57 郊外型のショッピングセンター
「夜分に失礼します、王都パラディン商会の都市開発部の者です」
最初、家の間違いだと思った。
「俺、新卒一年目の会社員ですよ。御用はほかの家じゃないですか。仮にここを開発するとかって話でも、ここは社員寮なんで会社に行ってもらわないとダメですし、物件買うお金は一年目なんで持ってません」
どういう条件でも俺に当てはまるものは何もないだろう。いくら会社の給料がよくても土地も建物も買えない。
「ここはフランツさんのお宅ですよね? ファントランドの男爵をやっていらっしゃいますよね?」
「あ、そうか、名義上は俺、男爵なのか」
となると、お金も持ってると認識してるんだろうか。税金みたいなのは納入されるけど、戸数六件の土地だから、スズメの涙もいいところだけど。
「男爵ですけど、限界集落ならぬ限界突破集落なんで、お金はないですよ」
「いえ、こっちが何かを売りつけようという話ではありません。むしろ、売ってほしいのです」
よくわからないけど、玄関先で立たせたまま終わる話でもなさそうだ。
中に招き入れて、話の続きをすることにした。メアリはけげんな顔で遠目から相手をにらんでいる。
「端的に申します。ファントランドの土地を売っていただきたいのです。厳密には男爵の権利を売るということになりますかね」
たしかに男爵の権利は一代限りだから、手続きを踏まえれば割と簡単に売ることもできる。
「絶対に使い道がない土地だと思いますけど……。純粋に質問なんですが、誰か男爵の地位がほしい人がいるんですか?」
それぐらいしか理由が思いつかない。とにかく俺は貴族のはしくれだと叫びたい金持ちがいて、男爵の位が金になるとか。
「いえ、そういう用途ではございません。男爵の位なら、お金を出すと言えばいくらでも手放す方がいますので。それの仲介程度ではほとんどお金になりませんね」
ファントランドが自分のふるさとなわけでもなんでもないけど、使い道がわからないまま売るのは気味が悪い。
「あの土地の意義を教えてもらえないと、領主は領主なので無責任に手放すわけにはいかないです」
そこに――とん、とん! とティーカップが二つ強めに置かれた。
メアリが持ってきたらしい。これは相手への牽制を含んでいるんだろう。もし、この相手が『名状しがたき悪夢の祖』と認識していたなら、すくみあがるだろうけど、そんなわけはないしな。
「といっても、適当な理由でウソをついたらダメだよ。その場合は一年は悪夢を見続けて、不眠外来にかかることになると思ってね」
たしかに、この商人が俺を誤魔化そうとするおそれもあるもんな。
「はい、その計画書も持ってまいりました。ささっ、ご覧ください」
相手がテーブルに広げたのは何かの建物の絵だった。
巨大な城かと思うような、四階建てはあるような重厚な建築で、そのくせ、外観は明るい色ではなやかだ。建物の付近では楽しそうに歩いている家族連れの姿も見えるし、人を運んでいる馬車も描いてある。
絵の上部には完成予想図の文字。
「なんですか、これ? でも、どこか見覚えある景色のような……」
「はい、ファントランドにその郡最大の商業施設をオープンする計画なんです」
「商業施設!?」
「はい、まず一階には雨でも安心の市場を展開、二階には衣類や寝具、その他雑貨など、衣食住の『衣』と『住』に対応。三階には理髪店や骨接ぎ師などのほかに郡最大の書店、さらに飲食店の通りを、そして最上階には郡最大の劇場を置いて、毎日喜劇を公演する予定です」
なんか、とんでもない話になってきたぞ……。
相手はその詳しい資料をテーブルに置いた。量が多すぎてすぐに読み切れないけど、かなりガチであることはわかった。
「地元民にとったら夢の城かもしれないけど、こんなド田舎に作ってもダメなんじゃない? もう都市部に作るべきだよ」
メアリはお茶を持ってきたまま、席に居残っていた。それはもっとも指摘だと思う。
「おっしゃることはわかります! ですが、それもこの大型竜車でどうにかできます!」
「あれ、この馬車の絵、馬じゃなくて、違う生物なのか……」
「それはドレイクですね。ドレイクのスケルトンをそれなりに集めています。一つ、定員二十人のものを郡の各地に巡回させて、この商業施設に連れてくるようにいたします」
ドレイクスケルトンか、ドラゴンスケルトンの小型バージョンみたいなものか。
とうとうと、その人は語る。この計画がかなりの自信作なのか、生き生きとしていた。
「それにしても、元から人口が多い都市部でやればいいじゃん」
メアリはとにかく懐疑的だ。
「しかし、田舎の郡でも郡都のあたりは、土地がまだ高いですし、これだけの土地を探すとなると、大変です。しかし、ファントランドなら土地は余りまくっているうえに激安です。建設費用を大幅に安くできるので、結果としてテナント代も安く抑えられます。これで違う土地からもチャレンジしたい人を呼び寄せるのです」
くそっ! こうして話を聞くとすべてが完璧のように聞こえてきて、自分で思考することができなくなる!
その分、メアリが一貫して疑いの視線を向けてくれているのはありがたい。大きなお金が動くだろうし、一方的に丸め込まれてはいけない。
「ちなみに、住人はどう思ってるの?」
またメアリが厳しい表情で質問する。
「大きく土地の空気が変わるから、領主が納得しても住人が全然折れてなければ、やすやすと許可は出せないよ。領主としても住人とまっこうから対立したくないからね」
ああ、メアリは偉い悪魔だけあって、こういう交渉は得意なんだろうか。
「はい、事前にアンケートをとってまいりました。二十一人中十七人が賛成、反対が二人、どちらともいえないが二人でしたね」
違う資料がテーブルに置かれる。
あっ、地元でも望まれてるのか。
「となると、領主としては、これを素直に認めるのがいいってことになるのかな」
「そうです、そうです! ここはぜひともお若い領主様として英断を!」
けど、なぜか胸騒ぎがした。
本当にこれで懸念がなくなってるか?
冷静になれ。俺はこれでもこのファントランドの領主なんだ。
もう一度、俺はその完成予想図に目をやる。




