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◇088 皇都への帰還





 明朝、私たちは領都を発つことにした。

 お城の使用人たち総出で見送ってもらう。そこまでせんでも……と思ったが、皇后様や皇太后様であるお祖母様、皇太子であるエリオットもいるわけだし、仕方ないのかもしれない。


「また、いつでもお越しくださいませ」


 城代であり、領地代官でもあるバスチアンが深々と頭を下げると皆もそれに倣う。

 キッチンカーが走り出す中、私は窓から小さく手を振った。

 

「みんな元気で! また遊びに来るわ!」


 キッチンカーで四時間ほどなのだ。週末に来て一泊して帰るなんてことも普通にできる。これからはちょくちょく来よう。

 途中でトロイメライ親子とも別れる。トロイメライ子爵家とは化粧水などでこれからもお付き合いがあるだろう。まあ、化粧水に関してはお母様に丸投げなんだけど……。

 そのうちリオンも皇都に戻るだろうし、顔を合わす機会もあるかもしれない。

 エリオットやジーンと同じく、攻略対象とはあまり私は関わり合いたくはないんだけどね……。

 今回だってエリオットたちがいなければ、リオンがウチに来ることはなかったわけだし。

 攻略対象が攻略対象を呼ぶんだよ……。まあ、リオンがいなかったらいろいろと困った状況になってたんだけどさ。


「領都は楽しかったかい?」

「とっても! いろいろと大変なことがありましたけど……」


 キッチンカーを運転するお父様にそう答える。楽しかったことは楽しかったが、後半は大変だったよ。

 結局リオンルートを潰すことになるとは。律と出会っていなければ、リオンルートに疑いを持つこともなかったし、知らないところで十年早く呪病が広まるところだった。

 さすがに皇都で広まり始めたら私も気がついただろう。だけどそれから動いたのでは、多くの死者が出たと思う。

 大変だったけど、呪病は駆逐したし、エルフたちとも友好関係を結べたし、首無し騎士(デュラハン)の出る呪われた地を浄化することもできた。

 結果だけ見ればよかったことだらけだ。まあ、律たち七音の一族が、フィルハーモニー公爵家に仕えるっていうイレギュラーもあったけどさ。

 すでにこのことは皇王陛下に伝えられていて、どちらかというと喜ばれているらしい。

 世に知られた腕利きの諜報部隊をそっくりそのまま手に入れたようなものだからね。あくまで公爵家の預かりだけど、そこはあんまり気にしていないみたい。

 正確には七音の一族が仕えているのは私であって、一応未成年だから、お父様預かりになっているってだけなんだけどね。まあお父様なら間違った使い方はすまい。

 情報は力だ。時としてそれは何よりも頼りになる武器になる。

 私が破滅ルートを歩まないためにも、それはありがたい話だ。いざという時は頼らせてもらおう。

 そんなことを考えていたら、あっという間に皇都に帰ってきてしまった。旅行って行く時は遅く感じるけど、帰りは速く感じるのはなんでだろうね?

 見慣れた街並みを進み、貴族街へと入って、ようやく我が家へと辿り着く。

 お屋敷を見たとき、『帰ってきた』って気持ちになり、私もこの生活に慣れてきたんだなあ、としみじみ思った。貧民街スラムでの生活は大変だったけど、懐かしく思う気持ちもまだあるんだ。

 正門を通り、お屋敷の方へ……って、あら? どっかで見たようなご立派な馬車が停まってますけど……?


「おお! 帰ってきたな!」

「兄上……」


 なんで皇王陛下がウチでお出迎えしてんの……? いや、奥さんと子供がひと月ぶりに帰ってくるんだから気持ちはわからんでもないけど、お城で待ってなさいよ……。


「父上!」

「おお、エリオット! 息災であったか?」

「はい!」


 二号車からエリオットが飛び出して皇王陛下の元へと駆け寄る。確かエリオットの近況は、お付きの騎士さんたちが毎日届けていたはずだけど。まあ『男子三日会わざれば……』ってやつなのかもしれない。


「サクラリエルも元気そうだな」

「はい。領都に赴き、見識を高めて参りました。国のため、領地のため、いろいろと活用したく思います」

「立派な心がけだ。さすが我が姪。ところで……」


 キッチンカーから降り、お母様とカーテシーでご挨拶をしていた私に、皇王陛下がわざとらしく、うぉっほん、と咳をひとつ。

 後ろの宰相さん共々、なんかソワソワしているけど、なにさ?


