彼女の態度はとても分かりやすい
私は自室の革張りの椅子に身を沈めると、足を組み、思考に集中する。
考えるのは朝から言葉を交わしていない彼女の事。
半年以上、彼女と生活を共にしてきた。
朝夕の食事は一緒にとり、食事のたびに会話に花を咲かせる。
一緒に職場へ向かい、仕事中、たまに目が合えばにこりと微笑んでくれる。
休日には、ともに出かけ、一緒に買い物をしたり、街中を歩いてみたり、楽しいひと時を過ごした。
このような穏やかな時間がいつまでも続けばいいと思っていた。
いや、続けるつもりでいた。
もともと彼女は私をこの国に置いておくための餌として買われた存在だ。
その身柄は私が好きにして構わないはずだ。
それこそ、どのように遊び、飽きたら捨てようが彼女本人以外、表だって文句を言うものはいないだろう。
しかし、私は彼女のすべてが欲しい。
彼女の魔力の才能はもちろん、彼女の体も心もすべて欲しいのだ。
できれば彼女自身に私の隣を選んでもらいたい。
彼女のすべてを手に入れるため、私は策を巡らせた。
彼女と、なるべく一緒にいる時間を取り、私の事を知ってもらった。
彼女にとって、私といる事がまるで生活の一部で当たり前のことになるように日々を過ごす。
私の誠意は行動で伝えてきたつもりだ。
彼女の様子から見ても、私には悪い感情を持ってはいないようで、最近では家族に対するような好意も感じられるようになってきた。
いずれ時を見て求婚するつもりだ。
求婚をした後に、私と彼女の身分差等が障害になってはいけない。
私は、彼女には内緒で貴族の養女にし、しかるべき身分を与え、国には彼女の有用性を訴えた。
国に利益をもたらすとなれば、国は彼女を手放さないようにと画策する。
手放さないようにするために囲い込むのがよい。
囲い込む方法として、結婚というものは一般的だ。
結婚し、子どもを産み、家族を持てばそれらを鎖として繋ぎ止めやすくなる。
最新の魔法障壁の情報に、魔力を目視で、細かな調整ができるというあの能力。
今後どれだけ我が国の魔術の発展に貢献できるだろうか。
その価値は計り知れない。
この国で彼女の価値を知ったものは、彼女がスパイなのではないかと疑う者が多い。
ジェーシャチ国が彼女を手放した理由がわからないからだ。
実際、彼女がこの国に来てすぐに、彼女に気が付かれないように監視がつけられたが、彼女の普段の様子からスパイではないだろうと判断された。
私以外の者から見ても、彼女は感情がわかりやすく、全くと言っていいほどポーカーフェイスができない。
あれらすべてが演技でない限り、彼女はスパイには向かないだろう。
しかし、たとえスパイに見えなくても、もうしばらく彼女は国の機密にかかわる仕事を任すことができない。
もうしばらく彼女を観察し、確実に彼女がスパイではないと国が判断するまでは彼女に外に漏らされて困ることを教えるわけにはいかないのだ。
その状態にやきもきしてる研究員も多く、私以外にも国へ彼女の有用性を唱え、もっと深い研究や仕事にかかわらせるべきだと訴えるものも出てきている。
国も彼女の価値をそろそろ理解し、本格的に囲い込みにくるだろう。
その時に私は彼女を妻として迎えるよう動こうと思っていた。
外堀を埋めていっていたし、彼女は前に独身宣言した通り、とても一生懸命仕事に励んでおり、色恋沙汰には興味がないようだった。
だから油断していた。
もっと異性の存在を警戒するべきだった。
彼女が恋に落ちたことはすぐにわかった。
彼女の態度はとても分かりやすい。
ゼクスと会ったあの時から、彼女は急にそわそわしだし、挙動不審になった。
次の日の彼女は、見ていられないほどうっとりとした瞳をしており、時折幸せそうな表情を浮かべ物思いに耽っているようだった。
確かにゼクスは見目も良く、彼に熱を上げる女性も多いだろう。
まさか彼女がそんな女性の一人になるとは思わなかったが。
私は、早々と彼女の恋心を壊すことにした。
何も間違ったことは言っていない。
ゼクスは私と違い長男だから、いずれは領地経営を支えられるしかるべき相手と結ばれるべきだ。
彼女自身も結ばれるとは思っていないといっていたが、私が「その気持ちを応援することはできません」といった後の悲しそうな瞳は忘れられない。
口ではああ言いながらも、どこか期待していたのだろう。
彼女の様子から、この恋はあきらめるようだ。
もう、ゼクスと会わす予定もないし、このまま彼女の恋は壊れればいい。
と、ここまで考えたところでノックとの音が響き、あわてた様子のメイドが入ってきた。
「旦那さま、大変です! イチカ様が逢引をなさるそうです! 」
メイドの言葉で、椅子から落ちそうになった。
「相手は手紙の主であるタウゼント様とおっしゃる方で――」
メイドの話によれば、今日、ジェーシャチ国の研究員からイチカさんへ手紙が届いたらしい。
その人物は今この国に来ており、イチカさんと会いたがっているそうだ。
嫌な考えが浮かんだ。
失恋で心を痛めているところへ、昔の知り合いが訪ねてきて慰める。
これが巷で売られているありきたりな小説なら、そこから恋物語が始まってもおかしくない。
私は、イチカさんを今すぐここへ呼ぶようにメイドへ伝えた。




