61 領主としての仕事
「突然やってきてしまって、申しわけありません。ファントランドのことで領主様とお話をするべきかなと思いまして……」
やけに村長は背中が曲がっている。まだ老人という歳ではないから、話しづらい内容ということだろう。
「実は、そろそろこちらから伺おうかと思っていたんです。手間が省けてよかったです。さあ、どうぞ、どうぞ」
俺はテーブルに案内する。また、メアリが見張り番みたいに座ってるけど、見た目は少女だから大丈夫だろう。セルリアはお茶を用意している。
「領主様には、この資料を見ていただきたいのです。大型商業施設に関する住民アンケートなんですが――」
「知ってます。二十一人中十七人が賛成というものですよね」
おそらく業者に言われて、俺の説得に来たんだろうな。あるいは、住民に言われたかどっちかだ。俺の意見をぜひとも撤回させるぞってやる気はこの人から感じられないからな。
「すでにご存じかもしれませんが、沼トロールの生活を守るために俺はそれに反対しました。たしかに彼らは税を収めているわけでもありませんが、それで彼らを追い出すことになるわけですから」
「しかし、産業がないままでは、ファントランドは消滅する、そう危惧している住民が多く――」
「なので、産業を興したいと思います」
俺は新しい資料をテーブルに置く。これが俺なりの答えだ。
「これは計画書です。目を通していってください。俺が説明します」
村長はまさかこんな展開になるとは……といった顔をしている。俺も不意を打った意識はあるからな。
横でメアリが楽しそうにほくそ笑んでいる。
「『ドブロン販売計画』と書いてありますね……」
ドブロンとはファントランドで作られている白く濁った酒だ。あくまで地元で消費するためだけに作られていて、まともに売られてはいない。
「そうです。そのドブロンを売れるぐらい作って、王都で販売します。あのお酒の品質なら十分に売り物になります。勝負ができます!」
次ページにはどれぐらいの従業員が必要で、それを郡から募集するといったことも書いてあった。
ちょっと勇み足でお酒のラベルまで試作品を載せている。
「た、たしかに産業があれば、ファントランドは生き延びるかもしれませんが……」
「それとね、これは大型商業施設に関するデータを調べたものなんだけど」
横からメアリが資料を出してきた。
えっ? そんなの作ってたのか? 俺も知らないぞ……?
「ミニデーモン軍団がいろいろと検証をしてくれたよ。これぞ、わらわのやり方。名付けて、ビッグデータ」
俺もあわてて、その資料に目を通す。
「結論から言うと、その商業施設の計画、郡都の市場や商店街とかと全然話がついてないんだよね。今、施設を作っても、郡都のお店はろくに移って来なくて、巨大なハコモノができるだけだよ」
そこには、びっしりと資料が並んでいる。ほとんど有無を言わさぬパワーがある……。
「ついでに言うと、その郡の人口規模だとその施設は維持できないよ。それより多い人口の郡で、五年以内につぶれた場所とかあるから。郡都の空洞化が進んで、もっと滅亡が早まるんじゃない? 劇薬がそのまま毒になるってことだね」
メアリは涼しい顔をしているが、これ、衝撃的な情報だぞ。
そこにセルリアがお茶を持ってきたが、村長も俺もデータを確認するのに躍起だった。
「業者はこんなこと、一言も言ってなかったけど、あれはどうしてなんだ?」
「こんな巨大商業施設、造ったらすごいお金が動くよ。ちなみに彼らは施設ができても、そこの経営にはタッチしない。死の商人みたいな連中さ」
そっか、向こうは建物ができた時点で勝ちになるんだな。勝利条件が違うんだ。
「わらわはフランツの計画が完璧とまでは思ってない。理想主義的なところも残ってる。それでも、デカいハコを作るよりはリスクは小さいと思うよ。二者択一なら無難なほうをとるのが村長の役目だと思うけど、そこは本人が決めてね」
村長はゆっくりと出されたお茶を飲んだ。
それから俺の目を見た。むしろ、やっと見てくれた。さっきから怖々と俺の目を見ずに話をしていたんだ。
「すいません、すぐに従業員を確保するのは難しいと思うのですが、付近にはアルバイトで雇える住民もいません。これはどうすれば?」
ああ、乗ってきてくれたな。
「実はそれも最後のページに書いてあります」
すぐに村長がそのページをめくる。
沼トロールを雇うと書いてある。
「彼らもお金で何か買いたい時もあるでしょうし、多分話をつければどうにかなると思うんですよね」
沼トロールにも、もう少し歩み寄ってもらうというか、これだけ近くに住んでいるんだし、両者で協力してもらおう。
「まあ、その仲介役は領主の俺がやりますんで。領主ってそのためにいるんで。これでいけませんかね?」
ひとまず、おおかたの知恵は出した。
これで上手くいかないようだったら、また考えてみればいい。
ここから先は政治の領域だ。政治というのは、内容の正しさとかとは別のレイヤーで決まるしな。そこはそこで、また努力しよう。
村長は残っていたお茶をぐいっと飲み干した。一息つくための儀式みたいなものだろう。
そのあとの村長の顔は、憑き物が落ちたようにすっきりしていた。
「わかりました。持ち帰って、集落の人間にこのことを伝えます」
「ちなみに村長は、あのアンケート、どう答えたんですか?」
「どちらともいえない、にしました」
やっぱりな。
村長は俺と初対面の時、村を発展させる方法がなくはないが悩んでいると言った。
それこそ、商業施設の話だったんだ。
今日のことで、村長も吹っ切れたんだろう。
「村長さん、ごはん、食べていかれますか?」
そこにセルリアが楽しそうにやってきた。
「いえ、せっかくですので王都の酒場で出ているお酒の味を見てこようと思いますので」
村長が出ていって、俺は肩の荷が一個降りたのを感じた。
「ふぅ……。領主としての仕事が一個終わった」




