめてお菓子……食後のスイーツに、クッキー欲しい」
「いいけどー、自分で買って来てくださーい。ついでに私のぶんもー」
「つ、疲れてるのになあ僕……ソーハさんそういう所だよね。そういう所」
「何か言いましたかー?」
「言ってないよぉ」
ダイムは愚痴を言いつつ、小銭片手に教会を出た。
そして菓子屋へ向かおうとして……ふと、妙な声を聞いた。
「ふああ~」
誰かがあくびをした。
教会入口の横に、大きな黒い布が敷いてある。そしてその布は膨らんでいる。
ちょうど人間が一人、入っていそうなくらいの膨らみ。
「だっだだだだだだだだだだだだっだ」
怖すぎて「誰?」という台詞が言えないダイム。
「う~ん……あら? あらあら? 真っ暗だわ~」
と、布の下から声がした。
黒い布を被っているので、真っ暗なのは当然だ。
闇の中を手探りするように手を振り、そして布で顔が隠れたまま立ち上がった。
「だだっだ、だだだだだだだ」
「だだだ~? どなたかいるの~?」
相変わらず「誰」が言えず、恐怖で足も動かないダイム。
謎の人物はダイムを抱き寄せた。
顔に、むにゅっと柔らかい感触。
「むにゅうっ?」
ダイムは慌てて抵抗し、その人物から一歩分離れた。
衝撃で黒い布がはらりと地面に落ちる。
「あら~。やっと明るくなったわ~」
ついに顔を見せたその人物は、女性だった。
白い長袖の服。その腕から脇にかけてのシンプルなシルエット。
腕に、羽が生えていない。
それに気付きダイムは、お漏らししそうな程の恐怖と衝撃を受けた。
実際にお漏らしするとソーハに怒られ、かつ馬鹿にされるので、なんとか我慢したのだが。
「は、羽無しぃ? たたたた大変だぁ」
慌てふためくダイム。
それとは対照的に、羽無しの女性は嬉しそうな顔でダイムの両手を握る。
「まあ。あなたは教会の子供かしら~?」
「うわわわわわっ」
ダイムは、反射的に女性の手を振り払った。
「あら~? 握手は嫌いなの~?」
敵地にいるというのに、のんびりとした呑気な口調。
そしてその大きな胸。先程ダイムは、あの豊満な膨らみを顔で感じたのだ。
そう思うと、思春期であるダイムは挙動不審気味に目をキョロキョロと回す。
そんな少年を見て、羽無しの女性はニッコリと笑った。
ダイムの目は、その笑顔に釘付けとなった。
心臓が、どっくんどっくんしている。




