72 夏休みに帰省しよう
今回から新章突入です。よろしくお願いします!
「研修は上手くいったようですね」
会社に戻った俺をケルケル社長が笑顔で出迎えてくれた。
その横ではファーフィスターニャ先輩がカラフルな紙テープを投げたりして、祝ってくれている。
「わざわざこんなものまで用意してくれなくても……」
「何日も出ていってると思うと、本当に後輩君が帰ってくるのかと不安にもなる。昔は研修で心折れて辞めた人もいた」
なんか嫌なことを聞いたな……。昔の黒魔法業界はもっと厳しかったんだろうな……。
「あんなの楽勝だよ」
メアリは俺の横で「えっへん!」とでも言いそうな顔で胸を張ってるけど、超熟練の冒険者がコボルトを一撃で倒せると自慢してるような大人気なさがある。見た目は子供みたいだけど。
ちなみになぜか、メアリはセルリアにだっこされている。
熟睡しすぎて、遅刻しそうだったからセルリアがメアリをだっこして出勤した。そのまま調子に乗ってだっこを継続しているのだ。これじゃセルリアが誰の使い魔かわからないな……。
「さて、フランツさん、夏休みの取得の件ですが、いつ頃にいたしますか?」
ケルケル社長が小さいカレンダーを出して言う。そういえば、もう夏と言えば夏なんだよな。
「じゃあ、八月なかばでお願いします。実家に帰省しようかなと。海の近くで、なかなか景色のいいところなんですよ。ライトストーンというところなんですけど」
「えっ、海があるの?」
ファーフィスターニャ先輩が食いついてきた。
「はい、ライトストーンって海が近くで、その語源も近くの漁師が海で光る石を見つけたからだと言われてるんです。実家は漁師でもなんでもなくて、町の会計士なんですけどね」
「私、海見たことない」
ほぼ毎日海を見て暮らしていたので意外な感じもしたが、王都は内陸にあるし、人口で考えれば海に面してないところに住んでる人のほうが多いから、ありえないことでもないか。この人、活発に動かなそうだし。
「じゃあ、ファーフィスターニャさん、夏休みを同時に取得してライトストーンに行ってみたらどうですか?」
そんなことをケルケル社長が言った。
「それに今なら海の温度も高いので、泳げますよ」
「海。胸が高鳴るかもしれない」
あまり表情を変えずにファーフィスターニャ先輩が言ったけど、本人談を信じれば本当に高鳴ってるんだろう。
「社長、いいの?」
「いいですよ。むしろ、私まで久しぶりに犬かきで泳ぎたいぐらいですし」
あれ、なんかこの流れはまさか……。
「じゃあ、皆さんでそのご主人様の故郷の海に行ってみませんか?」
セルリアがそう提案した。あ、これはもう確実にみんな来るな。
「あの……皆さん、俺のふるさとにお越しいただけるのは大変うれしいです。が、一つだけ守ってほしいことがあります」
俺はこほんと空咳する。早目にはっきり言って釘を刺しておかないとまずい。
「俺の実家にみんなで来るというのはナシでお願いします。宿はちゃんととってくださいね!」
セルリアの腕の中のメアリが「ふうん、そんなにフランツの家、狭いんだ」と失礼なことを言った。いや、お前の超豪邸と比べたら一般家庭だから狭いけどな……。あと、俺以外で四人も来たらだいたいの家は手狭になる。
「狭さの問題じゃない。メアリですら、本音を言うとあまり家には来てほしくないぐらいなんだ……。なにせ、俺の親父、ものすごく厳格だからな……。女子たくさんと帰省したら三秒ぐらいで追い返される危険すらある」
親父はとにかく笑うということがない男だ。とくに軟派な男は許さないというタイプだった。
その分、勉強したいと言えば金は出してくれたし、だから王都の魔法学校にも通えたわけだけど。
「だとすると、わたくしがついていくのもなかなか大変ですわね……」
セルリアが困った顔になった。そう、まさにそれが今の俺の最大の懸案だ。
「けど、セルリアまで紹介しないのはおかしいと思うんだよな……。使い魔を親に隠すってことは、自分の仕事を親に堂々と言えてないのと同じだし……。だから、セルリアはどうにか連れていくつもり」
逆に言うと、それが今回の精一杯だ。まだ、セルリアは仕事のパートナーである使い魔だという言い訳もできるから、納得してもらいやすい。
でも、ほかの社員も女の子だらけですって伝えると、そんな男に育てた覚えはないとかキレるリスクも上がる。まずはセルリアで様子見をしたいのだ。
別にいかがわしいことして働いてるわけじゃないし、何を言われたって今の仕事は続けるに決まってるけど、親がいい顔しないというのは鬱陶しくはある。そこは素直に息子を応援してもらいたい。
「なるほど。ただでさえ黒魔法業界で働くことを嫌がる親御さんは多そうですし、ここはライトストーンに宿を取ることにいたしましょうか」
社長、その発言は来るってことですね。まあ、いいや。地元にお金落としていってください。
このあと、夏休みの調整がなされて、俺は五人で帰省することになった。帰省には馬車などを乗り継ぐ。
自分以外は当然女の子だ。これ、親には見せられんな……。
子供時代、親父は厳しかったけど、一方で「お前は男の中の男だ」とよく褒めてもくれた。「年頃になると、女の尻を追いかける男が多いが、お前はそういうことがない。立派だ」なんて言われたりもした。
それは親父の息子を見る目が曇っていると言っていい。
単純に俺はモテる努力をしなかっただけだ。
つまり、あわよくばモテたいとは思ってたけど、あわよくばレベルだったので、普通に勉強を優先していたら、そういうモテるキャラになる時間を取り逃がしたのだ。魔法学校でもそうだった。
これは男の永遠のテーマかもしれないが、勉強をやってもモテることは基本的にない。少なくとも学校の成績順にモテるなんてことはない。モテるだけならスポーツとかやったり、単純にイケメン目指して美容に金や時間をかけたりするほうが有利だ。
で、それは魔法使いとして大成するベクトルからはずれている。なかなか両立はできない。
実際、女子と二股かけてた男子生徒もいたが、成績はあまりよくなかった。勉強に時間が取れないと、途中からついていけなくなるからな。
自業自得だから一切同情しないぞと思っていたけど、今の俺の、家にセルリアもメアリもいる生活って他人から見るともっとただれてるように受け取られかねないので……なんというか、相手の理解が大事だなと切に思う……。
そして、今も馬車で女子に囲まれているというわけだ。
左右にメアリとセルリア。向かいにファーフィスターニャ先輩とケルケル社長。なお、先輩と社長の使い魔は場所の関係で屋根の上に乗っている。
たまに馬車が揺れると、セルリアの胸が当たる。絶対に親父には見せられない。もちろん母さんにも見せられない……。
「ご主人様、楽しんでいらっしゃいますか?」
多分、帰省の旅を楽しんでるかという意味だろうけど、俺は違う解釈をした。
「うん、楽しんでるよ、セルリア……。むしろ、このあとよくないこと起こるんじゃないかって怖くなるぐらいだな……」




