60 お風呂で相談
俺はファントランドのある郡について、一から調べることにした。
もちろん、ざっとした情報は過去に仕入れた。でも、それだと足りない。なので、地下の書庫で関連書籍をあさる。
そこに住んでいる人を幸せにすること、幸せを考えること。そのためには、まずは相手のことを知らないとわからない。
俺が愛読していた小説だと、主人公の教師が生徒の名前を必死の努力で覚えていたシーンがあった。
名前もわからない相手と仲良くするというのは可能か不可能か置いておいて、その前に失礼なのだ。敬意が足りてない。
それは名前だけに限らない。その土地の歴史、文化、風土、抱えてる問題点――そういうことを知っていけば、どこかに答えは見つかる…………かもしれない。
もちろん、あらゆる手を尽くした結果、この村は手放すしかないなんてこともある。
たとえば、炭鉱が閉山してしまった場合の炭鉱村なんかがそうだ。山の男がごそっといなくなってしまって、自治体として機能しないなんてことはある。
ファントランドを栄えさせるには、特効薬みたいなものがいる。変化がいる。そのための案の一つが大型商業施設なのは確かだと思う。
けど、もっとほかの方法はないか?
五冊ほど本を広げて、案が一つ浮かんだ。
住民が納得するかわからないけど、何も提案できないよりはマシだろう。
まだ八時までにはだいぶ時間があった。社長とのルールは守れたな。書庫のカギを渡して、帰ろう。
ただ、書庫を出たはいいものの、社長はどこにいるんだろう? 言うまでもなく、廊下にはいない。
<ケルケル リビング>と書いてある扉をノックしたけど、何の反応もない。<ケルケル トイレ>という扉を叩いたけど、こちらも反応なし。
「そっか、お風呂入ってるって言ってたな……」
俺はお風呂の扉をノックした。扉と言っても、古城だからか、やけに分厚い石造りだ。反応はない。というか、ノックの音がしてないのかもしれない。
一般的に考えて、ここを開けてすぐに浴槽ということはないはずだ。まず、確実に脱衣場が手前にある。なので、ここを開けて、声を出せばいい。うん、問題は何もない。
ゆっくりと重い石の扉をスライドさせる。
うん、脱衣場があった。
それと、思いっきり裸で頭を拭いている社長の姿があった……。
ああ、ちょうど、お風呂から出てる時間だよな。そうだよな……。
「すいませんでしたっ!」
すぐに扉を逆方向にスライドさせる。お尻から尻尾が生えているところもしっかり目に焼き付いてしまった。
けど、その扉に内側から力がかかった。ケルケル社長が開いている。
「フランツさん、別に閉めなくてもいいじゃないですか」
「のぞいてしまいました、ごめんなさい……」
「浴槽に入ってきたなら問題ですけど、これぐらいは許します。も、もう少し深い仲ですし……」
「で、ですけど、あれは業務なんで……」
少なくとも俺から言うのは絶対にセクハラなのでできない。
「あの、よかったらお風呂入りませんか? 調べ物の後のお風呂は気持ちいいですよ? 書庫はほこりっぽいですし」
その提案はかなり魅力的で、結果として俺はそれに乗った。
地下のお風呂は大浴場と言っていいサイズだった。社長、すごくいいところに住んでるな。でも、社長だから当たり前なのかもしれない。
そして、浴槽にはなぜかさっき入ったはずの社長がもう一度つかっている。
もっとも、すでに裸は見ちゃったし、別にこれぐらいいいのだろうか。ダメだったら入ってこないか。
それと社長に聞いてもらいたいこともあった。
「ここ最近のフランツさん、何か大きな考え事をしていらっしゃいますね」
隣に並んでる社長に言われた。
「やっぱりわかりますか。洞察力、すごいですね」
「この会社、社員数が少ないですから、目がよく届くんです」
たしかに……。少数精鋭制で、しかも大半の社員は俺がまだ見もしてない次元だしな……。
「社長、以前、社会のため、人のためという要素は忘れてはいけないって話してましたよね」
「はい。会社がそれを忘れると、暴走しますからね。お金儲けが目的になると、お客さんをだましてもいいとか、社員をこきつかっていいとかいうことになってしまいます。そういう会社があることは事実ですが、自分でそういう会社は作りたくないです」
うん、会社というのは何かの役に立っているから存在意義があるものなのだ。
会社のための会社というのが理念としておかしなこともわかる。人のためにならないなら、人を害するなら、それじゃ会社という名前のモンスターと同じだ。
しかし、話はそう甘くない。
「俺もそういう意識は持ってたつもりです。でも、人の利益と利益がぶつかる時っていうのもありますよね。そういう時はどうしたらいいと思います?」
自分の中であがく方向性は決めていたけど、人生の先輩に聞きたいとは思った。
「う~ん、そうですね~」
社長は犬かきで広い浴槽を泳ぎ出した。考え中ってことだろうか。
そして、また同じところに戻ってきた。
「泳ぎながら考えてましたけど、すごい名案は出てきませんね」
「それは、そうかもしれませんね……」
そして、さらっと笑いながら社長は言った。
「最後の最後は、フランツさんが正しいと思うことを、やるしかないですよ。私からは以上です」
「ですよね」
ほっとしたような、拍子抜けしたような、変な気分だった。
「絶対的に正しい道があったら、誰も悩みませんからねえ。私だって過去に恨まれた経験は何度だってあります。時には適正価格でまともな仕事をしてただけなのに、安かろう悪かろうの会社が勝手につぶれて、逆恨みされたこともあります」
「でも、恨まれたら傷つく時もありますよね。そういう時はどうします?」
「悲しければ、泣きます」
また、さらっと答えられた。
「社長が泣いてるところ、あんまり想像できないですけど」
「そんなことないですよ。泣く時は泣きます。そして、また立ち直ります。もちろん、ほかの人に慰めてもらったりしながらです」
ぽんぽんと社長が俺の背中を叩く。
「背中を押すことって、何かを決める本人以外しかできないんですよ」
お風呂以上に社長の気持ちがあたたかい。
「男爵のチャレンジ、応援してますよ。もし傷ついたら、私が慰めてあげますから」
社長、すごくうれしいです。けど……。
「お風呂でその表現はまずいです……」
俺はそこから、自分なりに資料を作ることにした。もちろん、会社での勤務中は仕事に集中した。男爵の仕事は副業みたいなものだからだ。
そして、資料が完成した翌日の夜。
俺の家のドアがこんこんとノックされた。
ここを訪れたのはファントランドの村長だった。