「新しい店はどのようなものなのか、見せてはくれんかな?」

「アー……モチロンカマイマセンヨ」


 皇王陛下からのお言葉に、思わず表情が、スン……となってしまう。

 これあれだ、エリオットの近況報告の際に書かれていたであろう、私の店の新しい食べ物に興味津々ってやつだ。

 一人だけ、いや宰相さんも入れて? 二人だけハブられていたからな……。

 ちょうどお昼だし、エアコンもない中でお仕事してた伯父さん(おいたん)にご褒美というわけじゃないが、ひとつ召喚するとしようか。

 今日はキッチンカーを召喚してしまったので残り魔力があまりない。それでも一軒くらいなら喚べる。

 さすがに八百屋はないな。おにぎり屋もちょっと味気ない。となるとラーメン屋か回転寿司屋だけど……。


「回転寿司がいいんじゃないかな。兄上はああいった変わった物がお好みだから。それに新鮮な魚介類は皇都でもなかなか食べられないし」

「そうですね」


 お父様の言葉に従い、回転寿司屋『くま寿司』を喚ぶことにする。

 店内に入った皇王陛下と宰相さんはさっそくお父様にメニューの説明を受けてお寿司を注文していた。


「美味い! 生の魚がこんなに美味いとは!」

「このオコメというものも美味いですな」


 そっか、二人はご飯を食べるのも初めてなんだ。私たちは『豊楽苑』でチャーハンとかライスとかを先に食べたからなあ。

 まあそれは酢飯であって、普通のご飯ではないんだけども。お米には違いないが。


「サクラリエル嬢、我が国でもこれは作れないでしょうか?」

「うーん、お米自体を見たことがありませんから……。まずそこからですね。お魚も生ではこの店以外食べるのは危険ですし……」

「あの」


 私と宰相さんがそんな話をしていると、おずおずと律が手を上げる。


「これと似たようなものが雅楽国にあります」

「えっ!? お米あるの!?」


 律の発言に思わず声を上げてしまった。そういえばゲームでは雅楽国って、日本をイメージして作られた国だった! 米があってもおかしくない!


「ですがその……。雅楽国では稲禾とうかと呼ばれていますが、一部の地域で作られているだけですし、その、大半は家畜の餌として作られている、ので……」


 はい? 家畜の餌? 

 店内がピシリと凍りついた。そりゃそうだよ。我が国の皇王陛下が家畜の餌を美味い美味いと食べてたんだもの。

 律も自分の失言に気がついたようだ。さーっと血の気が引いている。むむ、ここはひとつ……。


「雅楽国の家畜はよほど大切にされているのね。こんなにも美味しいものを食べさせてもらっているのですもの。それともこの美味しさを知らないのかしら? だとしたらなんてもったいないこと。これを大量生産できればパンに匹敵するほどの穀物になるというのに」


 私はわざとらしく大声でそう発言した。意を察した宰相さんがそれに乗ってくれる。


「ほほう。ならば我が国でその穀物を独占生産すれば、さらに食卓を豊かにできるわけですな?」

「ええ。こちらを見てください」


 私は四次元ポシェットから『むすびまる』のおにぎりを取り出して皇王陛下と宰相さんのテーブルに置いた。鮭とツナマヨのおにぎりだ。


「これもお米でできた食べ物です。包んでいる透明な袋を取ってどうぞ召し上がって下さいませ」


 皇王陛下と宰相さんがラップを取ってそのままかぶりつく。


「おお! これも美味いな!」

「寿司とは違って素朴な味わいですが……こちらも美味い」

「このようにお米はいろんな可能性のある穀物なのです。他国がまだその美味しさに気がついていないのであれば……」


 含みを持たせるように私はにやりと笑う。それに対し、皇王陛下と宰相さんも人の悪い笑みを浮かべた。


「これは……使えるな。大きな金脈かもしれん」

「ええ。サクラリエル嬢の料理を再現できれば、我が国にとってまたとない武器となるでしょう。外交の切り札にもなり得ます。いち早く手をつけるべきかと」


 くっくっく……と、三人して人の悪い笑みを浮かべていると、お父様たちから呆れた目を向けられた。

 いいじゃん、お米が手に入るんだよ!? この際だから量産してもらおうよ! この国をお米大国にしてしまおう! 先んずれば人を制す!

 帰ってきてさっそくで悪いけど、後で七音の人たちにオボロに乗って雅楽国へ種籾たねもみを探しに行ってもらおう。

 そうだ、フィルハーモニー領でも田んぼを作ろう。まずは小さいのから試していって、少なくともうちの家庭が食べるくらいの分は確保できるくらいに広げて……。


「ところでこの『おにぎり』というのは、手軽に食べられていいな。仕事中でも食べられそうだ」

「もともとは携行食であったとか。お弁当としても便利です」

「なるほどな」


 私としてはなんとしてもこの国に米を根付かせたいので皇王陛下にアピールを続ける。今度『豊楽苑』のカレーとチャーハンも食べてもらおう。そうしよう。

 その後、皇王陛下と宰相さんはお寿司を食べられるだけ食べて、エリオットたちと一緒に馬車でお城へと帰っていった。揺れる馬車の中で気持ち悪くならなければいいが……。

 召喚した『くま寿司』はそのままにして、お屋敷の使用人さんたちにも食べてもらうことにした。お父様の奢りだ。どんどん食べてちょうだいな。

 私は琥珀さんを連れて自室に戻り、ベッドの上に勢いよくダイブする。

 

「はー……。やっと帰ってきたって実感する……」

『そんなにか』

「そりゃそうだよ。いろいろとありすぎてもう疲れるったら……! やることが……やることが多い!」


 基本的に破滅フラグをへし折ろうとするなら、私が動くしかない。他人任せにできない部分があるからね。

 全体的になにが起こっていて、どう対処すればいいのか。ゲームの内容と照らし合わせて、先に動かないといけなくなる。それだって、知っていることと知らないことがあるから、その場その場で判断しなきゃいけないわけで。そりゃ疲れるって……。


「破滅したくないからやるけどぉ……」

『女神様たちも小さきあるじに注目しておる。我も手伝うゆえ、頑張ろうではないか』


 いやまあ、頑張るけど。頑張らないと破滅するし。とりあえず三つのルートは潰したし、この調子でいけばひょっとしたら学園入学前まで全ルート潰せるんじゃない? って、さすがにそれは無理か。

 なんなら学園に入ってからの方が予想が立てやすいから潰しやすいかもしれない。

 今回の呪病みたいに私が知らないところで勝手に進んでいるのが一番怖いよ。

 七音の一族にいろいろと調べてもらうかな。なにかしらの予兆を知ることができれば、先手を打てるかもしれないし。そしたら……。

 これからのことをあれこれと考えているうちに、私は深い眠りの中へと落ちていった。








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