45 妻を守るために魔界へ行く
「あのさ、念のために聞くけど、セルリアはそんなお見合い嫌なんだよな?」
「言うまでもありませんわ……。わたくし、ご主人様の使い魔になって、まだ半年も経っていないんですわよ……。いえ、期間の問題ではありませんわね。わたくし、ご主人様から離れたくないですわ」
その言葉を聞けたら、もう迷うことなんて何もない。
「けどさ、セルリア、わらわからすると、これってたいした問題じゃないように見えるんだよね」
メアリはけげんな顔をしていた。俺やセルリアと比べて冷静な分、その発言は参考になるかもしれない。
「だって、お見合いなら当然断る権利があるはずだよね? 君がお見合いをやって、そのうえで断ってしまえば、親の顔も立てつつ、この問題をクリアできるんじゃないの?」
たしかにそうだ。セルリアはインキュバスに嫁がされるんじゃなくて、あくまでもお見合いをさせられるだけだ。
しかし、セルリアの泣き顔はまだ晴れない。
「言葉の上ではお見合いですわ。ですが、話はそんなに簡単なものではありませんわ」
「それじゃ、お見合い相手が権力者で縁談を断れないとかってこと?」
さらにメアリが尋ねる。
「相手はインキュバスなのですわよ。あらゆる女子を惚れさせるだけの異常な能力を持っているわけですわ。高等教育を受けているインキュバスなら、昔の殿方を忘れさせる授業も学校で習っているでしょうし、油断はできませんの」
「そんな授業があるのか!」
思わず俺は叫んでしまった。さすがサキュバスとインキュバスだ……。
「その逆でサキュバスもインキュバスを惚れさせることもできますわ。端的に言って、どちらが優秀かを示す勝負になりますわね。サキュバスとインキュバスの戦いですわ」
なんか、俺の考えている戦いとちょっと違うな……。
「ちなみにわたくしの母親は父親にお見合いの結果、屈服して惚れてしまい、婚約を迫ったらしいですわ。当時、オラオラ系という強気の男性が人気だったらしく、父親もそういうキャラ作りでお見合いに臨んだとか」
オラオラ系だったらそもそもお見合いするなよと思うけど、そこは文化の違いなんだろう。
「こういうのは好きですと言ってしまったほうが、そのあとも立場が不利になりますから。亭主関白になるか、かかあ天下になるかは、お見合いの結果で決まりますわ。もちろん、勝ったほうが結婚自体を破談にするということも多いですけれどもね」
「なるほどね。勝者側が結婚に関する決定権を持つってことだね。サキュバスとインキュバスらしいと言えばらしいよ」
メアリとしてはそこまで不思議なことではないらしく、おおかた納得していた。
「ちなみに、姉からの情報によりますと、相手のインキュバスはぜひわたくしと結婚したがっているという話ですわ。なので、こちらが屈してしまったらそれまでです」
セルリアがこれだけ恐れているということは、心変わりをさせてしまうぐらい、わけないってことだろう。
「魔界なので多少の差はありますが、この世界の価値にして、年収は銀貨三千枚だとか。学校ではサッカー部のキャプテンだったそうですわ」
超高収入なうえに、体育会系か。俺の苦手なキャラっぽいな……。
「事態はおおかたわかった。セルリアはそのお見合いが不安なんだね?」
俺の言葉にセルリアが泣き顔のままうなずいた。
「言うまでもなく、わたくしはご主人様のことを愛していますし、離れたくありませんわ。ですが、過去に何人ものサキュバスが、こんなお見合いすぐに断ってみせると言って、結婚していきました……。楽観的にはなれませんわ……」
セルリアの体がふるえていた。
主人としてできることをやろうと思った。そのセルリアの顔に手をやって、さっと涙をぬぐった。
「ご主人様……?」
「もう泣かなくていい。俺がついてる。むしろ、俺がついていく」
「えっ? ついていく?」
「セルリア、俺を君の故郷に連れていってくれ。そこで親父さんと直談判して、お見合い自体をやめさせてくる!」
ここでセルリアの武運を祈るだなんて主人のすることじゃないからな。
「お見合いが危険ならお見合いそのものを中止にすれば、何も問題ないだろ。俺が魔界に行く」
セルリアは俺にとっての奥さんみたいな存在だ。そんなセルリアを守るのは当たり前のことだろ。
「い、いけませんわ……。サキュバスはご主人様にも優しく接してくれるかもしれませんが、男であるインキュバスはご主人様のことをなんとも思っていませんわ。彼らは同性の人間には容赦しませんもの……」
「フランツ、セルリアの言うとおりだよ。目が合って三秒で八つ裂きにされるかもしれない!」
どんなとんでもない世界なんだよ!
「それでも行く。少なくとも座して待つなんてことはしないからな」
これは俺のけじめだ。
「だって、これで普通にこの場に残ってるようだったら、セルリアにインキュバスと結婚しますって言われても文句の一つも言えないしさ。そんな男にはセルリアが愛想を尽かすのもしょうがない」
まあ、本当に目が合って三秒で八つ裂きになるほど危ないなら諦めるしかないけど……。そこまでいくと、ただの自殺になってしまう。
まだセルリアには不安の色は残っているけど、そこに俺への愛情の色が入り込んできたように見えた。
「はぁ……。しょうがないね。わらわもガーディアンの役目でついていこうかな」
メアリも俺の案に乗ってくれるらしい。
「ありがとう、メアリ!」
「本音を言うと、セルリアがいなくなったらわらわがフランツを独占できて、それはそれで旨味があるんだけど、やっぱり目覚めが悪いよね。悪夢じゃなくても目覚めが悪いなんて最低じゃないか」
なんだかんだで、メアリもセルリアのことが気になるんだろうな。
「いくらなんでも、この『名状しがたき悪夢の祖』と一緒に行動してれば、ひどい扱いはインキュバスもできないでしょ。それでどうにかなるはず」
「ありがとな、メアリ」
ぽんぽんとメアリの頭に手を載せる。
「もう、子供扱いだな……。けど、これはこれでうれしいからいいよ。大きな手、お兄ちゃんみたいだし」
「じゃあ、作戦を決めようか」
俺たちのお見合い妨害作戦が今、はじまる!




